第一章 其の四
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
それは五月ほど前のこと。
まだ当時はなんの変哲もない、珍しくもない出来事だった。
少し前に将軍のもとで仕えていた使用人が殺されたことがはじまりで、誰かに恨みを買うような人柄でもなく、屋敷にひとりでいたところを襲われたようで詳しいことはなにもわからない状態だった。屋敷には他に誰かが侵入したような形跡もなく、そのときは不幸な出来事として片づけられた。
しかしその後、同様に痕跡なく殺人が行われる出来事がたて続けに起こり、一連の出来事として調査に踏み切ることとなった。
だが、調査はすぐに難航することになる。なにせ殺されたものたちは様々で、城内で重要な役どころを務めているものや、城下で店を営んでいるもの、はてはどこそこの屋敷の女中まで。いったいどういった人をどういった目的で斬っているのかがまったく見えてこず、事前に策を練ることもできなかった。そのため、ただ無差別に快楽を求めて人を斬り歩くものがいるのでは、とひとまず結論付けられた。
そして依然としてなにものによる沙汰なのか特定できないまま日々は過ぎ、犠牲者が幾人目かになろうという頃ついにその惨状を目の当たりにしたものが現れた。
報告を受けた俺は、早足で人の間を縫うように進む。
そして件の男のもとへと辿りついて早々に声をかけた。
「おい、なにがあった。見たことをすべて話せ。」
その男は頭を抱えながら蹲り、がたがたと震えていた。
「.........お、鬼だ。鬼がいたんだ!」
突然、がばっと顔を上げたかと思うと俺の腕をつかみ、そのまま早口で捲し立てる。
「お、俺は荷物を忘れていたから届けようとふたりの後を追ったんだ!
でもあと少しで追いつけそうなときにひとりが地面に倒れて、もうひとりもそのまま...。た、助けてくれ!!俺も殺されるっ!」
話が掴めない。
なおも気が狂ったように喚きたてる男を引きはがし、周りにいたものたちから話を聞く。
「どうやら昨日の出来事を目撃していたようなのですが...。あのとおり先ほどから自分も殺されるのだ、と。助けてくれとばかりいうんです。」
ちらとその男を見やりながら、困り果てたように俺に耳打ちをした男がかいつまんで話をする。
いわく、夜に幾人かで食事をともにした帰りに店に忘れ物をしたものたちがいたのでそれを届けようと後を追っていたところ、ちょうどその背中が見えたというときにひとりが地面へと崩れ落ちたらしい。そしてその後にもうひとりの男も地面へと倒れ、見えた先にはもうひとり知らない姿が見えたそうだ。
それが、わずかな月明かりにぼんやりと浮かび上がった、赤い刀身の刀を持った鬼の頭をしたものだったのだという。
...なるほど。
周りのものたちが困惑していたわけだ。俺はもう一度、かの男へと声をかける。
「酒に酔って夢を見たんじゃあるまいな?」
「いいやっ!あれは絶対に、夢でも見間違いでもない!信じてくれ!!」
ふむ。この男が正気であるとは到底思えないが、ほかの部分としては昨日の出来事と一致しているところもある。昨日は店を営んでいるもの同士の会合が食事処にて行われ、そちらに赴いていたふたりが亡骸として見つかったのだ。
だが、この男がその場にいたことが事実だとしても、鬼がいたのだと言われ、それはなんと恐ろしい!と素直にうなづけるほど俺は幼き子供ではない。
「なぁ、頼むよ。このままじゃあきっと俺が殺される。助けてくれ!」
先ほどから妙に気になっていたんだが、なぜこの男は自分が殺されると思っているのだろうか。疑問に思ったことをそのまま投げつける。
「なぜ殺されると思うんだ?話を聞くかぎり、相手のことを鬼と勘違いするほど遠かったのだろう。ならばむこうはお前に気づいていないんじゃないか?
それに、その場にお前がいることがわかっていたんならその場で斬り捨てるだろうよ。」
「それはっ......。」
先ほどとはうって変わり、男はなぜか黙り込む。
(なんだ?正気に戻りでもしたか...?)
不思議に思いながらもこれ以上ばかげた話を聞くつもりにもなれず、周りのものたちにこの場を任せることにする。
「おい、まだ話があるようならそこの奴らに続きを話してくれ。
...悪いがあとは頼む。」
そういって先ほど説明をしてくれた男に目線を送ると、男は心得たというようにうなづいて、黙り込んでしまった男へと近づいていった。