第一章 其の三
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
年始投稿は明日も行う予定です。
「「いただきます。」」
ほかほかとまだ湯気のたつ白く艶やかな米と、柔らかな豆腐が入った少し甘めの味噌汁。それから焼きたてでほろほろと身のくずれる焼き魚に漬物まで...。どれもとても美味しそうだ。柳はそれらのご飯を食べながら、目の前に座る男をちらと見る。
帰りの道中から言葉数少なく、どこか心ここに在らずだ。
具合が悪いのかと聞いてみたがそういうわけでもないらしい。ならばと悩みでもあるのか聞けば「あぁ...。」と言ったきり何かを話すこともなかった。
この男と出会ってから長くも短くもない時間をともに過ごしてきたが、このような様を見るのははじめてでどうすべきか考えあぐねていた。
そうして無言のまま、なにか話を切り出すこともできずに食事が終ろうかという頃。宗馬はようやく意を決したような顔で
「お前は帝のことを優しいと思うか...?」
と小さな、迷い子のような声でそういった。
(帝のことを優しいと思うか...?)
急な言葉に驚きながら、頭の中で同じ言葉を反芻する。
優しいかと言われれば優しいだろう。帝と会うことなど滅多にないが、それでも行き場を失った俺を拾い上げて働けるように取り計らってくださった恩がある。
それに数少ない対面の場でも、常に物腰柔らかに接してもらっていた記憶しかない。
「俺は優しい、と思うがどうした?なにかあったのか?」
「いや、なにかあったわけじゃないんだ。ただ......。」
「ただ?」
「...」
少し口を開いて、閉じて。そんな動作を何回か繰り返した後に宗馬は話を続ける。
「今回の御触れについてだ。お前はなにも不思議に思わなかったか?」
夕暮れどきに話のあった例の鬼についてか。なにか不自然な点があっただろうか?と首をひねりながらそのときを思い返してみる。
...がそもそも話をきちんと聞いていなかった身としては、どれだけ考えようとも答えなどでない。
「いや、情けない話ではあるがほとんど話を聞いていないもので、君はなにが気になったんだい?」
「最後に書いてあっただろう?"必ず殺さず捕らえること"と。」
「それは...」
俺の前にいたものたちの話を思い出す。
「確か、それは帝がその鬼とまずは話をしてみたい、と仰ったのだと話していたな。」
「あぁ、そうだ。だがそれを俺は優しいとは思えないんだ。」
「...それは、なぜ?」
むしろ優しくないと感じるなにかがどこかに存在しただろうか。これまで斬られてきたものたちを考えると優しくないのだろうか...。わからない、と悩む俺を見ながら宗馬は話を続ける。
「考えてみろ。殺さないように、ということは鬼に対して手加減をしながら捕えなければならない、ということだ。相手は今まで何人も斬ってきた手練れだぞ?
"殺せ"と命令されるよりも骨が折れる。......それだけこちらの命が危険に晒される。」
衝撃だった。
これまで幾度となく死線を経験してきた、自身も手練れといえるだろう宗馬から見ても簡単にはいかない相手だということだ。俺なんかでは到底歯がたたないだろう。
「君から見てもそれほどに手ごわい相手なのかい?鬼とされているのは女だという話を聞いたが。」
「間違いなくあれは女だ。だが俺はあれほどに腕の立つものを今まで数人しかみたことがない。」
「鬼を見たことがあるのか!?」
「お前は...。」
前のめりになりながら大きな声を出した俺を、宗馬は呆れながら見やる。
「俺をなんだと思ってるんだ?帝から直々に調査を依頼されて、ずっと鬼を捕らえるために動いているのに今まで鬼と対峙することすらなかったとでも?」
少々怒気を含ませた声で言われ、居住まいを正す。
「すまない。君から鬼についてあまり聞いたことがなかったものだからつい。」
そうなのだ。人々が噂しているのを聞いたりはよくしていたが、宗馬から直接鬼についてなにかを聞くことは今まであまりなかった。
「それもそうか。」
と納得した宗馬は、興味津々といったように目を輝かせる俺を見て、しかたない...と子どもにお伽噺を聞かせるように鬼について語ってくれた。