第二章 其の十四
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
長い激戦のうちに、もう夜が明けようとしていた。
あの場にいたものたちのうち、残っているのは俺たちを除くとわずか三人である。
(凄まじいな...。まさか将軍とも張り合えるほどの腕を持つとは。)
苦戦しているように見えたものの、一対一であれば勝負の行方はわからなかったのではないだろうか、と呑気なことを考える。
両腕を抑え込まれ、帝の前へと膝をつかせられた鬼が言葉を発することはなかった。
「面をとれ。」
帝が短く命じ、鬼も抵抗することなくそれを受け入れた。
そして面の下から現れたその顔に、俺たちは息を吞む。それは今は亡き先代将軍、俺がもともと仕えていた方の奥方だったからだ。
「どうして...。」
薄々と感づいていたとはいえ、いざ目の当たりにするとそれ以上の言葉は出てこない。こんな風に、平気で人を斬ることができるような人ではなかった。それに刀を扱うところを見たことなどなかったがゆえ、なおさら信じられない。
「遠夜のことで私のことを恨んでいるから、このようなことをしたのか?だが、私はこの国を治めるものとして人々に仇をなすものを見過ごすことなどできなかった。それがどれだけ仲の良い幼馴染であったとしても。」
「ぬかせ。お前がすべて仕組んだことなのはとうにわかっている。あれほどまでに尽くした旦那様を殺したお前を、私が許すことはない。」
帝と鬼が互いに睨みあうその様を、口をはさむこともできずにただ見ていることしかできなかった。
帝はため息をつくと、押さえていたものたちへと命を出す。
「このままでは話などできぬ。牢へと連れていけ。そこで頭を冷やすといい。」
傍らにいたものたちが、連行しようと鬼の腕を引いたが鬼は動こうとしなかった。
「その必要はない。ここで殺せ。」
ひどく淡々とした声で。
なんてことのないような、他人事のような声で。
あっさりと放たれたその言葉に、俺は息が詰まりそうだった。
「死後、君がこのように過ごすことを遠夜は喜ぶと思っているのか?」
「貴様がその名を呼ぶな。汚らわしい。」
昔の面影などまるでないその様に、よほど夫のことを愛していたのだろうことが窺える。そしてその様子を間近で見ていたがゆえに、納得のできることでもあった。
「ここまで言っているのですから殺してやりましょう。」
止まらない応酬をただ見ていた傍らの男が言う。だが、帝は決して首を縦には振らなかった。
ずっと疑問だったが、今まさに帝が鬼を斬ろうとしないことがあまりに不思議でならない。これまでの奥方の言い分を聞いた今となっては、なおさら聞かずにいられなかった。
「なぜそこまでしてこの鬼を生かそうとするのですか。」
将軍や宗馬がばっとこちらを見るが、構わずに続けた。
あの日、ずっと心残りだったものが頭をもたげて大きくなる。
「先ほど、この鬼が先代将軍に濡れ衣を着せたと申しておりました。帝が仕組んだことである、とも。どういうことか聞いても?」
「柳殿!こんな鬼の言うことを真に受けるのですか!」
「黙っていろ。今、俺は帝に問いかけている。」
傍らの男が叫ぶが、目もくれずに冷淡な声で返す。
自分でも冷静でないことはわかっている。だが、ずっと燻っていた思いを今見逃してはならないと心が強く叫んでいた。
きっと今しか聞けない。
この場でなにもわかっていないのは先代将軍と関わりのなかった、俺たち以外の三人だけだ。先代将軍は反逆などを起こすような人ではなかったと。その証拠に、将軍も宗馬も俯いてなにも言わない。
くす、と場に不釣り合いなほどに綺麗な音が響く。
「言えるわけがない。そうだろう?暁月。」
「黙らせろ。」
すかさず帝が低い声で命令する。
鬼を押さえ込もうとした男たちをみて、俺は反射的に近くにいたものの刀を奪い取り、男たちをのしていく。
刀なんてもうずっと握っていなかった。旦那様亡き後に、守るものがなくなった俺は刀を持つ意味を失い、代わりに帝に言われて筆を握るようになっていたのに。これほどまでにまだ扱えるとは。
どこか他人事のように思いながら、三人とも気絶させた。
将軍や宗馬が驚愕の表情でこちらを見ていたが、俺は自分の手とそこに収まった刀を見る。
鬼が多人数相手に戦えていたため勘違いをしていたが、なんのことはない。ただ相手をしているものたちが役に立たないだけだった。
思わず乾いた笑いが出る。
今だ膝をついたままの鬼のもとへと近づき、手を差し伸べる。
「貴方の知る真実を教えてください。」




