第二章 其の十三
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
しんと静まり返ったその場に、突如どっと笑い声が響いた。
「今の聞いたか?」
「あぁ、聞こえたさ。」
「帝が鬼を欲しがってる、だとよ。」
「とんだ自惚れやろうだ。」
そんな声が聞こえてくる。
鬼もなにがおかしかったのか、くすくすと笑ったままでお互いに動かない。
その隙に、宗馬が俺のそばへときて立ち上がらせてくれる。
そんな様子をちらと見ながら鬼は笑みを消した。
「お前たちにはわかるまい。...己で考えることをしない愚か者どもには。」
こちらを馬鹿にしたその言葉に、まわりのものたちが刀を構えて動き出す。
そうして始まった戦いから、俺は目を逸らせずにいた。そばに帝や将軍がきていたことにも気づかないほどに。
「大丈夫だったか?騙すような真似をしてすまない。」
気配に気づいてからも鬼から目を離さず、言葉を発することもなかった俺が怒っていると思われたのか、謝罪をされた。
「気にしないで下さい。」
そっけない態度をとってしまったが、それを気にしていられないほどに別のことに気を取られていた。
そんな俺を見て、全員が同じように鬼へと視線を向ける。
鬼の動きは見事なもので、大勢との戦いにも慣れている様子だった。まわりの木々をうまく使いながらひとりずつ対処している。振り下ろされた刀を舞うかの如くひらりと避けたかと思うと、すぐに相手の急所を狙い、少ない所作で反撃する。
そこに容赦などまるでなかった。
ひとり、またひとりと地面へと倒れゆくものたちを見ながら、ちらりと帝の様子を伺う。
こちらは「殺すな」という命令がある限り、うかつに手を出すことができない。それを見越して鬼は怯んだ隙をついて踏み込んでいるのが見て取れる。そして向こうはこちらを殺すつもりで斬りかかっているのだ。あまりにも分が悪い。
そのことに、帝も気づいているはずだ。
「ある程度時間がたてば向こうの体力が切れるだろう。その頃を見計らい捕らえよ。」
鬼を見ながらそう帝がおそらくふたりに対して言ったのだろうが、将軍や宗馬からの返答がなく、不思議に思って振り返る。
宗馬はなにも聞こえていないかのように唖然として鬼を見ていた。
「宗馬?大丈夫か?」
心配になって俺は声をかける。
少し開いたその口が、震えながら小さな声で帝へと問う。
「お前は知っていたのか...?」
なにを、と聞こうとした刹那。
きぃんという音とともに、目の前には滑り込んできた将軍の背中が見えた。そして対峙している相手は鬼だ。気がつくと、もうほとんどのものが地面へと倒れていた。
将軍が刀をはじいて鬼と距離をとり、声を張り上げる。
「しっかりしろ宗馬!今やるべきことをやれ!!」
鬼は向かってきたまわりの何人かをいとも容易く切り捨てると、将軍を見て少し刀をさげた。
「将軍、もう私がだれか気づいているだろう。はなから私の狙いはその男だけだ。邪魔をしないのであれば他のものは見逃してやる。」
鬼はちらりと残っていた数人と俺たちを順に見る。
「できぬ。私は今、将軍としてここにいるのだ。」
きっぱりと鬼の言葉を断り、将軍が踏み込んでゆく。
鬼も予測していたのか、なにも言い返すことなくすぐに応戦する。
「宗馬!!」
再度、活を入れるように将軍が叫ぶ。
宗馬が震える手で刀を抜いて、鬼へと向かっていく。まるで迷いを振り切るかのように。
そしてその宗馬の様子で、先ほどからなんとなく自分の中にあったものが確信に変わろうとしていた。
鬼の息が上がっているのが感じ取れる。
かなりの手練れであるふたりと対峙するのはさすがの鬼でも難しいようで、避けることをやめて早急に片をつけようと、刀をいなして急所へと突きを出す。
時間の問題だろう。
そこまで実践を行ったことのない俺でもわかる。きっと先に鬼の体力が切れる。
鬼の動きがかなり鈍くなってきたところで、ふたりが離れた隙をついて鬼はこちらへと向きを変えた。すぐにふたりが取り押さえようと動いたが、鬼はどこに隠し持っていたのか短刀をすばやく手に握り、帝めがけて投げつけた。
帝は動じることなく少し首を捻り、避けた。頬に薄く切り傷ができ、一筋の血が伝う。
鬼はすぐにふたりに抑えられ、抵抗する体力もないのか大人しく捕まった。




