第二章 其の九
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
ぱちっぱちっ
ふと聞こえた音に目が覚める。
ぼんやりとした視界に映ったのは薄暗い見知らぬ天井だ。いや、どこか見覚えがあるような...。
そう思いながら身体を起こそうとして、頭に鋭い痛みを覚える。
「...っ」
思わず頭に手をやり、さらりとした乾いた布のような予想外の感触に触れた。
そのとき、戸の引く音が聞こえてそちらを見ると宗馬が立っていた。なぜ、と思うより早く宗馬は早足でこちらに歩いてきたかと思うと、険しい顔でぐいと俺の肩を押してまた布団に横にさせた。
「まだ起き上がるな。おそらくかなり強い力で頭を殴られている。」
俺はいまだぼんやりとしてうまく話せないまま、宗馬がそばにいる安心感からだろうか。そのまま眠気に抗えずにもう一度目を閉じた。
それから目を覚ましたのは翌日のことだった。
身体を起こした俺はあたりを見回して、そこが以前訪れた宗馬の屋敷だと気づく。
「俺はなにをしていたんだっけ?」
どうして自分がここにいるのかわからずに、おぼろげな記憶を手繰り寄せる。
そうだ、最後はあの暗い部屋で襖を開けようとして...。そこから気を失ったのか?いや、それにしてもなぜあそこからいきなり宗馬の屋敷にいるんだ?
座ったままの状態でうんうん唸っていると、部屋の戸が静かに開かれた。
「起きたのか。痛みはどうだ?」
片手に茶碗を持ちながら部屋へと入ってきた宗馬は、俺の傍に腰を下ろした。
「痛みは少しあるけれど問題ないよ。」
どこか既視感のある光景をぼんやりとみていた俺は、渡された茶碗を受け取る。中はほどよく温かそうな粥だった。
「食べられそうか?」
「ありがとう。いただくよ。」
宗馬からの好意をありがたく頂戴し、ゆっくりと食べながら事の経緯を聞いた。
「その、実はどうして俺がここにいるのかわかっていないんだ。いつ俺がここに来たのか教えてもらえるかい?」
宗馬が俺をじっと見る。
なにか変なことを聞いただろうか?それとも自分で来ておいて変な奴だと思われたのだろうか。
だが仕方ない。気を失った後から本当に記憶がないのだ。
「お前は、いつの間にかそこにいた。」
「?」
思わず眉をひそめた。
「すまない、お前を馬鹿にしたわけではないんだ。ただ本当に気づいたらそこの庭に倒れていた。怪我をしているようだったから医師を呼んで診てもらった。」
宗馬も困惑したようでそのときのことを話してくれた。
もう二日前となるあの出来事の夜、とさっという音と人の気配を感じて目を覚ました宗馬は傍の刀を引き寄せて音のした庭へと意識を研ぎ澄ませた。庭へと通ずる戸を少し開けて様子を探り、そうして見えたのが頭から血を流して倒れている俺だったそうだ。
「そうか、すまない。面倒をかけてしまって。」
「いや、お前だとわかったときは心臓が止まるかと思った。なにがあったんだ?」
今度は俺から宗馬に、気を失うまでの出来事をすべて話した。
「まさかお前が昨日の出来事に関係しているとはな」
どうやら俺が眠っている間に騒ぎになっていたらしい。今回亡くなったのはあの場にいた老人三人と俺を案内していた男一人で、あの店の離れではあの後に火事が起きたらしく、店のものたち数名が火消しの最中に軽い怪我をしたそうだ。
「俺の記憶では若い男がもうひとりいたのだが、そのものは?」
「いや、俺が確認したのは四人だけだ。その若い男はだれかわかるか?」
「だれかはわからないな...。名前を聞いてもいなかったから。」
その場にいなかったのであれば、俺のように助かっている可能性がある。だが、素性がわからないため探すことも安否を確かめることもできない。
「その若い男が今回の出来事を起こした可能性は?」
「どうだろうか。可能性としてはあるかもしれないけれど、そもそもあの場に慣れていないようだったし面識はなかったんじゃないかな?」
「ひとは見掛けだけではわからないものだが、まあお前がそういうなら可能性は低いだろう。」
「自分でいうのもなんだけれど、俺の感じたことをそこまで信用されると後になにかあったときに怖いからもうちょっと疑ってほしい。」
宗馬は目を瞬かせて、声をあげて笑った。
めずらしく、そして久しく見ていなかった表情だった。
「お前はあいつのそばで、あいつを見て育ったんだ。見る目は確かだろうよ。
若い男の特徴などを教えてくれ。俺がまわりのものたちに聞いてみよう。」
それから細かく出来事の共有や騒動の後について話をしているうちに粥も食べ終わり、ことりと茶碗を置く。そして宗馬に向き直り、深く頭を下げた。
「ありがとう、助けてくれて。」
前のこともそうだが、今回も宗馬に世話になってしまった。
「いや、俺はとくになにもしていない。やったことといえば医師を呼んだくらいだ。気にしないでくれ。」
「それでも、君が医師を呼んでくれなければ俺は死んでいたかもしれないだろう?」
「笑えない冗談はよしてくれ」
ふたり顔を見合わせて、ふっと相好を崩した。
あれからずっと感じていた気まずさはもうなくなっていた。もっと早くにきちんと話していればよかった。
「よければ今度お礼をさせてほしい。こうして何度もお世話になったんだし。」
「ならお言葉に甘えるとするかな。」
にっと口角をあげた宗馬に、まだ病み上がりなんだからそのままもう休めと言われ、俺はまた横になる。今日はよく眠れそうだと思いながらゆっくりと眠りへと落ちていった。




