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月鬼桜  作者: 釉亜
第二章

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第二章 其の八

本作品では過激な表現が含まれる場合があります。

苦手な方はご注意ください。

帝と話をしてから早数週間が流れようという頃。


あれから宗馬とは会っていない。

思えばいつもむこうから声をかけてくれていた。ならばむこうが来なくなれば必然的に会う機会はなくなるということだ。

(こちらから会いに行ってみるか...?)

だがなんと言って、どのような顔をして会いに行けばいいのだろうか。そうやって険しい顔をして悩みながら、仕事の後片付けをしていると声がかかる。

「おーい、柳殿。今宵人を集めて一杯行こう、という話になっているんだがともにどうだ?」

俺のそばに来た男が、くいっとなにかを煽るような仕草をして見せる。同じ仕事をしているもの同士ではあるが今まであまり関りがなかった男だ。めずらしく声をかけられたことに戸惑いながらも断ろうとする。

「すまない、今日は酒を飲む気分ではないんだ。」

「なに、酒を飲まなくても大丈夫さ。飯もとても美味いところなんだ!」

有無を言わさぬ様子でがしっと肩を掴まれたかと思うと、そのまま引きずるように外へと向かって歩き出した。俺は早々に諦めておとなしく従う意思を見せる。

「わかった、わかった。行くから離してくれ。」

「おお、そうか?」

男は悪びれる様子なくするりと手を離して上機嫌で前を歩き出す。今日は帰るのが遅くなりそうだ、と憂鬱になりながら男の後ろをついていった。


男の目的である店は、それなりの距離を歩いた町外れの静かなところにあった。

戸をくぐると店のものが出迎えに来て座敷へと案内される。ひとつひとつの座敷が戸で仕切られていて、どこからか三味線の音も聞こえていた。

「おい、こんな高そうな店に本当に俺が来てもよかったのか?」

普段こういった店を利用することがない俺は心配になって小声で前を歩く男に声をかけるが、こちらを見ることもなくよくわからないことを言われた。

「心配するな。お前は運がいい。」


そこからしばらくしてたどり着いたのは他の座敷とは違って、離れにある孤立した場所だった。開かれた戸の先で見えたのは、十人にも満たないものたちだった。

年老いたもののうちひとりは老中だったような気がするが定かではない。それに俺と同じで居心地が悪そうな若い男もひとり入口近くに座っていた。

「遅かったな、早く入るといい。」

前を歩いていた男はいつの間に座ったのか、ぼんやりと立ったままだった俺に声がかかる。軽く頭を下げて応えながら空いている場所へと腰を落ち着ける。今更だがこれはどういう集まりなのだろうか。

俺が座るのを見届けたひとりの年老いた男が盃を手にして上へとかかげる。

「さて、それでは帝の治めるこの御代に。」

「「この御代に」」

その言葉と同時に、他のものたちも同じようにする。合わせればいいのだろうかと俺もわけがわからぬまま、見よう見まねで盃を手に取る。


そうしてはじまった食事の時間は予想に反して穏やかなものだった。こちらから積極的に話をする必要もなく、だれかが話しているのを聞いているだけでよかった。そしてその話が中々に興味がそそられる内容が多く、どこそこに美しい織物を扱う店ができたことや、異国の装飾品を扱う店など普段であれば耳に入ってこないようなことを美味い料理をつつきながら聞けたのはかなりよかった。

ほとんどの料理を食べ終わったかという頃には、まわりはかなりお酒も進んでいたようで俺は座敷に充満する酒気にあてられて、外へと出ていた。

たまにはこういうのも悪くないかもしれない。最近は様々な出来事があったせいで気分がふさいでいたため、思わぬ気分転換となった。飯もとてもおいしく、酒を断ったのを後悔するほどだ。

(また時間ができたときにでも行ってみるか。)

話の中で出てきていた店をいくつか記憶しておく。これを理由に宗馬を誘ってみるのもいいかもしれない、と思いながら冷えてきた身体を摩りながら座敷へと戻る。


だが、座敷へと戻ると灯りが消えており部屋を間違えたかと戸を閉めて踵を返す。

そうしていや、とすぐに思い直す。ここはほかの座敷から離れた場所で、そもそもこの付近にはもとの部屋ひとつしかなかったのだ。

だんっと音をたてて再度同じ戸を開く。そこにあるのは先ほどと変わらず静かな暗闇だけだった。まさか俺が外に出ている間に全員店を出たことはないだろう。さすがにそうであれば気づくはずだ。そこまで離れたわけではなかったのだから。

そうしてじっと暗闇を見ながら考えていたとき、


ぴちゃり


とふいに水の滴る音がした。それも奥の襖の向こう側から。

部屋が暗いため先ほどは気づかなかったが、よく見れば襖の隙間からなにかが垂れている。

ぞわりと身の毛がよだつ。

落ち着け、と俺は自分に言い聞かせた。向こう側に人の気配は感じられない。きっと俺は夢を見ているのだと思いながら静かに襖の前に立ち、その引手に指をかける。

そろりと開けようとしたとき、暗闇の向こう側からなにかが目前に迫り、それを認識するよりも先に俺は地面へと倒れて意識を手放した。

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