第二章 其の五
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
「もう一年ほど前の話だ。
君がちょうど遠征へと出ていたときのことだよ。」
そういって俺はあの日のことを宗馬へと話した。
「これが俺があの山に寄っていた理由だ。遠方へと出かける途中で足が向いたから先代将軍に会いに行ったんだ。これで君の疑問に対する答えになったかな?」
宗馬は震える口元をぎゅっと結んで俯く。
「あの山の、桔梗が咲いている場所からもっと奥へと進んだところに海の見える開けた地があってね。お気に入りの場所なんだと、俺を連れて行ってくれたことがあったんだ。」
当時は桔梗がきれいに咲く場所が近くにあるとは聞いていたが教えてはもらえなかった。少し前にあそこへと行った際に、ただ気が向いたからあたりを彷徨ってみて見つけることができただけだ。
少しして宗馬が口を開く。
「俺は......なにも知らないんだ。
遠征に出て帰ってきたらいつの間にかあいつが謀反人として処刑された、とだけ聞かされた。話を詳しく聞こうとしても、あのような罪人の話はしたくないと皆に言われた。帝や、お前もかなり憔悴していたから聞くに聞けなかった。」
帝と先代将軍、それから宗馬の三人は幼き頃ともに育ったと聞いたことがある。
幼き頃からの友人に、信じていた将軍に刃を向けられた帝の悲しみはかなり深いものだっただろう。そして、それは宗馬も同じであろう。
「詳しく聞いてもいいか?」
俯いたまま宗馬は言う。
今となってはどこか他人事のようにも思えてしまうようになったそれを俺は淡々と話す。
「君が遠征に出てからすぐに、将軍が謀反人として疑いをかけられた。そしてすぐにあちこちから身に覚えのない出来事に関わっていたとする話や証拠が出てきたんだ。」
もちろん将軍は否定していたし、取り調べにも快く応じていた。
しかし、いつからか否定することをやめたのだ。
そしてあるときを境に将軍の雰囲気は剣呑なものへと変わり、人を寄せつけなくなった。そこからは屋敷にいたほとんどの人たちへと暇を出すやいなや、すぐに忽然と姿を消したのだ。
すぐに将軍がいなくなったことが帝の知るところとなり、国中へと捜索の命が下されることとなった。
「そこからはさっきも話した通りだ。俺が知っているのもたったこれだけさ。だが、当時証拠も十分に揃っていたようだし隠せなくなって逃げたのだろうと今では思うよ。」
肩を竦めながらそう言った俺に、それまで静かだった宗馬ががばりと顔をあげて声を荒げた。
「お前はっ!ほんとうにそう思っているのか...!?」
「ああ、ほんとうに思っているさ。
まあ逃げる前に屋敷にいたすべてのものたちを解放してくれたのだけは今となってはありがたいと思っているよ。そのおかげで罪人に仕えていたものたちとして虐げられることなく、巻き込まれた哀れなものたちとして普通に暮らしてゆけるのだから。」
本当のことを言うと、こうして暮らせているのは帝が俺たちは関係がないものたちとして取り計らってくださったからではあるが、そのあたりの事情はもうすでに宗馬も知っていることだから話す必要はないだろう。
「もう終わったことだ。真実などいまさら知る由もない。...知ろうとも思わない。」
「なぜだ!あれほどまでに遠夜の無実を信じていたお前が!」
ああ、頭が痛む。ずきずきとした痛みはようやく塞がった傷を無理にこじ開けて抉られているようだ。
たしかに俺はあのとき先代将軍の無実を願っていた。
いや、謀反を起こしたのは事実だ。
きちんとその証拠もあった。
考えるまでもなく罪人であることは真実だろう。
ぐらぐらと目の前が揺れる。靄がかかるように頭の中ははっきりとしない。
痛むのは頭のはずなのに、胸をぐっと押さえながら声を絞り出す。
「先代将軍はあのとき俺になにも話してはくれなかった。それが答えだろう。」
「遠夜のことはお前もよく知っていただろう!
お前を巻き込みたくなかったのかもしれない、なにか理由があったのかもしれないだろう!?」
「君になにがわかる!!」
激動のままに口をついて出た言葉にはっと我に返る。
言われずともわかっていたのだ。
なにか言えない事情があったのだろうということはそばで過ごしてきた俺にはちゃんと察せられた。だが、話してくれていればなにか力になれることが、助けることができたかもしれないのだ。そばにいながらも頼ってはもらえなかったこの悔しさを、この虚しさをずっとどうすることもできずに抱えてきたそれらを勢いのままにぶつけてしまった。
宗馬を見れば、まるでその胸を刀で抉られたように顔を歪めていた。
「...配慮できずすまなかった。医師をあとでよこす。」
そうとだけ言ってすぐに立ち上がり、土砂降りの雨の中へと静かに出ていった。
俺の体調が悪化したのを察したのだろうが、その優しさが今はひどく残酷に感じられた。熱くなりすぎたのをいまさら後悔しても遅い。今あの背中を追ったところで無意味だろう。
のそのそと這うようにして布団へと転がり込む。とうに忘れたはずのなにかが押し寄せそうになり、ぐっと目を閉じて俺は逃げるように眠りへと落ちていった。




