第二章 其の四
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
ばたばたと、人の目も気にせずに多くの人が行き交う道をただひたすらに走る。
(どうして......嘘だ!)
少しして開けた場に出る。
だが人が多くて目的の人を見つけられない。前の人たちを押しのけるようにして無理やり身体を前に進ませる。「ちょっと!」などと叫ばれているがそんな言葉も耳には入らない。
そうした先で見えたのは、少し高くなった場所に膝をつき、手を後ろで縛られたあの頃からは想像もできないほどに薄汚れた旦那様だった。
「だっ「これより!」」
叫ぼうとした声は、処刑人が張り上げた声によって邪魔をされる。思わず睨みつけるが、向こうからは俺ひとりのことなど認識できるはずもない。後ろから追いついてきた使いが俺の腕をつかんで止める。
「柳殿、おやめください。我々にはどうすることもできません。」
小声でそう言いながらこの場から俺を遠ざけようとつかんだ腕を引く。
その間にも処刑人の言葉はこの広場に滔滔と流れ続ける。
「大罪を犯したものの処刑を行う!このものは将軍という名誉ある地位を与えられておきながら、あろうことか帝へと背いて刃を向けた!」
まわりの人たちが「おそろしい」「なんということを」と汚いものを見るような目で、思い思いに口にする。
(やめろ。そんなはずはない...!)
叫びたいのに叫べない。使いにつかまれている腕が、そこにある強い痛みが俺になにも言うなと強く訴えかけている。今すぐに旦那様のもとへと駆けつけて助けたいのに人波が邪魔をする。あまりにも遠い。
「よって!ここに罪人の処刑を実行する!!」
ざんっという音とともに、目の前でその身体は残酷にもゆっくりと倒れてゆく。
伸ばした手は届くはずもなく宙をかき、愕然とその場に膝をつく。
まわりの音が、景色が遠のいてゆく。
頭の中ではきぃーんと耳障りな音がしはじめ、そのまま俺は意識を手放した。
ふと目を覚ます。
そこは見慣れた天井で、顔を横に向けるとそばに白い紙が見えた。ぼんやりとしたまま手を伸ばし、その紙を広げる。
(あぁ、あのまま倒れたのか。)
どうやらあのときの使いが倒れた俺をここまで運んでくれたらしい。
ゆっくりと身体を起こす。窓の向こうは暗く、外はすでに日が暮れたようで静かだった。
俺はそのまま草履を引っ提げて明かりも持たずに外へと歩き出す。
なにかを考えていたわけではない。だが、無意識のうちに歩いた先は今だ脳裏に強く焼きついて離れないあの場所だった。
そしてまだそこには、とうに冷たくなった亡骸が転がっていた。
昼間の喧騒が嘘のようにあたりは静かだ。ひとの気配もまるでない。俺はそばへと寄って膝をつく。
どうしてこうなったのだろうか。
なにがいけなかったのだろうか。
こみ上げた涙は頬を伝い、地面へと吸い込まれてゆく。このようなことが許されてなるものか。ざり、と地面を強くかく。
悔しいという思いと、なにもできなかった自分の弱さ、大切なひとが目の前で殺された喪失。それらの感情でぐちゃぐちゃになった頭は処理ができずに、その場に蹲りただ泣き続ける。
そうして泣き疲れ涙も枯れ果てた頃、ようやく俺は顔をあげた。
そしてまわりを注意深く確認し、その亡骸を抱え上げた。人ひとりの重みと、あの頃とは違う肌の冷たさに心臓に鉛を埋め込まれたように身体がずっしりと重くなる。そのまま俺はずるずると暗闇へと姿を消した。
はあ、はあと息があがり立ち止まって汗を袖で拭う。
何度かそれを繰り返して、ようやく山までたどり着けた。
(あと少しのはずだ)
そう自分に言い聞かせて歩き続けた山の奥深く、木々の間を抜けた先には暗くきらめく海が広がった。さぁぁと吹く風が、ほてった肌に心地よい。
しばらく鼓動が落ち着くまで待ってから、そこに抱えていた亡骸を丁寧に埋葬した。
「あなたは俺を拾い、多くのものを与えてくださったのに...。
もうご恩を返すこともできないではありませんか。」
うなだれてぐっと目を閉じる。
優しく、そしてとても真っ直ぐな人だった。だから帝へと謀反を起こしたという知らせを聞いたときは嘘だと思った。
だが、なぜかその後すぐに旦那様は大切にされていた奥方とともに姿を消した。
.......俺を置いて。
嘘だと言ってほしかった。なにかの間違いだ、濡れ衣なんだと。
いや、もし本当に謀反を起こしていたとしても、ともに連れて行ってほしかった。
それほどの覚悟はとうに決まっていたのだ。
そこから程なくして、将軍を追っていたものたちが無残な姿で帰らぬ人として戻ってきたことを人伝に聞いた。その話はすぐに民たちの間で広まり、旦那様への追及はますます厳しいものへとなった。
俺も旦那様の行方をひそかに探ってはいたが、見つけることもできないままふた月ほどが経った頃。帰ってきたという知らせは謀反人の斬首刑という形で行われた。




