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月鬼桜  作者: 釉亜
第二章

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第二章 其の二

本作品では過激な表現が含まれる場合があります。

苦手な方はご注意ください。

なんとか完全に日が暮れる前に山を下りたふたりは、元来た畦道を歩いていた。


「いや、すまない。今朝はもう少し早くに出るべきだった。」

「気にするな。俺が長くあそこで話し過ぎた。」

あたりはすっかりと暗くなり、明かりの用意もなく来てしまったことに俺は後悔をしていた。

幸い、ふたりとも夜目は利くほうではあるが明かりはあったほうが断然良い。おそらく宗馬は慣れたものだろうが、俺は暗闇が苦手なのだ。

事前にきちんと用意ができていれば、とため息をこぼしながら夜の道を歩き、もう少しで町外れに到達しようという頃。ふとどこかで小さな音が聞こえた。

獣かなにかだろうかと身構えたときに、隣りで宗馬もぴたりと歩みを止めた。

「近くに獣がいるのかもしれない。気をつけろ。」

そう短く宗馬が俺を見ずに言った。

俺はこくりと頷いて、できるだけ音を立てないようにゆっくりと歩みを進めた。


歩みを進めるごとにその音は大きくなっていく。どうやら音だと思っていたのは獣ではなく、人が争っているようなそんな声だった。

きぃん、と金属のぶつかり合うような音も聞こえる。

喧嘩でもしているのだろうか?だとすればできればその場に遭遇はしたくない。

俺は宗馬に迂回するかを聞こうとした。

だが、いきなり宗馬は音の鳴るほうへと駆け出した。驚いて動きを止めてしまった俺は、慌てて宗馬が走り去った後を追いかける。

走り抜けた道の先、ぽつりぽつりと小さな民家が並ぶだけの場所。宗馬の背中を追ってその角を曲がると、ぼすりとだれかに衝突する。

「すまない、少し急いでいて...」

心ばかりが()いていて誰かわからないその人に謝罪もそこそこに横を通り抜けようとする。

だが、その人は俺の前を阻むように体でさえぎりその場に留まらせる。なにを、と言おうとして顔を上げてそれが宗馬であったことに今更気づく。そして背中越しに見えた光景に唖然とした。


そこには血にまみれた数人が地面へと転がり、その真ん中で仰向けに倒れて肩を刀で抉られた男が横たわっていたのだ。そしてその先では、男の腹を踏み、血に濡れた手で刀を持つ鬼がいた。いや、鬼の面をしたなにものかが...。

目の前で宗馬が抱えていた花を手放し、腰の刀を抜き放つ。

俺はあたりに充満する血の臭いと、目の前の惨劇、そしてはじめて鬼をこの目で見たわずかばかりの高揚とで吐き気を覚えて口を押えて膝をつく。


「た...助けてくれ」

鬼に踏まれた男が声をあげると、それを合図に宗馬が鬼めがけて走り、刀を振りかざした。

鬼が男から刀を引いて後ろへと飛ぶ。

が、それを追うようにして宗馬がさらに踏み込んでゆく。そうしてしばらくふたりの鍔迫(つばぜ)り合う様をぼんやりとみていた俺ははっと我に返り、肩に怪我を負った男へと近づいた。

「大丈夫ですか。」

離れた場所へ導こうと手を引いて起こそうとしたその瞬間。

宗馬と対峙していた鬼がいきなりこちらへと距離を詰めて、刀を振りかぶる様を視界の端にとらえた。


(斬られる!)


とっさに腕を前にかざして目をつむる。

ふわりと微かに甘い香りをのせて風がなびく。しかし、直後に襲ってきたのは痛みではなかった。

間近でぎぃんと耳障りな音が鳴り響き、そろりと目をひらくと鬼の後ろから肩を合わせるようにして宗馬が振り下ろされた刀を受け止めてくれていた。

鬼はすぐさま身体をひねり、宗馬の顔めがけて肘を打とうとしたが、宗馬も身体をひねりそれを避ける。そしてすぐに俺たちと鬼の間に身体を滑り込ませて、遠ざけるように刀を横に振る。

鬼は後ろへ飛んだあと、ととっと軽やかにさらに数歩後ろへと下がる。

ふたりが間合いをはかっているのがわかる。

ここにいては邪魔になる、はやく遠くへ逃げなければと思うのに身体がいうことをきかない。


ごぼっ


そのとき、横にいた男がいきなり多量の血を吐いて地面へと倒れこんだ。

はじかれたように俺はとっさに男を支えるように抱える。

「おいっ、どうした!?」

男の顔面は蒼白で、すでに瞳は虚ろな状態だった。

状況が飲み込めずに困惑していると、宗馬が倒れた男をちらと見た後に叫ぶ。

「くそっ、毒だ!」


少し離れた場所にいた鬼が、その言葉を聞いて肯定を示すかのようにかちゃり、と手の中の刀を鳴らした。そして鬼はもう用がない、とばかりにくるりと身を翻して闇の向こうへと駆け出した。

「まて!」

宗馬もそのあとに続いて走りだそうとする。

それを見た俺は自分でも驚くほどに強い力で、宗馬の袂をがしっと掴んだ。

「宗馬!!」

宗馬は反射的にそれを払おうとしたが、しっかりと掴んだまま震える声を絞り出して懇願するように言う。

「刀に毒まで仕込むような奴だ。君ひとりでは危ない。......いくな。」

なにかを察したのか、少し口をひらいて音にはならず嘆息される。情けない奴だとがっかりされただろうかと思わず俯いて謝罪する。

「すまない。君の足手纏(あしでまと)いでしかなかった。」

「そんなことはない。お前がいたから俺は戦いに集中できた。

 自分を責めるな。」

ぽんと肩に手を置かれ、どっと疲労が押し寄せる。気を張り詰めすぎて息も上手く吸えていなかったようだ。

そんな自分を落ちつかせるように、何度か深く呼吸を繰り返す。

やっと落ち着いてきたかという頃を見計らって、宗馬が口をひらいた。

「大丈夫か?俺はこの件の処理をしなければならないから、先に人を呼んでからお前を屋敷まで送ろう。すまないがもう少しだけ動けるか?」

「俺は大丈夫だよ。...かばってくれてありがとう。」

これだけは伝えなければと思い、まわらない頭で言葉を紡ぐ。

宗馬がいなければあのとき、鬼は俺もろとも男を斬っていただろう。あの、毒が仕込まれた刀で。


「せめてお前が無事でよかった。」

他の亡き者となってしまったものたちを眺めて、助けられなかったことを悔いるように宗馬はそう言った。

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