序章
本作品では過激な表現が含まれる場合があります。
苦手な方はご注意ください。
投稿頻度はゆっくりとなりますがご容赦ください。
(今日は明るい夜で助かったな。)
暗闇が苦手な若い男はぼんやりと空を見上げながら、隣りの気配に合わせてゆっくりと歩いていた。
「いや~今日もほんによう働いてくれたなぁ~。」
男は上機嫌におぼつかない足取りでよたよたと歩きながら、若い男へとねぎらいの言葉をかけた。
「お前がうちにきてくれたおかげで、商売繁盛!とまではいかないが確実に売り上げが伸びとる!」
「自分がお店のお役に立てているのであれば光栄です。」
そう若い男は少しはにかみながら答えた。
「その年で立派なもんだよ!おれが若いときなんてのはなぁ~......」
男はなおも上機嫌に言葉を紡ぎ続ける。
若い男は隣りの男を心配しながらも長い帰路へと思いをはせていたとき、ふと月が雲に隠れ辺りが暗くなった。
(風が冷たくなってきたな...。)
若い男はそう思い、少し肌寒さをおぼえた腕を擦った。
すると隣りの男が立ち止まって
「おい、なんだありゃ。」
と不思議そうな声をあげた。暗くなった道の先、隣りの男の視線を辿るとそこにはひとりの人がたっていた。
(人...なのかあれは...?)
不思議に思ったのも仕方あるまい。なにせそこにいたものは袖に花があしらわれた着物に、丈の短い袴姿で結い上げた黒く艶やかな長い髪はまるで漆黒だ。そして顔にはなぜか鬼の仮面をつけ、その細い腰には刀が差されている。
...傍目には女性であるように思われるが定かではない。
暗闇にぼんやりと浮かび上がる鬼の仮面は、凛としたどこか気品さえ感じられる佇まいに反して不気味さを醸し出していた。
「おーい、こんな時間にひとりでなにをしとるんだぁ?」
隣りの男は些事など気にならない様子で相手に声をかける。自分はといえばこんな夜更けに奇妙ななりで、しかも帯刀しているような相手に対して違和感を感じているというのに...。
「...」
むこうからの返答はない。
「旦那さま、もう行きましょう。」
人形のように微動だにせず、声を発することもない相手にますます恐怖心の増した自分ははやくこの場を去りたい衝動にかられ、隣りの男を促し別の道を行こうとした。
その瞬間
数メートル先に立っていたはずのその人が目の前に立っていた。
その手には抜身の刀が握られた状態で。
べしゃっ
隣りでなにかくずおれる音を聞き、視線だけを下へと向ける。
先ほどまで上機嫌に話をしていた男が地面に伏せっている。
あかい......赤い血だ...。
遅れてやってきた目の前の惨状を飲み込むとともに、自分は恐怖に叫びながらもと来た道を走りだした。
...走りだそうとしたのだ。
気づいたときにはもとの美しい月の浮かぶ夜を見上げていた。
「.........なんで......どうし...て。」
冷たく見下ろす鬼の仮面をみながら若い男は息絶えた。
しばらくその様を見届けたものは刀についた血をはらうように一振りし、その刀身を鞘へと収める。そして静かに踵を返し、また月が隠れた闇の中へと姿を消した。