幸せになりました
ナツコは転職した。再就職先は佐々木の勤め先の近くだ。
プロポーズを受けた部屋からは引っ越した。
今度の部屋は広い。でも、ナツコが掃除する回数は減った。
一緒に住む男性が家事をしてくれると心身共に健やかでいられることを、彼女は身を持って体験中だ。
佐々木のプロポーズを受け入れたナツコの生活は、短期間に大きな変化を遂げた。
お互いの親族にも挨拶して婚姻届けも出した。
今はナツコも佐々木である。
披露宴はしていないし、する予定もない。
通勤時間が減り家事も家賃も一人で抱え込む必要がない生活を得たナツコは、転職により基本給が少し下がったものの満足していた。
今住む部屋は借り物ではない。
「子どもが出来たら部屋は沢山あったほうがいいだろ?」
そう言いながら佐々木は、子供部屋まで数に入れたマンションの購入に踏み切った。
「ローンは二人で組むから、もう逃げられないぞ」
胸を張って言う夫を、ナツコは目を剥いて見上げた。
「え? まさかの束縛系?」
彼女が睨みながら言うと、佐々木はヘロッと笑った。
「許す」
夫の笑顔が可愛かったので、妻は速攻で許した。
ナツコはチョロい。
チョロさそのものには罪がない。
こだわらない精神も人付き合いには大切だ。
それに彼がポンと払った頭金の額は、ナツコの信頼を勝ち取るにふさわしい額だった。
ナツコが負担するローンの額も、以前借りていた部屋の家賃に比べたら低い。
家賃や生活費を一人で賄う必要もなくなったナツコは、貯金を増やすと決めた。
その使い道については、自分や夫以外の誰かであったらいいな、と思っている。
直近で予定はないが、せっかく用意した子供部屋は使うほうが良い。
ナツコは欲張りでなどではないが無駄は嫌いだ。
今振り返ると以前の生活には無駄が多かったようなような気もするが、後悔するのも手間なので無視する。
人生に100を求めても得られないが、だからといって5で我慢する必要はなかった。
佐々木が100でないことは、ナツコにも分かっている。
それでも二人で始める人生は5以上だろう。
100にどこまで近いのかは未知数だ。
諦めて妥協するよりも、未知数にかける方が人生は楽しい。
前向きになった自分をくすぐったく感じて、ナツコはふふふと笑った。
元上司と元恋人は、その後どうなったかというと。
ナツコが抜けたことで企画は頓挫し、損害を出した元上司は左遷されそうだ。
元恋人であるアキラは寄生先の女性に刺されて病院送りとなった。
だからといって取り立てて言いたいことも、思うところも、今のナツコにはない。
ナツコにとっては、既に過去のことだ。
自分と関係のないことは脇に置き、ゴミ箱にでも蹴り込んでしまえば良い。
企画を取り上げるような上司のいる会社からは転職したし、クズではない男性と結婚した今、ナツコが浸るべき感情は恨みでも後悔でもなく、幸せのはずなのだから。
~おわり~