日常
容赦なく朝は来る。
木曜日のしんどさを乗せた満員電車に揺られて会社に辿り着き、自宅で仕上げた資料を上司に提出する。
「ふん。やればできるじゃないか」
上司は資料に目を落としたまま鼻で笑った。
この場合、どう反応するのが正しいものなのか。
ナツコは迷いながら「ありがとうございます」と小さくモゴモゴした口調で言って頭を下げた。
いずれにせよ、大変ながらもやり甲斐のある企画の仕事はココで終了だ。
ナツコは面白みのない日常業務に戻った。
コピーにお茶くみ、電話番。
そんな仕事で一日が終わるほど単純ではないものの、企画を立てる仕事に比べたら単調だ。
夏の暑さと冷房に自律神経をかき乱されながら、窓の外を夜闇が覆うなか遅くまで働いた。
駅まで五分ほど歩き、電車を乗り継いで一時間かけて自宅に戻る。
部屋は真っ暗で、アキラの姿はなかった。
今夜は仕事に行ったらしい。
照明をつければ、ナツコが家を出た時と同じ状態の部屋が浮かび上がる。
無人の部屋で、エアコンが16℃で回っていた。
よく冷えている。
彼女は溜息を吐きながらエアコンの温度を上げた。
テーブルの上には食べ散らかしたコンビニ弁当の残骸もなく、綺麗なものだ。
アキラは何を食べたのだろうか?
ナツコの中を疑問がしゅるりと通り過ぎていったが、ソレを捕まえて考える気にはならなかった。
冷蔵庫と冷凍庫を漁って適当に夕食を済ませたナツコは、手早く就寝準備をした。
疲れていた。とにかく疲れていた。
考えることも感じることも放棄して、とにかく眠りたかった。
ナツコはベッドに横たわって目を閉じた。
泥のように眠りたかったが、脳が妙に興奮しているのか寝つきは悪いし深い眠りも得られない。
満足感の薄い眠りから時計のけたたましい音と共に目覚めれば、隣に寝ているはずの男の姿はなかった。
理由を考えるのも面倒くさい。
手早く朝の支度を終えて満員電車に乗りこむ。
今日が終われば明日は休みだ。
会社に辿り着いてみれば、うるさい上司の姿はない。
朝から会議でもあったのだろうか。
少し疑問に思ったが、ナツコにはナツコの仕事がある。
単調な仕事をこなしながら、彼女は暗くなるまでの時間を過ごした。
夏の日に窓の外が暗くなるまで仕事をすれば、帰宅が酔っ払いと一緒になるのはいつものことだ。
特に金曜日の夜ともなれば、酔っ払いの姿は増える。
ナツコは、酒とたばこと食べ物の残り香が漂う駅の構内を抜けて、いつものように自宅へと帰った。
鍵を開けて部屋に入れば真っ暗で、アキラの姿は今日もなかった。
今夜は金曜日。アキラにとっては稼ぎ時だ。不在でも不思議はない。
部屋の中に彼が帰宅した気配は感じられなかった。こちらは不自然だ。
「また浮気?」
尖った声がこぼれる。
表情が険しくなっていることは鏡を見なくても自覚できた。
浮気だったとして、アキラが他の女性に心を向けたことを怒っているのか、ナツコを都合よく使っていることに怒っているのか、よく分からない。
疲れている時に物事を考えたって無駄だ。
ナツコは適当に就寝の支度をして寝た。