たまに見かける同級生は輝いて見える
会社から駅までの道は明るい。
照明で照らしたからといって夜の九時が朝の九時になったりはしないが、感覚は簡単に狂う。
入社したばかりのナツコは遅いという自覚もなく残業に次ぐ残業をこなしていた。
無自覚にこなしていることは簡単に習慣化してしまう。
この程度の残業なら当たり前と言われれば、そんなものなのかな、としか思わない。
ただ週休二日制なのに疲れが溜まっていく一方の自分を、不思議な気持ちで見ていた。
今は疲れているのが日常だ。
例えば人生に100%があるとして何が100%ならいいのだろうか、とナツコは思った。
高い高いビルが夜闇に半分消えながら並び立つ道は、空調の効いていたオフィスよりも暑い。
一つにくくったナツコの長い黒髪は、隙間を見つけて解れて顔や首にまとわりついてくる。
いっそ切ってしまおうかとナツコは考えたが、後の手間を思って一人首を振った。
ショートカットヘアのほうがセットに手間取ってしまう。
長ければ縛ってしまえるから朝が楽だし、伸ばしっぱなしなら美容院代もかからない。
節約と時短のためには日中の不快に耐えるほうを選ぶのが得策だ。
そもそも、ショートカットにしたって日中が不快でなくなるとは限らない。
お金も手間も、なるべくかけない方がいいのだ。
お金も時間も足りないのだから。
人間は食事も睡眠も必要だ。
家事もしなければならないし、効率よく動かなければ間に合わない。
ナツコは寝るまでのスケジュールを頭の中で考えながら歩みを進めた。
夜の駅は朝のラッシュ時と比べたら人が少ない。
ちらほらと酔っ払いの姿もあるが、満員電車ではないことを幸いと思うべきか。
そこは悩むところである。
明るい駅の構内に入ると聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よぉ、江戸川じゃないか」
振り返ったナツコは知り合いの姿を認めて笑みを浮かべた。
「こんばんは、佐々木君」
「こんな時間まで仕事か? 大変だな」
目の前に現れたのは高校の時の同級生、佐々木正司だった。
通勤の最寄り駅が同じなので、顔を合わせる機会のある貴重な同級生である。
疲れ果てたナツコにとっては、筋肉のしっかりついた上背のある体にスーツを着た同級生の姿が少し眩しい。
「佐々木君は飲み会?」
アルコールと煙草の匂いをプンプンさせている佐々木が、不快というより羨ましく感じる自分がナツコは少し悲しかった。
「ヘヘッ、わかる?」
へにょんと笑う佐々木には高校の時の面影があった。
運動部に所属していた佐々木は、黒髪の短髪に鍛えた体、少し日に焼けた肌をしている。
あの時の高校生が大人になって働いていますよ、という印象がキチンとあった。
では、自分はどうだろうか?
一つにくくった長い黒髪に化粧っけのない顔、半袖の白いブラウスに紺色のスカートを合わせているから、高校生の頃と変わらないようにも思える。
だが、高校生の時とは圧倒的に疲れの出方が違う。
目の下のクマとか、他の諸々のことを考えてナツコはげんなりした。
「気を付けて帰りなさいよ、酔っ払い」
「ああ。江戸川も気を付けて帰れよ」
手を振って佐々木と別れたナツコは電車に揺られて帰宅の途に就いた。
朝のラッシュ時に比べたら空いている電車内は快適だ。
それなのに、どっと疲れた。
座席に座ったナツコは長旅に備えて軽く目を閉じた。