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8:姉弟で過ごす日

 ドラコが次に作るホムンクルスのデザインを考えていたある日のこと、突然スマートフォンに着信があった。

 ペリエは今日祭儀があると言っていたし、マロンはストームグラスの納品で忙しいはずだ。いったい誰だろうと思いながらスマートフォンを手に取って、ドラコはおどろく。

「ケイト、急にどうしたの?」

 そう、普段はメッセージアプリでやりとりをしている弟のケイトからの着信なのだ。

 スマートフォン越しにケイトがこう訊ねてくる。

「姉者、今度の休日空いてる?」

「えっ……? なにかあったの?」

 思わずカレンダーを見て日付を確認する。次の休日まであと数日だ。もしかしたらケイトか他の家族になにかあったのかもしれない。

 思わず不安になるドラコに、ケイトはうれしそうにこう言う。

「久しぶりに連休が取れたから、姉ちゃんのところに泊まりに行こうかなって思って。

 急なことだから、もしかしたら姉ちゃんのスケジュール埋まってるかもだけど」

 その言葉にドラコはほっとして口元をほころばせる。

「今のところ作業スケジュールは入ってないから大丈夫だよ。ケイトが来るなら空けとく。

 当日、カサゴの駅に着いたら連絡くれる? 迎えに行くから」

「オッケー、姉者」

 そのやりとりを、ゼロが背後から聞いている。ケイトがドラコの家に泊まりに来るのは今にはじまったことではない。けれど、ペリエもこの家には何度も来ているし、近所で変な噂が広まったら困るな。とゼロは思った。


 そして来る休日。ドラコのスマートフォンが鳴る。ケイトがこの家最寄りであるカサゴ駅に着いたというメッセージが来ている。

 ドラコはいそいそといつもの部屋着から外着に着替える。いつものシャツにベストとキュロットというかっちりした服ではなく、動きやすいパーカーとセンタープレスの入ったハーフパンツといったいでたちだ。マスクはいつも通り、白い汎用型のもの。

 家を出てカサゴの駅に向かう途中、ドラコはしきりにゼロに話しかける。

「急に泊まりに来たいなんて、ケイトは相変わらず甘えん坊だね」

「せやな。でも、ドラコも悪い気はしないんでしょ?」

「まあね。ゆっくり一緒に過ごすのも久しぶりだし。

 子供の頃はいつも一緒だったのになぁ」

 子供の頃のドラコとケイトのことを、ゼロはあくまでもドラコの記憶でしか知らない。けれど、何度も昔の話を聞かされていると、この姉弟の仲がよすぎて両親が手を焼いただろうなというのは想像に難くない。

 そうこうしている間にカサゴの駅に着いた。滑り止めがついた階段を上り、中央改札の方を見ると、いつも通りの格好で、少しだけ大きい荷物を背負ってケーキの箱を持ったケイトが立っていた。すぐ側にはニコが浮いている。

「姉者ー、久しぶり!」

 ドラコの姿を確認するなり手を振ってうれしそうに駆け寄ってくるケイトに、ドラコもうれしそうに駆け寄る。

「久しぶりって言っても、この前ノミズで会ったばかりじゃん」

「でも僕には久しぶりなの」

「そう?」

 早速立ち話をはじめるドラコとケイトのすぐ側で、ゼロとニコが話をする。

「迷わず来れたかー?」

「大丈夫。うちからここまでの経路はドラコと共有できてるから」

 ニコの言葉に、ゼロは慌てて他のホムンクルスとの情報共有状況を調べる。ドラコの実家と今の居住地の情報が、ドラコが作った他のホムンクルスにも共有されていたらまずいからだ。

 素早く検索を走らせて。実家からここまでの経路が共有されているのはニコだけだとわかり、一安心する。

 そのようすを見たニコが、呆れたようにゼロに言う。

「ずいぶん前にゼロが私に情報共有してきたんじゃない」

「そうだったわ」

 ゼロはニコに頬を揉まれてから、楽しそうに話しているドラコとケイトに声をかける。

「いつまでも改札前にいたら邪魔だぞ。

 そろそろ行こう」

 その声に、ドラコとケイトははっとして階段の方へ向かう。

「そうだね。家に帰ればゆっくりできるし」

「ケーキの保冷剤も心配だし」

 階段を降りてドラコの家までの道中、ドラコとケイト、それにゼロとニコは話が尽きなかった。


 ドラコの家について一息ついたところで、ドラコが冷蔵庫からアイスティーを出し、コップふたつに注ぐ。ケイトは慣れたようすで食器棚から小さめの皿とフォークをふたつ取り出して、居間のテーブルに置く。

 アイスティーを用意したドラコが、紙箱からケーキを取り出して、ひとつずつ皿に乗せる。今回ケイトが買ってきたのは、イチジクのケーキとベイクドチーズケーキだ。

「どっちがいい?」

 ドラコがフォークを手に取ってケイトに訊ねると、ケイトは早速ベイクドチーズケーキの乗った皿を手元に寄せる。

「僕はこっち。姉ちゃん、イチジク好きでしょ?」

「うん。でも、私に遠慮してない?」

 イチジクのケーキを手元に引き寄せながらドラコが訊ねると、ケイトはにっと笑ってこう返す。

「遠慮してないから、僕の好きなケーキも買ってきたんだ」

「んふふ、そっか」

 お互い遠慮はないとわかったところで、ケイトがベイクドチーズケーキをひとくち分フォークで掬う。

「それじゃあ、せっかく違うケーキだし、一口ずつ交換こしよっか。

 はい姉者、あーんして」

 ケイトの言葉に、ドラコは素直に口を大きく開ける。その中にケイトがフォークを入れると、ドラコはぱくりと口を閉じる。そこからケイトがフォークを引き抜くと、ドラコがじっくり口の中のものを味わう。それから、ドラコもイチジクのケーキをひとくち分掬ってケイトに差し出す。

「ケイトもあーんして」

「あーん」

 大きく口を開けたケイトが、ドラコの指しだしたフォークに食いつく。余程イチジクのケーキがおいしかったのだろう、とても上機嫌だ。

「イチジクのケーキもおいしい」

 うれしそうにそう言うケイトに、ドラコはくすくすと笑いながら返す。

「チーズケーキもおいしかったよ。ケイトも食べなよ」

「いただくでござるよ」

 お互い自分のフォークでそれぞれのケーキを食べて、アイスティーを飲む。こうしていると、まだまだ話が弾んでいく。

「そういえば、ケイトは最近どうしてるの?

 ノミズに行ける程度には休みが取れてるみたいだけど」

 少しだけ心配そうなドラコの問いに、ケイトはアイスティーを飲んでから答える。

「まあまあ仕事は忙しいけど、定時で帰れてるし、趣味のことをやる時間はあるよ。

 最近また、投稿サイトに連載する小説の準備してるし」

 仕事柄定時で帰れないことも多いケイトも、最近はゆとりがあるとわかってドラコが安心する。

「そっか、よかった。

 新作も楽しみにしてるからね」

「私、底辺文字書きなのにありがたいお言葉」

「もう、自分で底辺とか言わないの」

 ケイトの行き過ぎた謙遜にドラコが口をとがらせると、ケイトは恥ずかしそうに口元をはにかませる。

 そうしているうちに皿の上もコップの中身も空になり、ドラコが食器類をシンクの中へと持って行く。

 居間に戻ると、ケイトが頬杖をついて船を漕いでいる。ゆらゆら揺れる頭の周りをニコが心配そうに飛び回るので、ドラコはケイトの肩を叩いて声をかける。

「眠いんだったら部屋で寝る? ベッド貸すよ?」

「ん~……うん」

 ゆっくりと立ち上がったケイトの手を引いてキッチンを横切り、ドラコは自室に入る。ケイトをベッドの中に入れようと掛け布団をまくると、ケイトはベッドの縁に腰掛けてドラコにこう言った。

「姉ちゃん、膝枕して」

 そう言うケイトに手を引かれて、ドラコは困ったように笑ってケイトの隣に座る。

「もう、しょうがないなぁ」

 ドラコがぽんぽんと膝の上を叩くと、ケイトがぽすんと頭を乗せる。まもなく寝息が聞こえてきた。

「ほんとに大丈夫かなぁ……」

 少し心配そうにつぶやいてから、ドラコはケイトの頭を撫でた。


 ケイトがドラコの膝の上に頭を預けてから二十分ほどで、ケイトが起き上がった。

「おはよう。やっぱり仕事で疲れてるのかな?」

 ぼんやりしているケイトにドラコがそう訊ねると、ケイトは一瞬言葉を詰まらせてから、苦笑いする。

「あー、実は、執筆で根を詰めてて……」

 それを聞いたドラコは、ケイトの腕をつねる。

「もう、小説書くのが楽しいのはわかるけど、無理しちゃダメだからね」

「ほんとうに申し訳ない」

 それから、そろそろ夕飯の買い物に行くかという話になる。

「晩ごはん、なにがいい?」

 ドラコの問いに、ケイトは元気よく答える。

「姉者の作ったパプリカの肉詰め!」

「よしわかった。

 じゃあ、一緒に買い物行こうか」

 この一部始終を見ていたゼロが、ニコに訊ねる。

「ケイト、こんなにドラコに甘えん坊なんじゃ、実家にいるときずっと寂しがってるんじゃないのか?」

 その問いにニコは一瞬黙ってから返す。

「まあ、部屋に飾った写真をじっと見てることは多いね」

「やはりか」

 納得できるニコの言葉に、ゼロはさらに訊ねる。

「飾る場所あるのか?」

「写真の周りは片付けてるよ」

「他も片付けるんだよ。部屋を全体的に」

 読み散らかした本で床が底上げされているケイトの部屋を思い出したのか、ゼロが釘を刺す。

 そうこうしている間にも、ドラコとケイトは買い物に行く準備ができたようだ。

 今夜は賑やかになりそうだった。

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