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2:神様の祭日

 菜の花が咲き乱れ、人々の歓声が町に満ちている日のこと、ドラコは朝から機嫌が悪かった。ドラコの機嫌が悪い理由は、ゼロにはよくわかっているし、これは毎年のことなのだ。

 ドラコが普段から不機嫌になることがないのかといわれると、そこは人並みだろうとゼロは思っている。けれども、世間が祝福のお祭りムードに包まれるこの日は、必ずドラコは不機嫌になる。

 今日は、神様の祭日だ。人々が住む星々が浮かんでいる宇宙、つまりはこの世界を創造したといわれている神様を、人々が奉り崇める日。[星間宇宙の帝王]とも呼ばれる神様を奉っている神殿の参道には屋台が出てお祭りになる。この日を楽しみにしている人も多いのだけれども、ドラコだけはこの日を楽しむことができないのだ。

 普段外に出て軽い運動を欠かさないドラコでも、神様の祭日だけは外に出ない。毎日チェックを欠かさないニュースなどの情報も完全にシャットアウトする。なぜなら、神様が奉られているところを見たくないからだ。

 発端は、ドラコが小学校に入って間もない頃のこと。

 両親とドラコと弟と、四人で幸せに暮らしていたところに、さらに幸せが訪れた。もうひとり弟が生まれたのだ。常磐色の髪に菜の花色の瞳のその幼い弟に、どんな名前を付けるか両親は楽しみにしていたし、どんなふうに呼ぶのかをドラコも楽しみにしていた。

 そんな幸せの日の中に、突然神様が顕れたのだ。神様は生まれたばかりでまだ名前もない弟を連れ去っていった。ドラコがどんなに泣き叫んでも、返してはくれなかった。

 弟を連れて行く対価として、神様はドラコの家族全員に、ギフトと呼ばれる人生を豊かにする[なにか]を与えていった。そんなものいらないとドラコは何度も神様に訴えたけれども、やはり弟はいまだ返ってこない。

 そういったことがあって以来、ドラコは神様のことを憎んでいるといっても差し支えのない状態になっていた。だから、他の人達と同じように神様を奉ることはできないのだ。

 朝起きて、いつものように固いマスクを着けたままベッドに潜って時間が経つのを待つ。時折聞こえる祝賀の鐘の音に耳を塞ぎ、食事も摂らず、神様の目から逃れるようにカーテンも閉め切ったまま、声も出さずに、ずっとじっとしているのだ。いつもは立ててある家族写真も、伏せられている。まるで家族を神様から隠すように。

 これも毎年のことだけれども、ゼロとしては心配な気持ちを抑えられない。他の人達と同じように神様を奉った方が周囲との関係は円滑になるのだというのがわかるので、ドラコも神様を奉った方が角が立たないというのはゼロにもわかる。けれども、それはドラコもわかっているはずなのだ。

 わかっているけれども、いざ神様を奉るといわれると、憎しみの方が優位に立ってしまう。いま残されている弟をとても大事にしているドラコを見ていると、幼い頃に攫われてしまった弟がどれだけ恋しいか、ホムンクルスであるゼロにだって想像に難くないのだ。

 ドラコが布団に潜って動かないまま、ドラコが住む町、カサゴの日が暮れてきた。太陽が落ちきったら、神様の祭日はおしまいだ。だから、太陽が落ちればドラコもまたいつも通りになるだろうとゼロはじっと待っていた。

 そして太陽が落ちて暗くなり、町が静かになった頃。ドラコのスマートフォンが鳴りはじめた。それを聞いて手に取ったドラコは、いかにも不機嫌そうな声で口を開く。

「……なに?」

 神様の祭日が終わった頃に、こうやって着信があるのももう毎年のことだ。ゼロは慣れた様子でこう言う。

「多分ペリエじゃないかな。

 今日祭儀があったはずだからその話だと思う」

「祭儀? ああ」

 ペリエというのはドラコの友人の呪術師だ。

 呪術師というと、儀式や呪符でなんでも願いを叶えてくれる人だと勘違いする人がたまにいるけれど、実際のところは呪術師が行う儀式や作る護符で、確実な効果が得られる保証はない。呪術師免許を持っている呪術師の儀式や護符には最低限の効果が担保されていないといけないけれど、100パーセントの効果は保証されない。願いが成就する可能性がある程度の濃度で変動するといったものだ。

 それに、呪術師の最も重要な役割は祭儀などを行うことによってクライアントやその周辺人物を納得させることだ。このことを知っている人は、呪術師以外には少ないのだけれど。

 職業の特性上、呪術師は神様にその精神を委ねることを求められる。神様に精神を委ね、祈りを捧げることにより、神様経由でこの世界の摂理を変えることができるといわれている11次元論を根拠とした6次元存在と交渉するのだ。その交渉が上手くいくかどうかは、神様や6次元存在の気分次第だ。確実にその気にさせる方法を、呪術師は経験則で模索して実行している。その方法といわれているものの一部が、神様に精神を委ねることと純潔を守ることだ。

 ペリエはそんな呪術師らしく、神様の祭日には神様を奉るために祭儀を行って贄を屠る。そこまで頭が回ったのか、ドラコがそれなら。といった様子で着信を取る。

「もしもし」

「あ、ドラコ、今大丈夫?」

「大丈夫だけど」

「それじゃあちょっと相談があるんだよね」

 通話先で話しているのは、落ち着いた声の男性だ。その男性、ペリエの声を聞いて、ドラコの心はようやく落ち着いてきた。ペリエは呪術師で神様を奉ることに疑問を持っていないけれども、他の人達のように、ドラコに神様を奉ることを強要はしてこない。だから、神様の祭日にひとりで部屋に籠もっていたということを知られても気が楽なのだ。

 そのペリエの用件はこういうものだった。

「例によって祭儀で屠った牛の肉がうちで食べ切れそうもなくて。いくらか送ってもいい?」

「いいけど、ペリエの家めっちゃ大きい冷凍庫あるじゃん。それでも入りきらない?」

「それがねぇ……ここ連日仕事でやった他の儀式でも牛を屠ってて冷凍庫がヤバいの」

 ペリエが儀式の時に使っている牛は、ミニ牛という儀式用の小型の牛だ。ドラコたちが子供の頃は普通の牛しかおらず、呪術師は儀式の度に肉のやり場に困っていたと聞いている。当時は、精肉店と提携している呪術師もいたほどだ。

 けれども、ここ十年ほど、畜産技術の発達で少人数儀式用のミニ牛というものが開発され、今ではそれが主流だ。とはいえ、それでも一匹屠るとホルモンを含めて五、六人前は肉が取れるので、ソロで活動しているペリエには手に余りがちだ。それが連日ともなると助けが欲しいのもドラコにもわかる。

 それになにより。

「今回どんな牛使ったの? ペリエが使う牛おいしいから、楽しみは楽しみだよ」

「今回はなんと~、黒牛です!」

「おいしいやつ! 霜降り!」

 ようやく元気を取り戻したドラコがはしゃいでいると、ペリエがこう続ける。

「どれくらい送っていいか知りたいから、冷凍庫の具合教えてくれる?」

「かしこまりっ」

 勢いよくベッドから出て台所へと向かうドラコをゼロが見送っていると、ペリエが心配そうな声でこう訊ねてきた。

「ねぇ、ゼロ。いるんでしょ?

 今日ドラコどうだった?」

 その問いに、ゼロは少し俯いてから今日のドラコの状況を教える。

「今年も、朝からなにも食べないで布団にくるまってたよ。ペリエから電話来て、やっと元気になった」

「あらそう……」

 ゼロの言葉に、ペリエは溜息をつく。毎年のことだとわかっていても、毎年こうやって落ち込んで、なにも食べないでただただ憎しみを募らせる日があるというのが心配でならないのだ。

 足音がして、ドラコが部屋に戻ってくる。

「冷凍庫と冷蔵庫両方使えば三人前くらいいけるかも」

「そんなにいける? それじゃあそれくらい送るね。助かる~」

 どれくらいの肉を受け入れられるかをドラコが報告すると、ペリエの声色もまた明るくなる。それから、ゼロと話していた話題がなかったかのように、宅配の時間指定の話をする。とりあえず、ドラコが早く食べたいと言うので午前中の指定で送ることとなった。

 それからドラコとペリエと、時々ゼロが口を挟みながらたわいもない話をする。その中でふと、ドラコが暗い声でこう訊ねた。

「ねぇ、なんでみんな神様なんかを信奉するんだろう」

 その問いはペリエに向けられたものなのかゼロに向けられたものなのか、それはわからない。対外的な意見を求めているのであればペリエにであるし、内省的な意見を求めているのであればゼロにであるからだ。

 少しの間沈黙が降りて、最初に声を出したのはペリエだった。

「神様を奉る理由は諸説色々あるけれど、私が考えているところでは、結局は習慣的なものと本能っていうのが大きいと思うんだよね」

「習慣と本能……」

 その言葉に、ドラコはいまいちピンと来ないようだ。習慣付いていないという自覚はあるけれども、本能で神様を求めたことがないからだ。

「ペリエは、神様のことを心底信奉してるの?」

 ドラコの疑問は、純粋なものだった。習慣と本能で信奉しているのであれば、心が伴わないこともあると思ったからだ。

 また少し黙り込んで、ペリエが答える。

「信奉してるっていうか、逆らえない。神様がどんな存在でも、逆らえないって、思っちゃうんだよね」

 逆らえない。というのはドラコにもわかる。実感としてそういう気持ちがあるからだ。

 ペリエがさらに言葉を続ける。

「でも、大半の人は疑いなく神様を信奉してるんだよ。だから、あまり人のいるところで神様に反することは言わない方がいいよ」

「それはわかってる」

 そう、ドラコもそれは重々承知している。そしてその上で、ペリエが自分の内心を大事にしてくれていることもわかっていた。

 重い空気が晴れない。それを変えるように、ゼロが口を挟む。

「そういえば、今回の肉は黒牛って言ってたけどどこ産?」

「産地? なんと、ルタイです!」

「ウワー! 高級品!」

 そのやりとりで、またドラコの口元に笑みが浮かんだ。肉が楽しみというのはあるけれども、友人と話すと安心するのだ。

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