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唸りながら、思い出そうとすること数分。
くそっ!駄目だ。何も思い出せない。今がいつか?ここはどこか?俺はなんて名前だった?顔つきや体つきはどうだった?性格とか癖とか趣味嗜好もわからない……今まで何をしていたのか。どうやって何のために、ここに来たのか。何一つ思い出せない。
わからないことだらけだ。わかるのはこれが、夢や幻覚じゃないってことだけ。夢?そういや記憶喪失と言っても、夢とか幻覚とかそういう単語の意味はわかるようだ。わからないのは俺に何があったかとかそういう記憶だけ。
なら、わかる人に聞くのが一番か──
「おーい、誰かいませんか?……」
試しに恐る恐る呼びかけてみる。が、声は暗闇に吸い込まれていくのみ。こんな訳わらないところに俺一人って……
言い知れぬ孤独感と恐怖を誤魔化すように、
「っておいっ!誰か!?誰か!」
大声を上げるが、声は反響しながら、再び、暗闇に吸い込まれていく。
どうしよう?どうしたらいい。そうだ!手掛かりだ。とりあえず囚人番号を入力してみるか?
ってすり抜ける?どうやって押すんだ。
ん?視線を向けると矢印が移動する。ってことは視線を数字に向けて……よし。決定はどうするんだ?あれっ?何もしてないのに選択された?
……そうか!瞬きか。
よし、目線を向けて……数字は……取り敢えず1、3、2、0と。なに?Third I−Modeは使用できません?
第三の私の状態?なんだそりゃ?IとEyeを掛けてる?第三の眼って確か……眉間の間、額の中央にある。そうそう、ちょうどこんな感じで……なんだこりゃ?本当に額に腫瘤みたいなのできてる!?硬い。何かの結晶みたいだ。
よく見えないな。鏡か、何かあればいいんだが。って都合良く有るわけないか。
仕方ない。とりあえず囚人番号を打つか。適当にそれじゃあ……8、0、1、0っと。駄目か。じゃあ1、9、3、8では。これも駄目か。0、9、1、6……5、5、5、5……
えっ!?一時封鎖?十五分後にやり直して下さいだと。やっちまった……
じっと待ってても仕方ない。他に手掛りはないか。とりあえず自分の身の回りからだ。これは囚人服?上衣の色は灰色の霜降り。薄汚れた上衣の左胸の物入れ内袋を弄る。
何かある。これは……金属製の札?大きな輪が中央に鎮座し、剣をもった人身獅子や蛇、狐が輪に乗っかる。四隅では、書物を読む獅子・牡牛・人・鷲の天使。そしてWheel of Fortuneと書かれている。なんだこれ?なんでこんなものが?
思わずまじまじと凝視する。俺は……これを知ってる──気がする。そう、これは……この金属製の札は──
──汝“能力”ヲ欲スルカ?……スルカ?……ルカ?…カ?
不意に頭の中にその声が谺した。
──お前は誰だ……ここは……俺は……
混濁する意識の表層を心の呟きが、上滑りする。全てが流れる雲のように、過ぎ去っていった。自分自身の声さえ、やけに遠くに聞こえる。
──逆光で、顔が見えない誰かが口を開く。
──に気をつけろ。
──を失うぞ。
──此処から先は帰還不能点だ。
記憶の断片に翻弄され、あやふやな意識の中で、最後にその言葉が刻まれた気がした。
「『此処から先は帰還不能点だ』ってどういう意味だよ……訳分かんねえ」
思わず独りごちてしまう。何か今の記憶のヒントはないか。取り敢えず札を裏返してみる。なんか研磨してるせいか、鏡みたいだ。つるつるの裏面には札を覗き込む男の顔が映っているだけだった。
切れ長の二重瞼の黒い瞳。額の中央には、例の腫瘤のような結晶がある。黒髪は短く、丸坊主が無造作に伸びたという感じだ。大人びた感じで、目鼻立ちは、それなりに整ってはいた。
これが俺なのか……?
ん?何か違和感を感じる。なんだろう?よく見ようと覗き込んで、違和感の正体に気づいた。
首に圧迫感を感じる。自分の首は見づらいな。一旦、札を顔から少し離してみるか。
目を凝らして見る。やっぱこれって首輪だよな?なんで首輪なんか……?って、まじかよ。拘束具の連想から半信半疑だった囚人って言葉が一気に現実味を帯びる。
あれっ?よく見るとなんか首輪に何か刻んであるな。んーなんだろ?数字?えーと1…1…6…9って四桁の数字!?
これって囚人番号じゃね?だよな。そうとしか考えられない。やった!探していたものがようやく見つかり、思わず快哉を上げそうになる。
さっそく試してみよう。って一時封鎖だった。早く試したい。待ち遠しいぜ。
取り敢えず時間まで、手掛りを探そう。この札は、左胸の物入れ内袋に仕舞っておこう。何か意味があるかも知れない。上衣はこれ以上は何もないな。
次は下衣だ。まずは物入れ内袋っと。座ったままだと探りにくいな。立ち上がった方がやりやすいか。
よいしょっと。物入れ内袋は……何もないな。
あれ?足首になんかあるな。これは……?ブレスレット?足用のブレスレットみたいなのが、巻かれている。
視線を足元に向けながら、触って確認する。ずしりとした感覚。形を確かめるように弄りまわすと──
──ピーピー!
次の瞬間、警告音が静寂を切り裂いた。