5 いつか龍を討ち統(す)べる者へ
「やあ、いい月夜だな。要件は分かるだろ? 大人しく、宝と体を差し出せば、命だけは助けてやってもいいぜ」
「ああ。まあ奴隷として二人とも売り飛ばすんだけどな」
下卑た男どもが嫌な笑い声を上げる。こいつらはドラゴンの洞窟に入る勇気も実力も無い。そんな屑どもが思い付くのは、懸命に宝を持ち帰った冒険者を集団で囲んで全てを奪う事だ。
山道の横は崖になっていて、私達が山を下りるには盗賊が居る箇所を抜けるしか無い。体調さえ良ければ、相棒だけなら空を飛んで逃げられたのだろうが、今の彼女は魔力を使い果たしている。体を震わせているのが、見なくても分かった。
洞窟に戻る訳にもいかない。まだドラゴンは生きているのだ。あれで倒せるような生物なら苦労は無かった。私は持続性の回復薬を一気に呷る。飲んだ後の数分間、傷の回復効果が続くもので、まあ気休めのような代物だが無いよりマシだ。私は財宝の入った自分の袋を、背後の相棒に渡した。
「できるだけ、奴らの数を減らす。隙を見て一人で逃げな」
「ちょっと……! 嫌よ、そんな」
振り返らずに、私は革紐で背中に斜め向きで付けていた武器を外して手に取る。形状は大斧に少し似ているが、要するにハンマーである。大きなトンカチで、柄は私の背丈よりも長い。普段は金属の重い部分を腰の辺りに、留め具で固定している。
盗賊どもが「抵抗する気かよ、馬鹿が」と嘲笑っている。これだけの大人数と独りで戦った事は無い。私が馬鹿なのか奴らが馬鹿なのかは、すぐに分かるのだろう。
「これが最後になるかも知れねぇ。あたしを調子づける言葉を何か掛けてくれ」
「……貴女のお尻、大好き!」
「嬉しいね、ありがとうよ!」
私は山道を下りて、平地になっている盗賊の溜まり場へと向かう。連中は、まともに戦う気も無くて私に矢を射かけてきた。大勢に寄る斉射で、どんな達人でも防ぎようがない、と盗賊どもは思っていたのだろう。甘く見てもらっては困る。
迫っていた矢は私を射抜く寸前、パン!と音を立てて、空中で叩かれる。全ての矢が勢いを失って、ばらばらと私の周囲に落ちた。私は開けた場所に辿り着いて、ぽかんと口を開けている賊どもに向かって歩く。やや後ずさりながら連中が叫んだ。
「な、何だ! 何で矢が当たらない、何をしやがった!」
「闘気で弾いた。それだけさ」
「は!?」
私の説明を聞いても連中は理解できない。それも仕方なくて、他の人間が同じ事をやっている姿を私は見た覚えがない。この世界は空気中に、魔素と呼ばれるエネルギーが充満している。そのエネルギーで相棒は魔法を使っているし、私は呼吸で体内に闘気を貯めて、必要な時に放出できるのだ。
相棒の魔法ほど派手な事はできないが、今のは瞬間的に、私の周囲を球体で囲むように闘気の放出を行った。簡易の防壁である。弓矢程度の飛び道具では、上下左右、三六〇度の何処から撃たれても私には通用しない。
「て、手品にビビッてんじゃねぇ! 殺っちまえ!」
男どもが殺到してくる。確かに手品みたいなもので、数の暴力に対しては物理攻撃で立ち向かうしか無い。私は両手で、柄の長いハンマーを頭上で振り回し始めた。この武器の欠点は、振る時の初速が遅くなりがちな事である。振り回す事で勢いさえ付けば、最高の武器となる。
筋力に自信があると言っても私は女だ。私より力が強い男など幾らでも居る。男よりも体重が無い私に必要なのは、勢いを付けた打撃だ。速度が乗ってきたハンマーに合わせて、私は体をコマのように横へ回した。
前世で言えば、砲丸投げや円盤投げ、そしてハンマー投げのように武器と共に回っていく。投げる訳には行かないので、大振りし過ぎないよう、両手を広く開けてハンマーを保持。武器と私の重心の動きを合わせ、広い歩幅で、ブレイクダンスのように大きく動く。頭上にあったハンマーは、私の胴の辺りまで下がって、勢いを付けて盗賊をまとめて薙ぎ倒していった。
それは竜巻の動きに似ていて、災害そのもののように、私とハンマーは回りながら敵を飛ばしていく。竜が巻く、とは良く言ったものだ。龍とは、まるで力の象徴であるように私は思う。力そのものに善悪は無い。あの洞窟の赤龍も、ただ寝ていただけだ。その寝床に押し入って財宝を奪う、私達のような冒険者こそ悪辣な存在かも知れなかった。
「殺せ! 殺せぇ!」
男どもが叫ぶ。私も常に回り続けられる訳では無く、動きが止まった瞬間に一人の盗賊が剣を振ってきた。ハンマーから片手を離し、素手の裏拳で横殴りに私は払う。盗賊の剣が折れて、「嘘だろ!」と喚く男を蹴り飛ばした。闘気で肉体を鉄のように硬くすれば、こんな芸当も可能なのだ。
束になって盗賊が私を押さえつける。この世全ての理不尽に抗うが如く、私は咆哮と共に闘気を爆発させた。体内からの衝撃波が、周囲の連中を残らず弾き飛ばす。気安く触るんじゃねぇよ、男ども。私の体を好きにしていいのは相棒だけさ。
ずいぶんと刃物で切られ、突かれて、筋肉を固めて出血を抑える。私の動きは速くなっていって、「何で動ける!」と敵は悲鳴を上げた。答えは簡単で、私は生き残る事を考えていないからだ。ここで全エネルギーを使い果たす。それで相棒の命を助けられるのなら後悔は無い。
ハンマーを軽々と振り回し、闘気の爆発に合わせて地面を叩く! 前方へ衝撃波が奔って、馬車に撥ねられたように何人も飛んでいく。何度も何度も何度も、同様に私は衝撃波を奔らせ続けた。相棒と初めて会った夜を思い出す。ああ、これが走馬灯という奴か。
私は酒場で、武芸者としての道を断たれ、両親を探す当ても無くなって腐っていた。そして、何処か私は安堵していたのだ。親と会わなければ、私は子供時代に捨てられたという事実を見なくて済むのだから。口減らし、異種族との間の望まれない妊娠。子を捨てる理由など、この世界には幾らでもある。
十五歳でアマゾネスの集落から出た。居心地の良い場所では無かったから。そして男よりも強い私は、この男社会の世界で疎まれ続けた。きっと、お前もそうだったんだろ相棒。媚びる必要が無い私達には、男の妬みや色欲が鬱陶しかったのだ。居心地の良い場所は、二人で寝る宿のベッドだったよな。
力があれば、男も女も関係なく認められる。そういうもんだよな、相棒。この世には龍の王っていう伝説の龍も居るそうだ。そいつを冒険で倒せば、業績を認めない奴なんか誰も居ない。いつか龍を討ち統べる者へ。冒険者の、栄誉の頂点というべき場所を一緒に目指したかったな。
もう敵の姿は見えなくなっていた。私の視界も暗くなっていく。やりきった、という充実感があった。私は此処までだ。知ってるか、相棒。私の友達になってくれたのは、お前が初めてだったんだぜ。私には、お前が全てだった。要するに私達は愛し合っていたのかね。互いの命を守り合う関係。愛があれば理由としては充分だよな。
お前なら、すぐに仲間が見つかるさ。じゃあな、相棒。私は倒れて、心臓は鼓動を止めた。