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♪  墓が丘  4  ♪

 ゆっくり歩いて来たので、あたりは青味がかったピンクの夕景になった。苦痛はないが、体質が変わって、カラダは遠くから引っ張られている石のようなので、もうゆっくりしか歩けない。その事を悪いとも思わない。体質でなく、私は全体が変わっている。でも、その変化は、ウィルスに罹ってからじゃないのは分かる。やはり、あの時なんだ。

 でも、ヒトが居ない以外は平和だ。普通に完璧な自然界の営みがあった。なんて平和だろう。ネコは宿主を見切ったように町内を自由に歩き回っていた。

 コンビニの廃墟と、ベンチの置かれた草地があった。この草地には、私が子供の頃、給水塔の廃墟があった。今に繋がる事……歌詞めいたものが初めて浮かんできたのは、何となくベンチに座って、給水塔を見た時だった気がする。だいぶ前に、給水塔が撤去された時、私は悲しかった。今後は悲しまれることはない。

 二本の石の柱の間の道を上って行く。道は若緑の丘に続いている。

 此処は墳墓だ。大規模な前方後円墳があり、およそ、幅百メートル・主軸百七十メートル。丘の頂上は、古墳の頂上によって、兼ねている。

 私は、二十メートルたらずの石段を休み休み上って行った。

 古墳の頂上から、誰も居ない町の夕暮れを見た。景色のいい処が家の近くにあって恵まれている。

 世界崩壊の時はこの墳丘ですごすと決めていた。人類絶滅も似たようなものだろう。ただ、生きているうちに実際に起こるとは、思っていなかったんだけど。

 吐き気が起きてきた。ちょうどいい。予期した頃合だ。

 わたしは石段を下り始める。

 此処は、前方後円墳の隣に、小さな円墳がひっそりと造られてある。わたしは円墳をめざす。往時には王か誰かがこちらに埋葬されて、あちらの円墳は、近しい人か従者といった人たちが、埋葬されたのだろうか。真相はわからない。ただ、大きすぎる舞台は私には似合わない。あっちのほうが、しっくりくる。

 思うに任せないカラダを、円墳へ移動させる時間には、不思議な体験を味わった。カメラがゆっくり移動しながら撮った映像を、早回しした動画を観ているように、空の夕方は流れ、藍色が波のように占めて、ギラつく星々を吊るした黒の天幕に変わった。詩的になっているのは、私は歌詞を書く人でもあるからだ。

 晴れて良かった……。星空の準備が整った頃、やっと私は、カラダを円墳の頂上に移すことができた。頂上までは、なだらかではなく、背丈よりも大きい段差があり、へばりつくようにして、上りきった。

 向こうには、水平よりちょっと上のところに、墳丘の頂上が顔を出していた。

 私は丸い芝生の舞台に横になった。

 血液が逆流し、カラダが浮かび上がるような感じがした。ちょうど体力も切れたし、必要もない。ああ、星が降って来る。 

 此処には木が生えていて、下の人間の世界の景色は遮られているれど、天空はよく観えた。

 やや吐き気は増した。

 SVには五回の発作がある。一回の発作は一日内に終わり、何事もなかったようにカラリと明ける。そして休息が来る。たとえば4日。その後に二度目の発作。これも一日で止む。次のインターバルは3日。三度目の発作。インターバルは2日。四度目。1日。最後の五度目の発作が起こった時に死ぬ。インターバルが数列になっているので、数列ウィルスと呼ばれている。数列は人によって異なる。観測されている中で、初回のインターバルの最長は7日。最短は48時間。私は今が五度目の発作だった。いままでは譫妄だけが現れていたが、最後の発作では肉体が崩落するから、苦痛を伴うのだろうか。焦燥感や不安感が強く表れて来た。譫妄はまだ弱い。

 肉体が滅び行くのは、いや、何と言うかねぇ、イヤな感じ極まりなかった。カラダじゅうから、吐き気が湧いてくるし、内臓を冷たい下ろし金で、今まさに下されてる感じがするし、アタマの芯が毒や化学物質を出しながら溶けるようだし、心臓は木のハメコミ細工みたいにバカバカ出たり入ったりしているし、冷えた鉄のポールがお尻から喉にかけて刺さっているような感じだし、手足は紙みたいに力が入らないし、それでいてカラダは石の重さときていた。

 私はそれを、悲しさとして、受け取った。この悲しさが、肉体の叫び。崩落する肉体の、鳴き声なんだ。この辛さ、なんとかならないの。と思っていたら、カラダ全体が鈍感になった。

 鳴き声でエネルギーを放出して、落ち着いたみたいだ。いや、消耗したのかな?

 でも私のアタマは、往生際が悪く、勝手にブチブチブチって未練を垂れていた。だって死にたくないんだよぅ。だって、このカラダにくっついて、まだ生きていたいんだよぅ。だって、カラダが崩落するのは嫌なんだよぅ。そんな感じで、脳内で自動で言う。

 だから私は、聞き分けのないアタマに、一度だけ言った。この世界で一人だけ生き残っても意味はないでしょ。ファンの居ない天海真美は、意味が無いんだぞ、って。

 ファンが居て、その前で歌ってこその私だ。いちばん幸せを感じられるんだ。ソレが無いなら死んでいい。いや、死んでいいだと、何か逃げ道があるぞ。正直な気持ちじゃない。……死ぬのが当然だ! そうだ! 最高だったぞ!!

 私は、持ってきたカバンから、電池とCDの入ったCDプレーヤーを出して、イヤホンを着けた。この時の為に、用意しておいた。CDが一枚残っていれば、音楽は聴ける。素晴らしい。

 最期に聴く曲は、コレだと思ったものを決めてある。私の好きなフィンランドのバンドのCDの、3曲目。

 私はCDを、最初から再生する。

 星々がみえる。まっすぐ降り注いで来る夜空。いいな。遠すぎて、いつまでも、ここには落ちて来ない……。

 CDが回り、曲がはじまる。導入の1曲目。遠い宇宙から、初まりの音が響き、音は集まってミュージックとなり、宇宙をふんわり満たしてゆく。

 カラダの重さが消えた。

 カラダの輪郭が無くなった。

 星空は、しっかり観えている。

 譫妄に、しっかり入ったのが解った。 

 2曲目。宇宙から降りたミュージックは、地球に降りたことで、重力や物質を纏うことになり、重いノイズに化す。規則的なビートと、人間的・感情的な音階と、低く固い音粒たち。

 ……いや、この星空は、観ていた星空よりも、生々しさが強い……。何かが違う。どこが違う? 私は判った。

 すでに私はカラダの感覚を失っていた。

 いま星空を見ているのは、私の目ではない。あえて言うと、閉じられた瞼に映っている星空を、私は観ていたのだ。

 3曲目。最期の曲。宇宙への憧れ。地球に住んで、宇宙を夢観る人間たち。

 宇宙的で、重厚な演奏で、センチメンタルなメロディで、ゆっくり曲が進む。展開も練られていて、中盤まではあえて感情を抑えて進み、終盤に向かって盛り上がり、曲の終わりで最高に爆裂する。私は、聴き入る。

 CDはいい。電気が止まり、インターネットがなくても、CDは聴ける。歌が聴ける。

 電池がなくて、CDが聴けなかったら? 

 その時は、どうしたらいいだろう……。

 曲は最終盤に突入した。

 鎮けさに、シェイクスピアを引用した朗読が響いた。 


『彼が亡くなったならば 

 切り刻んで 小さな星々にして

 天国のおもてを より美しいものにするでしょう

 そして世界の誰もが

 夜に恋に落ちて

 ぎらつく太陽など

 崇めなくなるでしょう』

 

 そうだ。声なら、いける。電池がなくても、物質がなくても、声なら時空間に封じておけるよね。

 ――そのとき――

 私は、星々に包まれた時空間に浮いていた。 

 そう、肉体はなくても……。

 声は、ファンと私をつないでくれる。

 この時空間にファンが来れば、またあの一体感が在る。

 そして、ファンは来る。私の譫妄が……経験が証明している。

 この空間には、私の意識と、ファンの皆の意識がある。 


『御名が讃えられますように

 星々に向かって』


 そうだ。私は此処に、私を封じよう。

 私を保存しよう。

 ……ありがとう、みんな。私は、私の声が大好きだ。みんなのおかげで、大好きになった。今の人類が滅んでも、後に生まれた人類が、また私の歌を愛するのを確信している。

 ファンの居ない世界で生き永らえても意味がない。ちょうど私のカラダも、疫病に罹ってくれた。カラダは葬ろう。

 もう確信している。カラダが崩落しても構わないんだって。自分の本体はカラダではない。声のほうだ。ファンが夢中になってくれた、私の声が、私の中心。肉体が無くとも、声はファンと私をつなぐ。

 私はこの時空間に、声を保存しよう。この声が自分だ。この声を叫ぶ自分が此処に居る。超えろ。カラダも心も。私は後で必ず、目をさます。叫べ、私。この声を、この時空間に閉じ込めろ! 

 閉じ込めろォォォォォォ――――!!!

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