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♪  墓が丘  1  ♪

 最後のライブの、最後の曲のとき、それは起きた。

 たくさんの歓声。脈動。

 私はカラダがほどけた感じがした。重力が消えてしまったのを初めて感じた。足元を、ステージを、感じなかった。

 落ちて行きそうだ。観客の坩堝のフロアへ。全方向から溢れ出す歓声、脈動。

 ファンと私の、一個一個の心臓の鳴動が、私の掌の上にあるかのように感じられる。

 地鳴りのような鳴動。どこから起こっているのか分からない。

 吸い込まれそうにもなるし、引き裂かれそうにもなる。

 ちょっと怖いけれど、私はこれを望んでいたって事はわかった。

 ライブをすると、いつも、ファンと自分の区分が気に食わなかった。

 カラダの感覚も、私の頭蓋骨の覆いも消えて、私がファンとごちゃまぜになる、この体験を自分は待ち侘びていたぞ! 今、私は初めて、本心だけで世界に存在している気がした。

 思考は消え、皮膚も空気に向かって破けて、私は心臓独つになって、ライブ空間の鳴動に飛び込んだ。――なァに、カラダがなくても、自分がちゃんと踊れて、もちろん歌えてるって、判ってる。血の滲む努力って言うくらいの、最低限のレッスンはしてきた。

 そして今、心臓の壁もプチプチ……と溶けて行き、私は轟音の中へ、吸われる。

 でもそれは、不思議に、しずかな世界だった。

 轟音のはずなのに、音の無い一つの波で、闇だった。耳の感覚も無くなっていたのに、私は、独つの鎮かな音を、聴いたのだ。とても、気持ち良かった。私は直感的に思った。ずっとこの時間が続けばいいのにと。ああ。これは、あれだ。私は念願が叶って今、ファンと一体になっているんだな。

 その瞬間ッ! 心臓が引っ張り出されるような、胸の強烈な痛みがキた! うわッ……! カラダが戻って来ちゃった……なんだこれ……私にカラダを思いださせるな……ファンとの分離を思いださせるな。私に、私を、くそぉ、思い出させるな! 

 その台詞が、吐き気と一体で吐き出されて、空から叩き付けられたような衝撃で「カラダが有る」コトを感じ、私は自分の部屋で目を覚ました。


 一個のカラダの中に監禁されている絶望が、涙になって目からこぼれた。ハンパな白さの太陽がレースから射し込んでいた。あー、あの闇、ライブで味わったあの闇に比べたら、なんて昏さだ。「もう死にてぇわ」とジブンはアタマの中で喋った。勝手な奴だ。いつも勝手に喋りやがって。アタマめ。私がライブで愉しいのは、お前を消せるからだぞ。何度でも言うから覚えてろ。

 死、かあ。

 死の恐怖なら、何度も、何度も、味わった。

 最初は破壊力を感じたが、もう慣れた。というより、もう飽きてきたくらいだ。今は、ちょうど部屋に射してる太陽くらいのハンパさしか感じない。

 私はアタマの声よりも、あのライブの時に掴んだ、あの気持ち良さの方が強烈なんだ。あれは私の誇りだ。一人でも多くのファンにとっても、誇りであってくれたら、言うことない。

 どこにでも居るちょい有名な歌い手の、キャリア最後のライブの、最後の曲の時にちた、強烈な快感。

 音が無いっていう音。

 闇っていう光。

 あれは、カラダの目で見る光とは、レベルの違う光だった。

 私の全部を肯定してくれる、根源のエネルギーみたいな、眩しさを闇の中で、観た(観覚した)んだ――。

 私はおっくうだが、カラダを起こした。ゆっくり、起きられるんだけど、予期よりも7秒くらい遅れてカラダがついてくる感じ。

 既に私も疫病に罹った。神経が、まるで別物の回路に付け替えられたみたいなんだ。

 手足やカラダが動いている実感がなく、歩く時は体重と同じ重さの石棺を上空から引きずって歩いているようで、五感や心は石棺の中に固められたように不自由に感じる。

 時間はあるから、まあいいか……。パジャマからテキトーな服に着替え、家の鍵は掛けないで散歩に出た。

 近くに小高い丘の公園がある。そこに行こう。

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