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第七話 記録










 ゴブリンの群れは消滅した。

 そこにキングやメイジといった類いはいたのかも分からぬまま。

 兵はここを野営地とするため、魔法で転移してきたお麦を中心にゴブリン達が荒らした村の消毒や整備など衛生面の管理と、メッセージ越しにヴェルメロの建築士から指示をもらい、倒壊した建物の修復作業に入っている。

 ウツが何も考えずにブラックホールを発動したせいで、村の被害は悪化していた。

 だがなぜかそれを咎めるものはいない。

 肝心の馬だが、リーンが話していた大きな牧場というものは跡形もなくなっていた。

 原因は不明だが、馬の死骸が見つからなかったことから、馬だけは帝国の兵が連れ帰ったのだと推測できる。


「しかし、馬がないとなると、陸戦隊はこれ以上進めませんな。」


 真限がいう。

 当初の予定では、モンタ村に到着し次第、この村の馬に乗り換えようとしていた。

 もし、辺境伯領に鑑定魔法が使える者がいれば、一発でWO1の馬だとバレてしまう可能性があり、その時点で怪しまれる危険性があるからだ。この世界の馬がWO1製の馬より優れていようが、劣っていようが、違うことで注目を浴びてしまう。

 

「そうか。

では、モンタ村は真限殿に任せる。

これから先は私と、ウツ様本当に行かれるのですか?」


 陸戦隊を最善に運用できるのは真限だ。

 モンタ村の修復作業の連携はとれるほうが良い。

 

「ああ、もちろん同行する。

私もやっておきたいことがあってな。」


 フィルズが明らかにバツの顔をした。


 ウツ自身、同行するのに特に理由はない。

 ただ、この世界に冒険者や商人などといったものがあるのか知りたい。

 そうだ、俺は冒険がしたいのだ。

 





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






 その頃、リーンは簡易的な墓場にいた。

 フィルズは真限と今後の打ち合わせをしている。

 この墓場は、無限牢獄から取り出した形のある、村のわずかな人々の亡骸を埋めた墓だ。

 リーンは泣いている。

 ここまでの後悔からか、それとも我慢からか、全てが溢れだしてた。

 ウツはそんな彼女をただ見守った。

 これ以上、精神的にこの村に深入りする必要はない。

 まだ村の人々とも会ってすらいないのだ。ここで無粋なことを言ってしまえば誰も得しないだろう。


「リーン、そろそろ良いか?」


「すみません、ご迷惑をおかけしました。」


 リーンが頭を下げる。


「いや気にするな。

早速で悪い、お前の父の書斎に案内してくれ。」


 リーンの記憶に従い、村長の家を探した。

 リーンいわく、以前の村の影はもうない。

 残されたものから判断しているのだ。

 ウツはもう諦めていた。時間をかけすぎた。

 ここまでモンスターというのが、人にとっての脅威だとは思わなかった。それは、ヴェルメロの中にもモンスターと呼ばれる類いの者が多くいるから考えたくなかっただけなのかもしれない。


「ウツ様、ここです。」


 リーンが足を止める。

 なぜわかったのかは知らない。

 だが、あえて触れる必要もない。村での思い出を思い出させてしまっては辛いだろうから。


「瓦礫が邪魔だな。

少し離れておけ。」


 ウツは家に覆い被さる大木を蹴って粉砕する。

 ゴブリンを閉じ込めているため、ここでMP消費することは避けたいからだ。

 魔法職であっても、100レベルの魔法職だ。

 身体能力も常人の域を越えている。


 ウツ自身も、元の世界との身体能力の差に驚いている。

 まず、ここまで長旅をしてきたが、疲労を全く感じない。

 一回、身体能力検査でもやった方が良さそうだ。

 ウツはそんなことを考える。


 そして、粉砕した木が崩れると、扉がみえた。

 この家の玄関だ。


「リーン、お前が開けろ。」


「お心遣い、ありがとうございます。」


 そういってリーンが扉に手をかける。


 細い、扉が軋む音が聞こえた。

 そして、その先にはホコリの被った木製のテーブルに皿や調理器具の並ぶ空間が広がった。

 汚れさえなければ、とても家庭を感じさせるものだ。


「こちらです。」


 リーンが奥に進む。

 

 決して大きくはない暗がりの家を歩く。

 

「ここが父の部屋です。」

 

 異様な扉だ。

 ここだけ鍵穴に魔法が施されている。

 第8等級の魔法、施錠(ロック)だ。

 おそらくリーンが魔法を使える年になれば開けられるように作ったのだろう。

 だが、レベル100の前には無意味。

 先ほどと同じように蹴飛ばした。


 鈍い音と共に、石で作られた扉が粉砕した。


「これは、すごいな。」


 そこには、おそらく数百を越えるであろう本が並んでいた。

 決して豪華とはいえないが、立ち並ぶ骨董品の数々や立派な文房をみれば、その貴重さは誰がみてもわかるほどのものだ。


「取り敢えず、これら全てを一旦ヴェルメロに持ち帰りたいのだが、構わないか?」


 この本の量、手持ちで持って帰れるものではない。

 であれば移動門で一旦移動門に持ち帰るほかない。


 ウツはリーンを見る。

 だが、リーンはこちらを見ていない。

 その視線の先は、大量の本が並ぶ棚だ。

 はじめてみる、父親の一面。そんな風景に感動を覚えているのだろう。


 ウツはリーンの肩を叩いた。


「あっ、構いません。ですが、少し、一人にしてもらえますか?」


「承知した。私はフィルズ達と打ち合わせをしている。

終わったら、馬車へ来い。」


 ウツの声にリーンは俯いた姿勢を崩さぬまま会釈する。

 そして、書斎の椅子に腰掛けたまま、父親が読んでいただろう本の数々に目を通し始めた。

 ウツは何もいわず、その場をあとにし、フィルズ達が待機する馬車へと向かう。


「あの少女の具合はいかがでしたか?」


 フィルズが尋ねた。

 むこうからこちらを探すようにして来たことから、もう次の街への出発準備が整っているようだ。


「今はとりあえず本人の希望に添って、一人にしている。父親の遺品を物色しているようだ。」


「そうですか。次期村長としての責任というものが芽生えたのかも知れませんね。」


 次期村長としての責任。あんなに若い女の子がこの小さいとはいえど退廃した村の生きているかもわからない民のために心を痛め、成長しようとしている。

 規模は違えど、ウツとスタートラインは一緒だ。

 これから学ぶべきことは多い。

 

「そうだな。あのまま病むことはおそらくないだろう。」


「予想より早いですね。これは良い拾い物をしたかもしれません。」


 離れた場所で兵の指揮を執っていた真限がどこで聞きつけたかわかなぬ勢いで話に入ってきた。

 それはまるであの少女のリーダーシップの発揮を望み、まるで予想していたかのような言葉だった。


「大食堂で叱責したのは、もしやこのためですか?」


 フィルズが問いかける。


「ああ。あの手の人間は責めれば責めるほど自分の責を問う。だが、ウツ様の追い討ちが絶妙であった。次期村長としての自覚を高めるためにこの場に立ち寄る。ウツ様の考えなくしてあの女の成長はなかった。」


 

 真限がこちらを見て微笑む。

 怖い。

 


「次の目的地へはあの女も連れて行ってください。存外早く終わるやもしれません。」

 

「わかった、リーンは連れていこう。」


 村長しての覚悟が決まったリーンをこの村に留まらせておくのは無理だろうと判断したのか、真限が提案する。

 だが、大食堂での一幕で策を張ってきたくらいだ。

 単なる善意ではない、それはきっとヴェルメロの利益に沿ってくるものだろう。


 三人が馬車の前で談話していると、村長の家からリーンが姿をみせ、こちらへと向かってくる。

 だが、さきほどとは雰囲気が違う。村の風景をもう怯えた目でみていない。真っ直ぐとこちらを見ている。


「その格好は、どうした。」


「父の遺品の中にありました。

村の長のみが着ることを許されるものです。

これを、頂戴してもよろしいでしょうか。」


 フードのついた赤いマントを羽織ったリーンがウツに視線を移した。

 立場上一番のヴェルメロの支配者に直接聞いているような態度だ。

 ウツは念のため真限の目をみて判断した。


「ああ、問題ない。」


 村の宝のようなものだろう。何かの紋章がそのものの特別さを際立たせている。

 ヴェルメロにとって脅威になるのなら没収するべきだが、そこには魔力を感じない。

 気になるなら、機をみて調査すればいい。


「では、真限殿にここはお任せして辺境伯領へ向かいましょう。」


「リーン、「ウツ様、私も連れていってください。」」


 ウツがリーンに提案するとき、それより早くリーンの望みの声が鼓膜を刺激した。

 まさか、リーンが自分から志願するとは思わなかった。

 陸戦隊が待機しているこの場所ほど安全な場所はないというのに。

 真限も意外そうな顔をしている。

 さっきとは違う人間のようにその目には輝きが戻っていた。


「ああ、ついてこい。」


 そして、ウツとリーンは馬車へと乗り込む。


「ここまでとはな。」


 真限のぼやきが聞こえたが、深入りはしなかった。

 真限がリーンにどんな感情を持っているのかは不明だが、大食堂のときとは大きく印象が変わっていることはわかった。












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