第六話 救世主
少女、リーンは語った。
まずはこのヴェルメロの地理状況だ。
管制塔から見た景色と、ここからモンタ村の距離を考えた結果、ヴェルメロは現在、ハイべライ王国の領海、バール海付近の海を航行中と仮定できるそうだ。
リーンは幼い頃から、村長である父に本を与えられていたらしく、アルバン辺境伯領近辺の地図であれば記憶しているらしい。空戦隊の土地調査とも一致している点が多く、これが案外精密で、リーンは本当にヴェルメロにとって当たりの人間だった。
アルバン辺境伯というのが、今回の目標だ。
ハイべライ王国の12貴族の一角であり、その中でも王国一の忠臣と呼ばれているらしい。
だが実態は、ハイべライ王国という盾を使って、定期的に王国民、迷い込んだ諸国民問わず、身元の不明な者を攫い、自らの私欲を満たす用途に使用する悪魔というのが領民の認識だ。
そんな人間に助けを求めようとしていたのだから、リーンの覚悟はとてつもないものだ。
「各員、武装は整ったか?」
今回任務に参加する面々を改めて見渡す。
フィルズはいつもと変わらない黒のスーツだ。だが、その隣には完全武装を整えた真限の姿があった。
頭頂部から後頭部にかけて2等級以下の魔法に対する完全耐性を有し、飛び道具やある程度の斬撃に耐えることの出来る、白色の毛があしらわれ、その兜の隙間からは金色の角が生え、まるで獅子をイメージさせる姿。
鎧は武田氏御家芸の赤備え。年に一回現れるとされるボスの外皮を何重にも重ね合わせ作った真紅の鎧だ。
武田騎馬軍団を元に作った陸戦隊。平均してレベル96。騎兵、弓兵、重騎兵、だけでなく、衛生兵や攻城兵、様々な状況下に対応できる構成となっている。
その全員が真限の甲冑に匹敵する素材で作られた赤備えである。その風貌はまるで百鬼夜行。地獄から現れた鬼が今ウツの目の前に姿を表している、そんな気がした。
「問題なく、整っております。」
そういって真限が馬に跨る。
立派な騎馬だ。
この馬は職業レベル40〜50といったところでそこまで戦力的に期待できないものでははある。
ちなみに馬の職業は、小型騎馬である。
戦国時代の兵は武田騎馬軍団に限らず、馬から降りて戦ったという話があるので、あくまで移動手段という風に捉えている。
だが、この世界において、神泉達は馬にそれなりの愛着を持っている。そしてなにより、それに似合う騎馬になっている。
「ウツ様、出陣の掛け声を。」
目の前の光景に感服するウツにフィルズが声をかける。
ウツとフィルズ、並びにリーンは今回、余程のことがなければ、戦闘に参加しないため馬車での移動になる。
つまりはここにいる兵との接触はこれで最後だ。
本当に最後を迎えてしまう者もいるかもしれない。
だからこそウツは、ここに集まる兵を激励するかの如く掛け声をあげた。
「いざ、出陣!!」
総勢100を超える兵の雄叫びが、ハイべライ王国アルバン伯爵領沿岸に鳴り響いた。
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「リーン。お前の村はどこにある?」
この馬車には、ウツ、リーン、フィルズの三名が乗っている。
真限は陸戦隊を指揮するため、馬車には乗らず、先導している
その前後を囲むようにして、一切乱れのない隊列が進む。
車内には足場の悪い道を進む、瓦礫を踏む音だけが響く。
「は、はい、私の村はこの道を真っ直ぐ進むと見えてくると思います。」
そういってリーンが左にみえる道を指差す。
リーンの話によれば、そんなに豊かな村ではないということだったが、左にみえる道にはしっかりと舗装を施された形跡があり、これは村の人々の努力がみえる。
リーンの村、モンタ村は貴重だ。
馬の名産地。これだけで真限の目が変わったこというまでもない。WO1の馬のレベルはレベル30が上限だ。
だがもし、それを越えるものが手に入った場合、この村の確保は必須だろう。
それにリーンの父親は聞く話によると多くの知識を持っていたらしい。その知識の源は本にあると考えた。
実際、一日一冊、リーンの父親は何かしらの本を読んでいたらしい。
この世界に関する知識が乏しく、敵か味方か分からぬものと取引を出来ない今、その本にとてつもない利益をヴェルメロに提供するだろう。
「メッセージ。
真限、左にみえる道を真っ直ぐ進め。
リーンの村があるらしい。」
「承知しました。」
それにしても、暇だ。
出陣した当初はワクワクが大きかったが、ずっと続く樹々が立ち並ぶ大自然。
美しいといえば美しいが、この景色が数時間も続くとなると気が滅入る。
「リーン、お前の村の近くに何か人里はないのか?」
ウツがうんざりしたように聞く。
それにリーンは少々驚いているようだが、すぐ質問に答えた。
「はい、モンタ村は帝国との国境沿いにあるとはいえ、モンスターが多数住む、この森の中にあるので、人里が極端に少ないんです。貴族様の住む、都市に行くにつれて、人里が増えていくので、モンタ村が一番最初にご覧いただく人里だと思います。」
「ほう、モンスターか。」
ウツは少し感情が高ぶった。
WO1プレイヤーがモンスターと聞けば飛び込みたくなるのは必然だ。それもWO1に存在しないモンスターだと仮定するならこれほどワクワクすることはない。
そのモンスターからはどんな素材がとれて、どんなアイテムを作成出来るのだろうか。
「フィルズ、楽しみだな。」
試しに聞いてみた。
フィルズがもし、ウツとのWO1での冒険の数々を覚えているのなら、この気持ちを共有できるはずだ。
そう考えたのだ。
「ウツ様の楽しみは私の楽しみでもあります。」
フィルズが曖昧な答えを返す。
ウツにとっては望まない回答であったが、フィルズの性格をしっている、設定したウツにはよく分かる。
「どんなモンスターがいるのだ?」
ウツはリーンに向きなおる。
もし戦闘になれば敵の情報は知っておいたほうが良い。
「ゴブリンやコボルトが主に生息しています。
ですが、群れで行動するので、キングやメイジなどのものが表れなければ、人里には近づいて来ません。」
ゴブリンやコボルト。
WO1では一番最初に戦うモンスターだ。一体ではレベル1の段階でも倒すことが可能なので、基本は群れで行動する。
キングやメイジは、レベル15~30といったところか。
ウツはがっかりした。
WO1と変わらないどころか、そのまんまである。
やはりここはWO1なのか?
だが、WO1で弱かったモンスターが格段に強くなっている可能性はある。充分に警戒すべきだろう。
『ウツ様、先日、鏡でみた村が見えてきました。
ただ、少しばかり問題が、、』
真限からのメッセージだ。
どうやらモンタ村がみえきたらしい。
「どうした?」
『ゴブリンが人々の死体を解体し、村を占拠しているようです。』
「なに?」
WO1のゴブリンにそんなことは出来なかった。
この世界において、モンスターは意思のあるもの、そう考えた方がいいだろう。
これは、リーン伝えるべきが伝えないべきか。
この村とこれから関係を持っていく以上、信用に傷がつくことは避けておきたい。
だからここは伝えるべきだろう。
「リーン、モンタ村がゴブリンの群れに占拠されているらしい。もちろん、我等が掃討しようと思うが、お前には辛いものをみせてしまうかもしれない。」
リーンがまた暗い表情をする。
こんなことになっているのなら、お麦を連れてくるべきだった。誤算だ。
ウツは近づく村の風景をみる。
目だけを擬態し、遠くの景色を眺めた。
殺された人間を解体し、それを生のまま食すゴブリン。
焼いて食べるゴブリン。樽のようなものにいれ、保管するゴブリン様々だ。
だが、ウツの目に止まったのは、死した女を犯すゴブリンだ。
とても気分を害するものだ。虫酸が走る。
これだけは先程までみていた美しい自然に感謝した。
「覚悟は出来ています。
ですが、私も同行を許して頂けないでしょうか。
村の者達を私の手で葬りたいのです。」
その目は変わっていた。
食堂で出会った彼女ではない。
大きな後悔を乗り越え、新たな決意をしている。
「ああ、同行を許可する。
その代わり、私も少し不愉快だからな。あの者達を掃討した後の話だ。
フィルズ、今からあの者達を殲滅する。
全軍を後退させろ。」
「...かしこまりました。」
フィルズが何か言いたげな表情で了承する。
フィルズもあの光景をみた後では止めることは出来ないだろう。
ウツは止まった馬車から降りる。
その歩みは村へ。
そして、術式を展開する。
大海の覇者。
それはウツが手にいれた職業であるが、その前にウツはとある職業のレベル100プレイヤーだった。
大賢者。戦闘系職業の魔法派生の職業の最上位であり、第10等級魔法から1等級魔法の全て行使することが出来る唯一の職業である。
ウツはその多種多様の魔法を組み合わせ、相手を苦しめる方法を知っている。しかも、魔法への耐性を有さないゴブリンへの攻撃だ。
それは苛烈を増していた。
モンタ村上空。
突如として、巨大な黒いキューブが現れた。
それはまるで竜巻のようなものを纏い、目の前の光景を一変させた。
ウツが発動した魔法は第1等級の〈無限牢獄〉。
その中に、第3等級の〈重力の大穴〉を出現させ、大海の覇者の能力で海水を流しこみ、永遠にこの汚いゴブリンを体の中から洗ってあげるというものだった。
つまりは〈無限牢獄〉でどこか知らない空間を創り、〈重力の大穴〉でゴブリンを吸い込み、大海の覇者の能力で出現させた海流が、ゴブリンの穴という穴の中から侵入し、内臓を永遠に洗い続けるものだ。
無限牢獄は、発動者が許すか、そのMPが尽きるか、どちらでしか出ることができない。
つまりはウツのMPが尽きる、約二日ほどゴブリンは生きたまま臓物を海水に洗い続けられる。
ゴブリンといえども、生物だ。それ相応の苦しみはあるだろう。
ゴブリンの掃討自体は数分で終わった。
魔法の発動時間を引けば、数十秒といったところだ。
その光景は周辺にいた誰もが見ていた。
もちろん、この中で一番の関係者である、リーンも。
「フィルズ様。ウツ様は神様なんですか?」
リーンは質問した。
こんなことが出来る者は世界に存在しないだろう。物語でも聞いたことのないほどの所業だ。
一瞬でゴブリン数百匹を消した。
村の男数人で一匹押さえるゴブリンを。
リーンには理解できなかった。ウツ様という存在が。
「神様といえば、そうなのでしょうね。
現に我々ヴェルメロの者達、そしてなによりヴェルメロはウツ様がお造りになったもの。
神の所業といえば、そうなのでしょう。」
リーンは知らなかった。
そして今わかった。この方々に逆らうのは愚かだ。
愚の骨頂だ。
だが、この方々は悪い人達ではない。現に村の人々を救おうと、その長であるウツまで出向いたのだ。
もし、村の人々が帰ってきたのなら、全員に説明しなければ、ならない。
そして私達はこの方々に忠誠を。
リーンは胸の前に手のひらを組んだ。
それは、旅で訪れた修道士がやっていたものだ。
かつては理解できなかった気持ちを今この身で感じた。
モンタ村の村長、リーンはその光景に心酔していた。