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第五話 継ぐ者











 家族が死んだ。

 その死は実に呆気ないものだった。

 

 モンタ村。

 ガーラ帝国とハイベライ王国の境に位置するアルバン辺境伯領。

 その南端に位置する村だ。

 人口は200人程。辺境伯領では馬の産地として有名で、一説では王国の旗に描かれる名馬もこの地のものと云われている。

 だがその代わり、土地は潤沢といえるものではなく、徴税として納める米を除けば、収穫した農産物や近海から捕れる海の幸を皆で遣り繰りして暮らしている。

 狩りに行って死ぬ人間、病にかかって死ぬ人間、増減することで一定の人口を保てていることがこの村の救いだろう。


 リーンは空を見ていた。星が好きなのだ。

 朝早くから水をおこし、火をおこし、そして前日に収穫した産物を調理する。特に神経を使うものは魚の調理だ。近海で獲れる魚には理由はわからないが毒が入っているものがほとんどだ。そのため幼い頃から母に鍛えられたリーンのような者にしか調理はできない。

 約数百人分の料理を作るのだ。慣れることはない。


「ほら、父さん起きて。そろそろ集会の時間だよ。」


 リーンの父はこの村の村長だ。

 幼い頃に死んだ母に代わってリーンの近くにいることが多かったからこそ、リーンは村長としてではなく、一人の人間としての父を知っている。


「ん?ああ、リーンか。おはよう。」


 父が目を覚ます。

 その姿はとてもだらしないもので、普段の父とは全くの別人だ。誰にでも下手にでて、それでも間違った行動を誰かがとった場合はそれ相応の処分を下す。

 こんな父を村の人々は尊敬しているようだ。

 もちろんリーンだってこんな父を誇りに思っている。

 

「リーン、そろそろお前にこの村を任せてもいいか?」


 食事中に父が聞いてきた。

 最近同じようなことばかり話しているような気がする。

 

「父さん、私にはまだ早いよ。

だってまだ父さんがいるもん。

村の皆も私だってそれで良いと思ってる。」 


 リーンはいつもと同じ返答をした。

 父がいる限りこの村は安全だろう。

 

「そうだな、まだ早いよな!!」


 父が笑った。それは偽りの笑顔だということもわかる。

 だがリーンは、この笑顔をもっと見たかった。

 こんな生活がいつまでも続いて欲しかった。



 次の日、父は死んだ。

 病気だった。

 1年も前から症状はでていたようで、都会から来ていた治癒師は都市での療養を勧めいたそうだが、父は最期までこの地で生きたいと言ったそうだ。


 その日は家から出なかった。

 泣き崩れることはなかった。ただ、とても恐かった。

 最低だろう、実の父親が死んだのだ。

 泣いて泣き喚いてしまうが余程気持ちが良いのだろう。

 だが、父が死んだ。その意味はこの村をこれから引っ張るのは私だということだ。

 外に出たとき、皆からの期待の目はなかった。

 父に向けていたあの羨望はなかった。

 

 

「村長、助けて下さい!!

夫が私の家族があああああ。」


 女の人は絶命した。

 背中には矢が刺さっている。その矢にはリーンが何度もみた毒が塗られている。一瞬で死に至る猛毒だ。

 

 その矢が飛んできた先をみれば、武装した兵士がみえる。

 何の紋章だろうか、記憶に残っていない。

 村の皆はただ立っていた。中には神様に祈りを捧げる者もいた。

 


 そうして時間が経っていく。

 一人ずつ死んでゆく。

 何人死んだのか、何をされたのか、覚えていない。

 逃げた、リーンは必死に逃げた。

 時機に体力はなくなり、近くに洞窟を見つけた。

 そこで危機を凌ごうと、息を殺し隠れた。

 さっきの武装した兵士が通り過ぎる。生き残った村の人々をまるで家畜のように連れ去りながら。

 笑っていた、その兵士笑っていた。

 それがリーンには許せなかった。


 

 その日は洞窟で過ごした。

 森に宿っていた精霊の声を聞き、地に落ちている木の実をこそこそと拾い、それに火を通して食べる。水分もそれから取った。

 精霊は神聖な生き物だ。

 だが、その日のリーンにはとても恐ろしくみえた。

 


 あの日から数日経った。

 周辺の木から木の実はなくなり、腹が減った。

 もう二日は何も食べていない。

 もうあの兵士は立ち去っただろうか。

 リーンにはそれだけが気掛かりだった。


 そして、その日。

 ある人と出会った。

 名はフィルというらしい。森で道に迷ったところをこの洞窟を見つけ、寝床を確保するために立ち寄った年配の方だ。

 その人は様々なものを持っていた。

 見た目はただの小袋だが、大量のきれいな水が出るマジックアイテム。

 一粒食べれば、お腹が膨れる不思議な果実。味は美味しいとはいえなかったが、リーンにとっては涙がでるほど旨かった。


 リーンは全てを話した。

 この洞窟で一生を終えるより、一か八かの賭けにでて、この老人に事情を話した。

 すると、先ほどまで笑っていた老人の顔が硬直した。

 やはり、不味かったのだろうか。

 リーンはそう捉えた。


 だが、違った。

 洞窟で出会った老人、フィルズ様は嘘をついていた。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






「で、リーちゃんはここに来たのねえ。」


 小さな少女、お麦が聞き返した。

 可愛らしい少女で、傷ついていた体を治癒魔法なのかわからない不思議な力で治してくれた。

 そして、未だに休まらないこの心も。

 口にちょこというものをつけながら喋るその姿は先程出会った方々とはまるで違う。


「それにしても、ここはすごいね。

お麦ちゃんはここで何をしてるの?」


 リーンはお麦のことが心配になった。

 物語でしか聞いたことのないような場所。

 それがこの場所だ。

 きらびやかな装飾が様々なところに施されている。

 外は真夏の筈なのに、涼しい室内に、そして嘘のように冷たい水。お麦と入ったおふろで体を洗った時の水はとても温かった。

 だからこそこの少女ができることは何なのか。



「ここはウツ様が創った場所。

すごいのは当たり前だよ。それに、なにより甘いものが一杯!!

麦はここで傷ついた人を治してあげるのがおしごとなの。」


 リーンは安心した。

 ここでお麦ちゃんと仕事があり、それを真っ当しながら楽しんでいる。お麦はとても楽しそうだ。元気が伝わってくる。


「あれ、リーちゃんまた泣いてる?

パフェ!!ちょっと誰かパフェ持ってきて!!」


 お麦が大声で誰かを呼んでいる。


 そう、リーンは泣いていた。

 お麦と自分を比較してしまったのだ。

 皆から求められる村長の後継として生まれたリーンはいつも震えていた。

 いつか父が急にいなくなり、誰も自分を必要としてくれない日がくるのではないか。そんな日に恐怖感じていた。

 だが、そんな日は来てしまった。

 来ただけなら良い。

 リーンはその役割を果たせなかった。そんなリーンと皆から求められ、自らの役目を果たす、お麦とは比べられるものではない。


「ヴェルメロ特製、チョコレートパフェをお持ちしました。」


 長身の男性が何か見たこともないものを目の前においた。

 白い固まりの上に、黒い液体がかかった、得体知れないものだ。

 だが、お麦の目は輝いている。

 これがお麦のいう甘いものなのかと、理解するのは早かった。


「リーちゃん、チョコのパフェだよ。これ食べて元気だして!!」


 お麦が勧める。

 得体のしれないものだ。

 だが、一番頂点にのった、木の実は見覚えがある。

 あれは木の実だろう。

 この洞窟での数日間、よく食べていたものだ。

 そしてその木の実のヘタを掴み口に運ぶ。

 得体の知れないものが少しついていたが、目の前の優しい少女を信じて食べた。


「美味しい…」


 思わず声がでた。

 甘い、それは木の実から得られる甘酸っぱさもそうだが、その甘さだけではない。

 このちょこといったものだろうか。これがこの甘さの元だ。

 それからは手に取ったスプーンが止まらなかった。

 ガラスでできた容器が空になるのも一瞬だ。


「おっ、いい食べっぷりだあ。」


 お麦が喜んだ。

 この少女はどれだけ優しいのだろう。

 リーンの心を癒してくれる、そんな人だ。


「このちょこはどうやって出来ているのですか?」


 リーンがその場にいた長身の男に聞く。

 生まれてからずっと料理をしてきた人間にとって、この甘さを惹き起こす食べ物の作り方は是非とも知っておきたい。こんな食べ物今まで食べたことがない。


 そして、長身の男が口を開こうとしたとき、今まで閉じていた個室の扉が開く音が聞こえた。


 あの部屋にいたのはリーンを押さえつけたあの御人がいた場所だ。

 一体誰が出てくるのだろう。

 リーンは横目でしっかりと見ていた。


「少し失礼。

それはちょこではなく、アイスクリームというものだ。」


 個室から出てきた男が声をかける。

 先程の一幕でリーンが頭を下げた相手、この場所の支配者、ウツ様だ。

 リーンは瞬時に頭を下げた。

 この方に無礼を働けば、命はないと全身の感覚がそう伝えた。


「ウツ様。お話はもう終わったの?」


「ああ、今終わった。

リーン、お楽しみのところ悪いが、少し話をしないか?」

 

 ウツ様が問いかける。その後ろには先程の面々も連なっている。

 リーンには、もちろん拒否権はない。

 

「リーちゃん、口にクリームついてる。」


 リーンが硬直していると、お麦が小声で耳元に呟いた。

 俯く顔は恐怖におののく表情から一変し、さらに、俯いて紅潮した。

 リーンはとても恥ずかしかった。











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