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第二話 覚悟











 よし、そろそろ行くか。


 ウツはそういって席を立つ。

 一応、ネイビーのスーツにネイビーのズボン、高そうな黒靴を着用し、一般的な礼装で食堂に向かうことにした。

 下手なファッションセンスで出てきた場合、それこそイメージダウンだろう。だから、ここはどこでも通じるスーツを活用させてもらった。

 もちろん悪魔に擬態したままだ。

 ウツといえば、悪魔というものを早くに定着させておきたい。

 職場で着ていたものに似ているからか、気持ちの落ち着きが取り戻せる。よし、普段着はこれにしよう。

 

 ウツは最上階の執務室の扉を開く。

 ここからは部下が闊歩していることだろう、胸を張って歩かなければならない。


 扉を開けると、誰もいない通路が目に入った。

 きらびやかなシャンデリアが並ぶがそれ以外は静まっている。

 どこかの洋館でも歩いているようだ。

 ホラーが苦手なウツにとっては通りたくない道だ。


 「ウツ様、どこへ行かれるのですか?」


 うっ、、。


 危なかった、危うくはしたない声を出すところであった。

 やはり精神安定付与をスキルとして持っている悪魔に化けてきて良かった。


 ウツは何事もなかったかのように振り返る。

 通り過ぎた、扉のすぐ横にメイドが立っていたのだ。

 そこにいる理由は聞かないほうが良さそうだ。

 メイドなのだから、主人の世話役として、つまり仕事としているのだろう。


 「食堂でお昼を済まそうと思ってな」


 「畏まりました。では、食堂までお供致します。」


 普段は何もない通路、ここがゲームであったなら、最上階にはフィルズとウツの基本的に二人しかいなかった。

 だが、食堂へと向かう後にはNPC、それもこのヴェルメロにおいてそこまで高い地位というわけでもない、使用人がいる。

 これはNPCが自らの役割を把握し、しっかり考えて行動している証拠だろう。これから一緒に食事をするというのに、まったく胃が痛くなる話だ。

 それに、綺麗な女性が今、すぐ側にいる。

 現実でもそういない美人だ。ちなみにウツは女性があまり得意ではない。ドッペルゲンガーなので、実体はないというのに、男というものの(さが)は持ち合わせていた。

 NPCはゲームのキャラクターではなくなり、自分で考え、発言する人間になったという、決して慣れることではないものを思い知らされる。


 「お前、名はなんという。」


 ウツは勇気を振り絞り、すぐ後ろに付く美人に声をかけた。

 最上階から食堂までそこそこの距離がある。

 何も話さないというわけにはいかないだろう。

 それに、名前は覚えていた方がいい。ウツ自身、1000人を越えるヴェルメロのNPCの名前などいちいち覚えてはいられなかった。だが、元の世界のウツも社長や会社役員の方から名前を覚えてもらっていた時は相当に嬉しく、忠誠というか、信頼というか、そういうものは高まった。

 自室の前に控える部下だ、名前くらいは知っておきたい。


「貴婦人Fです。」


 は?


 ウツは絶句した。


 これはあまりに可哀想すぎる。

 ウツが適当につけた名前だ。そうに違いない。

 量産型NPCだから適当でいいやと血迷ったのか。

 こんな事態になると知っていれば、名前変更くらいしたのだろうが、それも無理な話だ。

 ゲームだからといって、ふざけすぎた。


 ウツは後ろに控えるNPCに対して哀れみを抱いた。

 自分がつけた名前だ。これはウツが責任を持たなければならないだろう。


「よし、貴婦人F。お前には新たな名をやろう。」


「え?ありがとうございます!!」


 心なしか、凄く喜んでいるような気がする。

 声の高揚でわかる。


 それにしても、名前かぁ。


 ウツはここまで真剣に名前というものを考えたことはない。

 人の名前を決める、生まれた子供に名を付けているかのように迷う。


 メイドだから、メイか? そうなってしまうと他のメイドもメイになるよな。どうすれば…ん?


 ウツの目にとあるものが写った。

 それはメイドがかけているペンダントだ。

 下地は漆黒で黄色の花柄模様が描かれている。

 おそらくこのペンダントをつけたのは、過去の自分だ。

 この点は我ながら、めっちゃ良いセンスやん、と褒めることができる。


 その姿は可憐そのものだ。


 「決まった。お前の名前はサラだ。」


 ウツがペンダントを見たとき、まず感じたのはひまわりだ。

 着けている本人の清廉さも相まって、静かな夏に咲く陽気なひまわり。それを感じた。

 英語ではサニーフラワーだから、約してサラ。

 この娘にぴったりな名前だ。


「サラ、ですか。ありがとうございます。私はサラです。」


 メイドが笑った。

 出会って始めて見せた笑顔だ。先程まで清廉潔白な様子だった彼女が笑顔をみせた。これから、このヴェルメロに住む、自分が作った多くNPCと触れあっていくのだろう。

 

 少し、気が楽になった。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






 ヴェルメロ一階:大食堂。


 食堂といっても、一般的な食堂というような様子はしておらず、どこかの三ツ星レストランのような、ホテルの食事処のような造りをしている。

  個室が多く、手前は洋風、奥の方は和室を主に設計されている。


「では、私はここで待機しております。」


 メイドが食堂の入口で足を止める。 


「ご苦労。待機はしなくていい、通常の仕事に戻れ。」


 そう言って、ウツと先程まで後ろにいたメイドは別れた。

 

 食事に誘おうかと思ったが、司令官のNPCと一般のNPC、立場がどれほど違うのか不明瞭な状態でそんなことをすれば、各員にどう思われるか分からない。

 メイドにはさりげなく休むように促した。

 もうお昼時だ。そろそろ休憩時間だろう。


 ウツはそう思いつつ、大食堂のカウンターへ向かう。

 黒の衣を出そうかなど考えたが、今は食事時。

 無駄に威圧などしないほうが良いだろう。

 ウツが進んでいくと、カウンターで頭を下げている長身の男がいた。


「いらっしゃいませ。これはウツ様、お待ちしておりました。

皆様、揃っておられるそうです。

ささ、こちらへ。」 


 長身の男が案内する。

 それにしても、この静けさはなんだ。

 お昼時の食堂なのに、物音一つしない。客が少ないのだろうか、そんなにここの飯は美味しくないのだろうか。

 それにウツが来た時には、賑わい、歓迎される予定であったが、誤算だった。


 ウツは案内人に続く。

 すると、男は足を止め、左側にある個室を差した。

 

「この部屋です。ごゆっくりどうぞ。」


「ああ、ご苦労。」


 ウツは個室の扉の前で立ち止まった。

 心の整理という意味で大きく深呼吸をした。

 そして、もう一度精神安定の魔法を…

 「おっ!?ウツ様!!」


 小さな少女と目があった。

 

「おっ、おう、お麦か。それと、、よく集まってくれたなお前達。」



 ウツは急に飛び出した小さな少女、お麦の登場に驚きつつ、奥にみえる、跪いてこちらに頭を下げている多種多様な司令官クラスのNPCを労った。











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