第一話 老紳士
だが、この状況かなりまずい。
ウツは目の前に立つ老人の顔をまじまじと見ながら、思考を回す。状況の深刻さが目の前に立つ存在のおかげでひしひしと伝わってくる。
普段は管理職であっても、挨拶と報告を聞けば部下とのやり取りは終わっていた会社員が「様」と呼ばれる地位に就いている。
これがどうゆうことを意味するか。
もし、WO1の世界に行ったらなんて妄想はしていたが、ここまで考えていなかった。
「様」と呼ばれるからにはそれなりの態度というものがある。一般的な会社員が今まで会話をしたこともない部下、いやそれよりも離れた立場の者に対しての接し方など心得ているはずがない。
しかし、もし態度を間違えれば、侮られて、謀反を起こされかねないような状況だ。
「フィルズ、私は無事だ。」
ウツは悪魔に擬態し、目の前に寄り添う老人に声をかけた。
これで大丈夫だろうか。
ウツは悪魔に擬態し、課金エフェクトである闇の衣を発動した。悪魔に擬態したのは、支配者といえば、魔王やら、悪魔的なものやらが思い浮かんだからだ。
実際、WO1の悪魔はそれなりに怖い見た目をしており、声も何だが慣れない不気味なものだ。
そして、課金エフェクトである、闇の衣。
このエフェクトは黒い霧のようなものを体に纏うもので、元々はとあるレイドボスのエフェクトだった。
強豪ギルドが挑んでもそう簡単にはクリアできないボスなのに、そんなに装備もドロップアイテムも特別なものではなかったこれは、モンスターよりもエフェクトが格好いい、装備よりエフェクトが欲しいなどの要望が次第に多くなり、運営も開き直ったのか、ビジネスチャンスと思ったのか、イベントで販売されてしまった残念なエフェクトだ。
だが、見た目はそれなりに怖いし、風格ある帝王を気取るなら、ぴったりな装いだ。
後は演技だが、ここはその場しのぎでいこう。
「ウツ様、お目覚めですか。
ウツ様のご様子が優れないようですので、お麦をこちらに向かわせております。
そのまま、安静になさってください。」
よし、第一印象は完璧だ!!
しかし、これは完全に...。
黒い礼服に、整った白髪。
間違いない、目の前にいるのはヴェルメロのNPC、フィルズだ。
だが、ウツには、その感動よりフィルズが何の怪しみもなくこちらの言葉に返答してくれていることの方が大きかった。
それも、これまでと変わらない礼節を持って。
今はそれだけで十分だろう。
後は他のNPCやヴェルメロの状況だ。この世界での自分の力も試しておきたいところだが、種族の特殊能力である擬態や課金エフェクトが使えていることから、問題はないと推測できる。
「メッセージ。
お麦、私は無事だ。もう、来なくて良い。
仕事に戻れ。」
『え!?ウツ様、大丈夫なの!?
でも私、心配ですので向かいます!!』
わっ、かわいい。
メッセージを使った途端、小学生低学年のような、変な恥じらいもないハキハキとした声で、だが少し幼さも残ったロリのかわいい声が聴覚を刺激した。
やはりお麦は麦ちゃんだ。
メッセージ越しでも伝わる、癒しの声はやはりお麦ちゃんだった。
やはりお麦は、、いや、フィルズの目もある。
今ニヤニヤしていれば帝王からロリコンになってしまう。今は、我慢だ。
しかし、試しに発動した、メッセージは使えている。
どうやら本当に、大海の覇者、ウツになったらしい。
地位も設定も能力も全て。
だが、これからどうすればいい。
まず、周囲の状況の確認か?
プレイヤーまで転移して来ているとなると、安全確認は必須だ。大海の覇者とはいえ、強豪ギルドの本拠地などに転移したとなれば危険が大きい。
それなら、お麦は必要か。
「いや、それよりお前に頼みたいことがある。」
『はい!!なんでしょう。』
救護兵としての特性上、NPCの中でも移動速度の早いお麦。
それに、お麦の可愛さなら、もしウツに逆心をもつNPCがいたとしても、説き伏せられるだろう。
「至急、集められる各区域の司令官に食堂に来るように伝えろ。
いや、障壁の司令と非戦闘職以外の者に伝えろ。」
『畏まりました~!!』
至急それぞれの場所から見た状況と、その当人達の忠誠心を計らければならない。
情報が少なすぎる現状で、迅速に行動するためには、食堂は最適だ。だが、安全のため、第3障壁の人員だけは確保して、不可視だけは発動させた方が良いだろう。
玉座の間ではすぐに集まれない。
一階の食堂であれば、すぐに集まることはできる。
そしてなにより、一緒に飯を食べれば、初対面であっても多少は距離が詰められるはず。
それにもうすぐお昼時。
この世界の食事もどんなものか知っておく必要がある。
問題は食堂のどこに席をとるかだが、これは少し広めの個室を予約しておこう。
ん?まず予約ってあるのか?
「ウツ様、あれを御覧ください。」
ウツにとっては初対面同然の、NPCとどんな会話をして、何を一緒に食べようなどこの状況を全力で楽しもうとしている中、水を差すように、フィルズが何かを指差している。
「ん?どうかしたのか。」
ヴェルメロ最上階から見える島。
本来、ヴェルメロが位置していた場所は、大海の中心であった。しかし、今現在位置している場所は、とある陸地のほぼ沿岸といって良い場所である。
だが、注目すべきはそこではない。
ヴェルメロから見える景色に、煙幕が見えた。
火事であれ、狩りであれ、襲撃であれ、ろくでもないことというのは確かだろう。あの大きさの煙がでる炎といえば、予測はできないが人為的なものである可能性は高い。
ここは様子を見に行くべきか?
ここから人里は見えないが、もしそこに、人がいるなら助けてやりたい。
「フィルズ、私は様子を見に行く。」
腐っても元人間だ。人が焼け死んでいる可能性があるのに黙って見てられない。
「ウツ様、ここ私が行きましょう。
食堂で皆さんと共に御食事を済ませてください。」
フィルズ。
種族は魔人でヴェルメロに10人しかいない職業レベル100のNPCの一人だ。
ヴェルメロでの立ち位置は、ウツの副官といったところか。
ウツがWO1で作った最初のNPCであり、製作のコンセプトは何でもできる最強の執事。
その通りに育ってくれたわけだが、フィルズは、戦闘の時はもちろん、食事の時も、作業の時も、ゲームをしている時はいつも側にいたような気がする。
何年も一緒にいたキャラクターが今目の前に意思をもって生きている。だからこそ、この世界に来ても、特に信頼はおける存在だ。
「フィルズ、偵察してこい。
もし、危険と感じたなら、偵察を打ち切り、即座に転移魔法で帰還しろ。分かったな?」
この世界にきても、大切な者を失いたくない気持ちは持っていた。こんな気持ちをまだ何があるかわからない世界で持っていて良いものか。
今のウツにはわからない。
「了解しました。
では、行って参ります。」
老紳士は一礼する。
「ああ、行ってこい。」
そう言うと、老紳士は軽い詠唱を唱えた後、どこかへ消えた。
どうやら俺は、本当にこの世界に転移したらしい。