第0話 余韻
ヴェルメロ。
かつて存在した、WO1のとある都市から名を頂戴した、大海の覇者の実質的な拠点だ。
その中央の最上階。
はっきりいって、ここ程快適で安全な場所はないだろう。
そう、ここがかの大海の覇者の伝説に登場する、海上要塞だ。
1000隻のpkプレイヤー艦隊を封殺した力。
その力の原石は、何といってもこの要塞自体にあるだろう。
第一、第二、第三障壁とヴェルメロには3つの巨大な障壁が階段式に並んである。
見た目は様々な鉱石から出来た色とりどりの巨大な壁だ。
障壁と呼ばれているのは理由がある。
ヴェルメロを囲む三つの障壁、これには不可視の効果があり、海の上でのみ、完全に姿を消すことができる。
つまり、まずこの三つの壁を破壊しなければ相手はこちらの位置を砲弾が飛んできた方向等の曖昧な情報で判断しなければならない。
そこを囲むようにして、備え付けられている大砲が計60。
これももちろん、不可視だ。
この大砲の威力は3等級の魔法のレベル、つまり小さな村一つ軽々地図から消すことのできる代物だ。
だが、相手は職業レベル100に到達したものばかり、相手の船は壊せることはあっても、プレイヤーを倒すことはできない。
そこで要塞の中央に位置する軍事拠点の設備と100を越える戦闘系のnpcとnpcが操作する軍艦の数々だ。
まず、軍事拠点はヴェルメロから半径10kmに及ぶ、敵の位置を正確に知ることができる管制システムが備わっている。
それは、2等級以上の透視魔法、または、100レベルの職人が作ったような物でなければ、この監視網を潜り抜けることはできない。
また、同じく軍事拠点に位置する、主砲と迫撃砲、ミサイルは、その管制システムに沿って操作する。
もちろん、npcの管制官もいるため、手動での操作も容易だろう。
ここに引きこもって何年経っただろうか。
サービス開始当初は楽しかった。
何もかもが新鮮に感じ、時には無理をしたこともあった。
自分より数十レベル高いダンジョンのボスを商人から譲り受けたマジックアイテムだけで倒したり、ソロプレイヤーだから、リア充のプレイヤーを見つけた時には透かさず、お祝いと餞別の雑魚モンスター避けの花火を撃ち込んだ。
だが、今はどうだろう。
人の温もりだろうか、刺激だろうか、変化だろうか。
この場所が安全過ぎるせいなのか、毎日同じことを繰り返している。
今日もまた、交易の報告書や世界情勢に関する情報集め、ヴェルメロに関する報告、それを一人で読み漁って処理している。
濃いブラックの光沢が際立つテーブル。
そこに座る全裸のゴブリン。
なぜ、全裸なのか?
本人曰く、NPC相手に羞恥心が発動するのかという、実験をしているらしい。
実際、目の前に書類を綴ったバインダーを持つ老紳士がいる。
無駄に豪華な書斎と乱れのない礼装を着ている執事とは対照的に、ゴブリンという容姿もあって、貧相な体が目立つ。
だが、当の本人は仕事が終わるまでこれでいるらしい。
「はあ。ん、なんか寒いな?」
大海の覇者、ウツは呟いた。
問いかけのつもりであろう、だがその声に返答するものはいない。
だが、ウツは気にもしていなかった。
だって本物の生物はいないのだから。
それにしても寒い。
北極エリアにでも来たのか?
ここはヴェルメロ最上階。
この要塞の中で最も見渡しが良い場所だが、北極または雪山エリアその他の寒いエリアは見えない。
目の前に広がるのは…雨?
ウツはその光景を凝視した。
WO1には天気という機能は存在しない。
なぜかといえば、天気という機能があったなら、そのランダム性ゆえに、火属性の魔法や何か火を使ったイベントができなくなる可能性があるからだ。
だからエリアごとに気候が固定してあり、移動することで天気が変わる。
ここは座標から見るに、普段はのんびりとした海流の晴天エリアだろう。
だが、なぜ雨が。
運営に報告しないと…。
ポチャ、ポチャ。
頭上に冷たい刺激が伝わった。
ウツの書斎、要塞最上階の天井。
今まで気づかなかったのかおかしいくらいの大穴が空いていた。
寒さの原因はこれだろう。
雨漏りに、外から吹きいる冷たい風。
作業に集中するあまり、気づかなかったのだろうか。
これは、即座に修理しなければ。
ウツは重要書類を濡れないように机の下におき、天井に空いた大穴の修繕をしようとした。
元々この要塞の軍備を除く、全てはウツが作ったものだ。
このくらいの修理などお手の物であった。
でもどうしてこんな穴が?
最近争った覚えなんてないけどなあ。
最上階の天井。
それはゲーム内で一番の強度を誇る鉱石から作られており、余程強力な一撃を打ち込まない限り壊れないようになっている。
このような、人一人入れるような穴をどうやって空けたのか。
答えが出るのに、そう時間はかからなかった。
あぁ、あれか。
刹那、ウツの頭上に電気の塊、雷が降り注いだ。
ウツはそこまで焦りを感じなかった。
このゲームに、雷属性というものもある、もし、これがゲームなのなら、死ぬことはない。
なぜなら100レベルだからだ。
「いいだろう、ここは受けて立つ。」
ウツは大きく手を広げ、雷をまるで抱き締めるかという勢いで落雷を受けた。
念のために分析をしながら。
技名:???
推定魔法等級:???
あ、ヤバイかも…
大海の覇者、ウツはその場に伏した。
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「ウツ様、ウツ様、ご無事ですか!?」
しゃがれた、だが何処か貫禄といったものを感じる老人の声が聴こえてきた。
おそらくは会社の上司か清掃の方だろう。
そして、この横になった体勢で、耳元から声が聞こえるということは、ここは清掃が入る前の仮眠室だろう。
習慣のようなものだ。
「すみません、もう少し寝かせてください。清掃時間未だですよね?」
早朝から数えて、8時間。
通しで作業をするとなると、さすがに高給であれ気が滅入る。
この貴重な仮眠時間。
今から仕事に入る清掃員に負けてはいられない。
それに、いかんいかん。
夢にまでゲームのことが出てくるとは。
現実とゲームを混同すると、調子に乗ってしまうからな。
気を付けないと。
しかし、ここはつくづく良い会社だ。
福利厚生は整っているし、就労時間は長いといえそこまでキツいわけでもない。
それに、早朝出勤のものに対して、こうやって睡眠時間を取らせてくれる。
そのお陰でWO1をやる時間が増える。
「ウツ様の様子がおかしい、これはお麦を呼ばなければ。」
ん?今お麦って、、
お麦はWO1の、しかもうちの要塞の医療全般を任せているNPCの名前だ。
その愛らしい容姿と動きから、一日一回は会いに行くほどのマスコット的NPCだが、その名前を会社の仮眠室で聞くことになるとは。
でも、お麦って名前、珍しいな。
《メッセージ。》
「お麦、聴こえているか、フィルズだ。
ウツ様の様子がおかしい、何かおかしなことを話してらっしゃるのだ。
至急、戦塔の最上階に来てくれ。」
メッセージ?
メッセージとは、WO1の3等級の魔法だ。
効果は味方の脳内に直接伝言を吹き込むものだが…。
フィルズと戦塔、これまた聞き覚えのあるものだ。それもWO1関連のものだ。
フィルズはヴェルメロのNPC。
戦塔は銭湯と塔をかけたレベルの低い俺のギャグ。
ここまで一致するところとWO1での夢落ちの記憶、目を閉じているからか変に頭が回る。
今この場所はおそらくWO1の中だろう。
もしかしたら、NPCがしゃべるアプデがきたのだろうか。
だが、WO1は五感を楽しむことのできるゲームとはいえ、それにもまだ限度がある。
痛覚にだって、限度がないと死んでしまうし、臭覚だって、味覚だって、あらかじめ格納されたデータを脳に直接伝えているだけだ。
それに、あまりにこのベットは気持ちが良すぎる。
これはもう確定だろう。
さずがのウツこと、高坂移といえども、そこまで勘が鈍ったわけではない。
異世界転移だ。
しかも、どうゆうわけか自らが大海の覇者とまで言われた、WO1の世界に。
ウツはあまりに荒唐無稽なことに、冷や汗をかいた。