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第二話『Enemy』――その三

 体育祭当日。

 一応いつも通りに登校し、教室にて担任教師によるホームルームを遂行、その後十分ほど着替えの時間が設けられ、体操着に着替えたクラス一同が更衣室から再度教室に参集、しばらく待機時間があった後、黒板の上に付いたスピーカーから「全校生徒、校庭に集合してください」というアナウンスが流れ、我がクラスの学級委員、島吹しまぶき君が待ってましたと言わんばかりに、


「じゃあ、今日一日がんばりましょう!」


 と爽やかな笑顔と共に優等生チックなことを言って、先陣を切ろうと教室前方にある扉の取っ手に手を掛けた、その時だった。

 がらがらと扉が勝手に開き、手を空振った島吹君はがくりと転倒。その奥からにゅっとショートヘアーの頭がのぞいてきて――


「――さあっ! 行くぞ、朝風君! いざ、決戦の時だっ!」


 と叫ぶ、体操服に身を包んだ美人さん的先輩女子。いわずもがな――――加賀野つくみ先輩。

 一瞬で、モーゼでも思わせるように僕とつくみ先輩の間の直線が綺麗さっぱりと無人になり、つくみ先輩は難なく僕を発見。次いで、にっこりと満面の笑み。

 この先輩は放送直後一体どんな勢いで自分の教室を飛び出してここまで来たんだろう――――という疑問を口に出すタイミングを完全に失った僕は、そのまま先輩にずるずる引きずられながら校庭に誘われた。

 校庭には、僕らが一番乗りだった。

 十五分ほどして校庭に全校生徒が整列し、校長によるクドクドとしたクドい訓示の後、体育委員長による宣誓が行われ、スタート種目である球転がしから体育祭が始まった。

 僕は額の汗をぬぐいながら、その観戦を始める。

 この体育祭の時間中、出場者以外はグラウンドの外側に並べられた椅子に座って待つことになっており、その席はクラスごとにセクションわけされてずらっと並べられている。クラスの中で中くらいの背である僕は、二年三組のちょうど真ん中あたりが定位置であり、予行の際もその辺りに椅子を置くよう言われていたはずなのだが――――しかし僕は、そのエリアの一番後ろにちょこんと座っていた。

 そして隣にはつくみ先輩。

 通常、体育祭と言うのはクラス対抗で争うものであり、それに伴ってクラスの団結力を高める意味合いも強い学校行事である。仲のいい友達とより濃密な思い出を共有したり、あるいは今まであまり話さなかったクラスメイトと仲良くなってみたり。それがこの催しの意義であり、醍醐味であり、正直僕もそんな青春的な一日を期待して今日を迎えていた。

 ――しかしこの先輩には、団結もへったくれもなかったらしい。

 ――先日は、協調性云々と偉そうなことを言ってた癖に。

 自分のクラスのエリアには見向きもせず、自分のクラスメイトと会話することもなく、つくみ先輩は完全場違いなこの二年生のエリアに居座り、悠然と構えているのである。この人、クラスに友達一人もいないのかと心配になりそうなほどの確固たる威厳を漂わせている。

 時折、僕のクラスメイトがちらりとこちらを振り返ってきて、戦々恐々としたような、あるいはいぶかしんだような視線を投げかけてくる。その視線がちくちくと痛くて、僕としては自クラスであるはずなのに何だかアウェイに感じてしまうほど居心地が悪かった。……しかしまあ、この一週間、毎日のようにつくみ先輩はうちのクラスまで昼食を食べに来ており、こういう状況もいつも通りと言えばいつも通り。そういう視線にも何だか慣れてきた気がする。……いや、麻痺してきてる、と言う方が正確か。


「で、君は今日、何の種目に出るんだ?」


 球転がしが中盤に差し掛かってきたところで、まるで大会社の社長のようにどっかりと椅子に腰を下ろしたつくみ先輩が、憮然と僕に尋ねてきた。

 僕は今日のプログラム表を見ながら、


「え? ええと、僕は玉入れと、百メートル走、リレーの第二走者、それと――――騎馬戦です」

「騎馬戦? ほほうっ!」


 つくみ先輩は何だか嬉しそうな声を上げた。僕の発言がこの人を喜ばせたようだったが、なぜかいい予感はまったくしなかった。

 先輩はぽんぽんと僕の肩を叩き、


「何だ、朝風君。あたしは今まで散々君のことを無能呼ばわりしてきたが、なかなかどうして、君もやるじゃないか。まさか騎馬戦にエントリーしてるとは。うん。まったくもって素晴らしい」

「……何が素晴らしいんですか?」

「ふふん、当然、あたしも出場しているから。そして――――『あいつ』も出るからだよ」

「……『あいつ?』」


 僕は首を傾げ、


「――って、誰ですか?」

「おいおいおい、あたしはあいつの名前を口にするのすら煩わしいほど、あいつが鬱陶しくて仕方ないんだ。あいつの名前を呼ぶくらいなら、まだブラジルに玄米茶を買いにパシらされる方がマシなくらいだ。そんな低レベルな質問はしてくれるな」


 ……ブラジルに玄米茶は売ってるんですかね。


「つまり、あいつとの決着はそこで付けようということだ。もし君がエントリーしてなかったら、最悪女装して、うちのクラスの病欠の女の子の代わりに出さなければならないところだったんだが。ふん、杞憂だったな」


 うんうんと納得顔のつくみ先輩。

 僕は心の中で、先月の学級会で騎馬戦に立候補した自分に人生最大のスタンディングオベーションを送りながら、


「……そこで決着をつけて、どうするんです? そこで勝つと何がどうなるんですか?」

「ふふ。良い質問だ」


 つくみ先輩は得意顔。


「先週、あいつとあたしとで協議したんだが、この騎馬戦の敗者にはペナルティを一つ科せられることになった。有体に言えば罰ゲームみたいなものだ」

「……ええと、それはどんな?」

「それはつまりだな――

 

 ――『自分の部下を相手に譲渡する』ということだ!」


 つくみ先輩は腕を組み、こくりと首肯した。

 ――ええっと……………………ジョウト? ……ブカ?

 僕は右手を上げて、


「……すいません、そのジョウトって、どのジョウトですか?」

「『譲り渡す』の譲渡だ」

「……どんな字ですか?」

「これだ」


 つくみ先輩は足元の地面に指で『譲渡』と書いてくれた。なかなか達筆だった。

 僕はそれを見降ろし、一つ頷いて、


「ふ~む、そのジョウトですか。なるほど、なるほど……。じゃあ、つくみ先輩、もし今回の勝負で我々が勝った場合、何がどうなるんですかね?」

「あいつの部下――確か、上弦じょうげんとかいう子だったか――が、我々のチームに加わることになる」

「ほう、なるほど、なるほど、なるほど。……じゃあ、もし我々が負けた場合は?」

「ふん、そんな未来が起こりうる可能性は考えるだけ時間の無駄なくらい小さいがな。しかし一応建前としては、君があいつの部下になることになる」

「……なるほど、さいですか」


 僕は至って落ち着いた声で言いながら、再度頷いた。そして、


「あの、つくみ先輩?」

「何だ?」

「短い間でしたが、今までお世話になりま――」


 ――ごちんっ

 僕の後頭部に拳が勢いよく振り下ろされた。


「何をわけのわからないことを言っている! これから決戦だというのに! 戦う前からそんな弱気になってどうするんだ!」

「いやいやいや! わけがわからないのはこっちですよ! 何を勝手に僕の進退を決めてるんですか! 僕の合意なしに!」

「いや、合意ならちゃんとしているぞ? ほれ、誓約書に二人とも署名して捺印もしたからな。もはや覆らんのさ」


「見ろ」と言いつつ、先輩が紙切れを一枚差しだしてきた。見ると、そこにはプリンターで書かれた文字で『本日の体育祭で執り行われる騎馬戦において、敗者チームは勝者チームに一名人員を譲渡することに合意いたします』と書かれており、おまけに「加賀野」と「辺乃」の捺印まで押してあった。

 その文面を最後まで読み終わり、


「……いやいやいやいや、これ、完全に僕だけが大変じゃないですか! 僕へのペナルティじゃないですか!」

「何を言う。あたしだって辛いんだぞ? 折角見つけた部下を取られるなんて。また最初から探していかなければならん」

「いやいやいやいやいや! 僕は負けたら、よく知らない男にこき使われなければならないんですよ!」

「ふん。それが嫌なら勝てばいいのさ。あの変な男に――」


「――誰が変な男だ!」


 急に、僕とつくみ先輩の背後から声がした。

 僕とつくみ先輩が同時に振りかえると、そこに男が一人。見覚えのある、長髪を後ろで一本縛りをした長身の生徒。その風体を目に映し、僕と先輩は声をそろえて、


「おお、変な男――」

「あ、変な先輩――」

「――だっから違うと言っとろうが!」


 悔しがるように地面をだんだんと踏みつけながら憤る変な――――辺乃先輩。


「お前ら、わざとだろ! 絶対わざとだろ!」

「まあまあ、小さな事を気にするな、辺乃」

「おま、否定しないんだなっ!」


 顔を真っ赤にして、つくみ先輩の襟首に掴みかかる辺乃先輩。

 つくみ先輩は「どうどうどう」と手を振りながら、引きつった笑みを浮かべ、


「というか、どうした、貴様? こんなところへ?」

「……ふん、最終確認に来ただけだ」


 辺乃先輩はつくみ先輩の襟から手を離し、むすっとした表情で答える。


「我々の決着は本日の最終種目、騎馬戦で決めること。そしてペナルティとして、負けた方は勝った方に部下を一名派遣させなければならない。いいな?」

「いやまあ、それはいいんだが……」


 僕は「よくねえよ!」と抗議しようとしたが、つくみ先輩の右手によって制された。次いで先輩はきょろきょろと周囲を伺うように首を回し、


「しかし、肝心の貴様の部下が見当たらないぞ? ……まさか貴様、負けた揚句に『俺に部下なぞいないから、ペナルティは無効だ!』などと言い張るつもりじゃないだろうな?」

「はん。俺はそんなちっちゃい人間じゃない。ちゃんと部下はいる。連れてきた。ほれ、彼女がそうだ」


 そう言いながら、辺乃先輩はすっと横に移動した。

 その後ろに、一人の女の子が現れる。

 背は女の子にしても低めだが、何だか姿勢がどっしりしている。髪型は、首下まで伸びたロングを耳の後ろで二つ割り。目が大きめで、視線も真っ直ぐ。その表情といい、目つきといい、立ち姿といい、どこまでも我を通しそうな印象を受ける女子だった。

 辺乃先輩はこの女の子の前に掌を差し出し、


「彼女こそ、俺の親愛なる部下、上弦じょうげんしづ君だ」

「……どうも、初めまして」


 目つきは相変わらずきついまま、しかし一応の礼儀と言う感じで、ぺこりとお辞儀してくる上弦さん。探るような目つきで僕らを見上げてきて、


「ふうん、この方が、リーダーの仇敵ですか。ふうん……」

「ふむ、上弦さんとな? そのリボンの色からして、君は一年生か」


 つくみ先輩は指を当て、品定めするかのように上弦さんの頭から足先まで視線を滑らせた。


「ふうむ、さすが辺乃の部下だけあって年の割にふてぶてしいが……。まあ、君はもはやあたしの部下になったも同然だからな。今この瞬間からは、あたしのことをリーダーと呼ぶよう――」

「まだ早いだろ!」


 再びダンダンと地面を踏みつける辺乃先輩。次いで、ぴしっとつくみ先輩に人差し指を向けて、


「ふん! 俺が勝ってもそのひょろひょろ男しか手に入らんと言うのはいかにも不公平だが、お前の戦力を削げるというならそれはそれでよしだ! 首を洗って待っていろ、加賀野!」


 捨て台詞のように言うと、辺乃先輩はくるりと後ろを向き、まるで地平線に威張り散らしているかのようにずんずんと向こうに歩いて行った。

 その後ろ、上弦さんもとことこと付いていく。

 僕は、後に取り残されたつくみ先輩の横に突っ立ち、


「……先輩、なんともまあ、モテモテなんですねぇ」

「ふふふん。まあまあ、そう妬くな、朝風君」


 僕の発言が厭味だったことにはついと気付かず、つくみ先輩は得意げに答えた。


「とにかく、あいつはあれでもそこそこ優秀な男だ。相手にとって不足はないだろう。正々堂々、返り討ちにしてやるのだ!」


 右の拳を振り上げ、なかなかの声量でそう言いきるつくみ先輩。

 僕はここでようやく、周囲のクラスメイトから疎ましがるような憐れむような視線をさっきからずっと一身に浴びていることに気付いた。…………やはり、麻痺してきているらしい。

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