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第一話『Another Phase』――その四

 この学校の先輩方が各々チームみたいなものを作り『ワールド・マテリアル探し』をしていることは、僕自身も高校入学当初から知っていた(というか、それを知らずに天神岬高生でいるのは不可能だろうというくらい、校内において周知の事実だった)。しかし、僕はこの二年間、そのようなチームに属したことは一度もなく、その活動に身を投じた経験は皆無。近しい友人にも参加者はおらず、話を聞く機会すらなかった。そんなわけで僕は、『ワールド・マテリアル探し』というものが具体的にどういうものなのか、実はまったくと言っていいほど知らなかったのである。

 おまけに、ついさっき空中に刀で落書きをするというわけのわからないパフォーマンスを見せられたばかりであり、現在も〈反位相〉とかいう異世界を歩いている最中であり、その『ワールド・マテリアル』の探査方法はどういうものか、どんな超能力を見せられるのか、もしくはどんなハイテクなセンシングマシーンを見せられるのか、僕は人知れずうずうずと期待していたのが正直なところだ。

 ――が、

 校舎内に入り、僕が最初に見たつくみ先輩の姿と言うのは、何ともかんとも簡素でお粗末で、逆の意味で驚き呆れてしまうものだったのである。即ち――――鉄の棒きれを両手に一本ずつ握り、とことこと歩いているのである。

 その棒きれはL字に曲がっていた。

 隣を歩きながらちらりと先輩の顔を見ると、その表情は真剣そのもの。どこぞの油絵に描かれていそうなその端正なルックスが、いつにもましてきっと引き締められている。どこをどう見ても、ツッコミ待ちのような素振りは微塵もない。

 一階の廊下を端から端まで歩ききったところでついに忍耐の限界が来た僕は、恐る恐る隣の先輩に声をかけた。


「……え、と、あの、つくみ先輩?」


 この呼びかけに対して「今は作業中なんだから不用意に話しかけるな」と言わんばかりの横目で睨んできた先輩に、僕はさらに思い切って尋ねる。


「ええと、すいません…………先輩は、今、何してるんです?」

「…………はあ、やれやれ」


 先輩は横目で僕を見ながら、わざとらしいほど大仰に溜息をついた。


「これだから最近の若人は困る。まこと勉強不足だ。こんな基礎知識すら知らないとは。まったく。あのな、これは――」


 先輩は一拍間を取り、ずいっと僕を見てきて、


「――ダウジングだ」

「いや、それは知ってるんですがね……」

「……ふむ? なんだ、知っていたのに尋ねてきたのか?」

「ええ。知ってはいたんですけど、信じられなかったというか、ね――――で、先輩は、そのダウジングでもって、一体何をしてるんです?」

「決まっているだろう! 『ワールド・マテリアル』探しだ!」

「……ですよねえ」


 僕はきりきりと痛くなってきたこめかみを押さえた。


「……というか、そもそもダウジングって、地下水脈とかを見つける手法ですよね? そんなもので見つかるものなんですか? 『ワールド・マテリアル』って?」

「……ふん。そんな確証があれば、我々はここまで困っていない」


 足を止めることなく廊下をぺたぺた歩きながら、むっつりとした顔で答えてくるつくみ先輩。


「そもそも、『ワールド・マテリアル』というもの自体が未知のものなのだ。誰にも知られていないのだ。だから、どんな形なのか、どんな色なのか、どんな匂いなのか、どれくらいの大きさなのか、そしてどんなものに反応するのかということすらわかっていない。探す指針すら発見できていない――――先週までは『センシング・K・メソッド』を用いていたのだが、二週間やって成果が出なかったもんだから、昨日から方針転換したところなのだ」

「……その『センシング・K・メソッド』っていうのは?」

「つまり、大きな紙に五十音と数字、そして日本神教を象徴した図形を記しておき、その上にコインを乗せ、キーワードを口ずさみながら――」

「――ああ、『こっくりさん』ですか」


 ……あれも一応、センシングと言えばセンシングなのだろうか? うーむ……。まあ、そんな安直なもんで見つかってちゃ、世界中のオカルト学者も雑誌編集者も報われないだろうけど。


「……でも、先輩。そんな空中に落書きできる刀持ってるんですから、もっと、こう、なんか、不思議な力でスパーッと探せるような、そういう、なんか、こう、もっと、なんか、無いんですか?」

「君が何を求めているのか、あたしにはいまいちよく伝わってこんが……」


 つくみ先輩は僕の方に一瞥をくれ、


「しかし残念ながら、先刻の能力はあくまでこの場所に来るためだけのものらしい。あたしも当初は色々と試してはみたが、他にはどんな特性も示さなかった――――ふん、もしかしたら、他の奴らの能力の中には、このサーチングに特化したものもあるのかもしれないが……。だとしたら、逆に危険だ。そいつに先を越される可能性が高くなってしまう」


 最後は僕に聞き取れないくらいの声でぶつぶつと独り言をこぼしながら、ダウジングを続けていくつくみ先輩。

 ……ん? 『他の奴ら』?

 それってつまり、つくみ先輩の他にも、そういう変な能力を持ってる人がいるってことですか? ――――と僕が尋ねようとした、その瞬間――


 ――ひゅんっ


 風切り音が聞こえた。

 どこかから隙間風でも入ってるのだろうかと呑気に僕が視線を上げたのと同時、眼前のつくみ先輩が刀を鞘ごと振り上げた。


 ――きんっ


 甲高い金属音が教室に鳴り響き、いきなり目の前に火花が散った。次いで、暗闇の中、黒い影が僕と先輩の間にすたんと降り立つ。

 その影の大きさからそいつが人間であることにようやく思い至った僕は、慌てて懐中電灯を〈そいつ〉に向けた。

 その黄色い円形の光に照らし出されたのは、うちの高校の制服を着た男だった。短髪をワックスで逆立てていて、トラのような釣り上がった小さい目。僕より少し上背は高く、その右手にはやや大きめの〈草刈り鎌〉が握られていた。

 そいつの風体を一秒ほど瞳に映し続け、僕はこの人に見覚えがあるのを思い出した。そう、この人は確か――――うちの高校の風紀委員長、都度中壮大つどなかそうだい先輩だ。

 全校集会なんかで、時たま教師の横に立っている先輩。以前一度か二度、風紀委員からのお知らせという名目で、体育館の壇上にも立ったこともあった。歳は一つしか違わないのに、思わず目を伏せてしまいそうになるほど尊大な話声だったのを覚えている。

 ……というか、この人、今、つくみ先輩に鎌で斬りかからなかったか?

 今のは見間違い、聞き間違いだったのかと首をひねっていた僕の目の前、その都度中先輩は、両手を腰に当て、


「……やれやれ、加賀野、やはりお前か」


 さざ波のような声で呟いた。


「ここには他にも何人か侵入してきているが、お前が一番頻度が高い。まったく、『ワールド・マテリアル』なんて眉唾物を理由に校内に刀を持ちこまれては、こっちとしてはたまったもんじゃないぞ」

「『ワールド・マテリアル』は眉唾物なんかではないと言っているだろう!」


 つくみ先輩はたれ気味の眉を吊り上げ、廊下中に響き渡るくらいの声で叫んだ。


「現に、我々だって今こうして異世界に足を踏み入れているという事実はここにあるのだ! それはつまり、この場所には何かしらの超常的要因が存在することのれっきとした証拠ではないか!」

「……その論理は飛躍している。たとえここが異世界だとしても、それが『ワールド・マテリアル』の存在理由――――ひいては、お前が日本刀を振りまわす理由にはなっていない。俺だってお前を警察に通報などしたくはないんだ。風紀委員として、同校生から犯罪者をだしたくはないんだ。だからそろそろ観念しろ。その小太刀をこちらに引き渡し、二度とここに立ち入らないと誓え――――というか、おい」


 ここで、急に都度中先輩は僕の方を振り返ってきた。その黒目の小さな眼で見据えられ、僕は思わず肩を震わせてしまう。


「加賀野、何だ、このガキは? うちの生徒のようだが」


 都度中先輩の質問に、つくみ先輩は急ににやりとどや顔になった。そして両腕を胸元で組み、胸を反らして、


「ふん、彼こそ、本日より未来永劫、何万回と生まれ変わろうとも変わらず、あたしの下僕として骨身を惜しまず働くことを心に決めた我がアシスタント、朝風君だ」


 ……ツッコミどころ、不満点、不明点は数知れなかったが、状況が状況だけに僕はツッコめなかった。

 都度中先輩は再度ぎょろりと僕の方に一瞥をくれ、


「お前のアシスタント? こいつが? やれやれ、まったく……」


 気疲れしたかのように両肩を落とした。


「これでも、お前は同学年の中でも分別があるほうだと思っていたんだが。しかしまさか、わざわざこんなモヤシ男を引き込むとは。いよいよヤキが廻ったか? 体格もヒョロいし、頭も回らなさそうだし、おまけに気が小さいのは見ただけでわかる。こいつより使えそうな人間なんか、うちの高校にもあと五百人くらいはいるだろうに」


 ……五百って、そりゃもう、全校生徒では?


「ふん。その点は否定せんが、あたしは彼の『身も心も命も財産もすべて無条件で加賀の先輩に差し出すことを天に誓います』という忠誠心に心打たれたのだ」


 言ってないし!


「今のお前の状態は、迷走以外の何物でもないな。存在するかどうかわからんもののにそそのかされ、時間と才能を無駄にしている。……加賀野。今からでも遅くない――――風紀委員に入れ」


 都度中先輩はその短髪をさらりと掻きあげ、暗闇の中でも輝いて見えるほどの鋭利な眼光で睨みながら言ってきた。


「そのちゃらんぽらんな性格を除けば、俺はお前をそれなりに評価している。特に三年前の、まだ世界への虚無感、虚脱感を擁していた頃のお前は、類まれなほど優れ特化し秀でた存在だった。俺が矯正してやる。だから、俺の下につけ。お前はこちら側にいるべき人間だ」

「……何度も言わせるな」


 鼻を鳴らしながらむすっと答えるつくみ先輩。


「あたしはもう三年だ。あと何カ月もこの学校にいられるわけではない。そんな人間がわざわざ今から風紀委員に入ったところで、できることなどたかが知れている。それこそナンセンスな人事だ」

「その数カ月の間でも、お前なら相応のことができる。そう確信している。それに俺個人としても、お前という存在にはぜひこちらにいて欲しいと思っている。だから――」

「――そ・れ・に」


 都度中先輩の言葉を遮り、つくみ先輩は語気を強くして言葉を続ける。


「あたしは『こっち』の方が好きだ。好きなんだ。だからあたしはこういう行動を取る。そこには誰の責任も咎も因果もないさ」

「……ふん、やはり返事は変わらんのか。ならば、仕方ない――」


 都度中先輩はすっと右手を振り上げた。そこに握られているのは、鈍く輝く銀色の――――鎌。


「――排除する」

2010/12/31『第一話――その四』丸々書き直しました、すいません……。

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