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エピローグ・前

「――どうだ? 今度の日曜あたり、デートでもしてみるか?」


 突然、つくみ先輩が僕にこんな提案をしてきたのは、あの事件が終わってから十日経った金曜日。放課後、帰り際に僕の教室に寄った時のことだった。


「…………デート……ですか?」


 と答えつつ、僕は今週日曜には特に予定はないことを脳内で再確認して、


「…………はあ、まあいいですけど」

「じゃあ、午前十時に、天神岬駅前の喫茶店に集合だ」


 つくみ先輩はにんまりと言って、手を振り振り帰って行った。

 唐突だなあ――――と、その後姿を見送ったままぽかんと立ち尽くしていると、あちこちから視線を感じた。

 ふと見ると、この会話が聞こえていただろう周囲の三、四人が、色めきだったような目でこちらを見ていた。横目で僕を見つつ、ひそひそと、何やら嬉しそうに内緒話をしていた――――いやまあ、あの美人の先輩からデートの誘いなどを受けたなら、普通はこういう反応になるものなのかもしれない。そういう機会など滅多にない僕のような人間からすれば、もっと浮かれて然るべきなのかもしれない……。

 けれど正直、僕はあまりテンションが上がらなかった。上げることができなかった。

 ――まあ、つくみ先輩が『何をしたくて』あんなことを言ってきたのか、大体分かるし……。

 僕は嘆息しつつ、今週だいぶ出ている宿題の数々を果たして明日中に終わらせることができるか考えながら、その日は帰路についたのだった。



 そして、日曜日。

 普段どんなに文句を言っていようとも、どんなに迷惑を被っていようとも、その人が目上ならば最低限の気遣いくらいはする僕である。三十分前には待ち合わせ場所にたどり着けるよう逆算して、僕は九時二十分着の電車でもって天神岬駅に降り立った。

 外は快晴。日差しが強すぎるくらいだった。

 まあ多分、つくみ先輩は晴れ女なんだろう。あの性格からして疑問の余地はない。

 僕はぱたぱたと掌で顔を仰ぎながら、駅を出て、交差点を渡り、喫茶店の方へ歩き出した。と――


「あら? 朝風さん?」


 と、通りがかった花屋の前で、白い帽子に白いワンピースの女の人が声をかけてきた。その人が帽子を持ち上げ、その下に覗いたのは、慎ましやかな顔と栗色の長髪。月ノ宮先輩だった。


「うふふ。奇遇ですねえ」


 月ノ宮先輩は僕にぺこりと会釈をしながら、柔和に笑った。


「こんなところで何をなさってるんです? ……あ、もしかしてデートとか?」

「……まあ、当たらずも遠からず、です」

「やっぱり」


 くすくすと、嬉しそうに笑う月ノ宮先輩。

 僕は、店外に飾ってある薔薇なり何なり(残念ながら、僕は花に詳しくない)を眺めながら、


「月ノ宮先輩はお買い物ですか?」

「はい」


 先輩はこくりと頷いた。


「お部屋に飾るお花、どれにしようかと思って。やっぱり、直に見て選んだモノの方が愛着も沸きますしね」


 なるほど、そうですね――――と僕は答えた。


「ふふ、この前まで育てていたのが、先週に散ってしまったんですよ。だから、この一週間、ずっと来よう来ようと思ってたんですが、このところあまり時間が取れなくて……。なので今日、慌てて買いに来たんです」

「ああ……」


 ここまで聞いて、僕は納得した。


「……そうですよね。……先輩、先週から風紀委員の委員長になったんでしたね。そりゃあ忙しいでしょう」

「はい……。各種書類の手続きに、仕事の把握、人員の再編。だいぶ頭を使います。それらを全部淡々とそつなくこなしていたんですから、都度中元会長は優秀な方だったんだと、改めて思いました。……自分で刑務所送りにしておいて、なんですが、ね」


 月ノ宮先輩は苦笑した。


「……しかし、ま、慣れさえすれば、今まで以上の組織になることは確信しております。頼りになる新副会長も加わったことですし」

「辺乃先輩、ですか」


 ――最初この抜擢を聞いた時は、僕も心底驚いたものだ。今まで散々風紀委員にたてついていた、対抗していた辺乃先輩が、何でまた立場が真逆の風紀委員に? と。

 その理由の一つは、〈反位相の世界〉の謎がある程度解明されたことで、辺乃先輩自身の中の興味が鎮静化したということらしい。もちろん『ワールド・マテリアル』自体への解明欲はまだまだくすぶっており、別の『ワールド・マテリアル』の探索は継続する予定であるそうだが、それは高校の風紀とは関係ない場所。ならば、風紀委員に入っても問題ないということらしい。

 加えて、月ノ宮先輩――――ひいては、『G.O.W』の見解としては、都度中先輩の背景を知っている人間が傍にいた方が安心、ということもあるようだ。情報伝達の際に、余計な混乱が起こる心配がない。そんなわけで、二者の合意の元、辺乃先輩は風紀委員の副会長職に就任した。

 そして上弦さんは、平委員として、辺乃先輩の下に就くことになった。

 その人事に関しては、困ったことに――というか、さもありなんという気がしないでもないが――お互いの解釈が完全に行き違っている。辺乃先輩曰く「任期満了による返還」、つくみ先輩曰く「期限付きレンタル移籍」。その双方の意見の相違によって、二人は小一時間、一年生の廊下のど真ん中で言いあい罵り合いを繰り広げていたが、当人である上弦さんは「もうどっちでもいいから早く決めてくれ」という胡乱な眼で、この討論を眺めるばかりだった。結局、いまだ結論は出ていない。

 ちなみに、風紀委員の最後の一人、鳴海さんはと言えば、放課後週末に大学病院に通っているくらいで、あとは今まで通りの学生生活を維持している。風紀委員にある籍も動かさず。書記職として、月ノ宮先輩の下で今まで以上に頑張っているそうな。

 あの事件の翌日、僕が朝教室へ行くと、鳴海さんがとことこと僕の方へ寄ってきた。そして小さな声で「ごめんね、ありがとう」と言ってきたのだが――――この瞬間、これを聞いていた周りの人達はどよめき、目を丸くし、大騒ぎした。

 なんせ、これが鳴海さんによる二年三組においての第一声であり、皆が聞いた初めての鳴海さんの声であったからだ。

 この大事件は朝のうちに学校中に知れ渡ることになり、同時に、僕のことまであちこちで噂が飛び交うようになってしまった。……まあ、迷惑でないと言えば嘘になるが、鳴海さんにとってはいい方向への変化だ。これくらいの心的ストレスなら、僕の良心に則り、我慢してみようと思っている。

 そしてそして、忘れてはならない、この事件の黒幕たる都度中先輩は、海外留学という名目で高校を除籍になった――――しかしその実は、アメリカの刑務所に収監されるということらしい。〈別位相〉とはいえ、何千という人間を『消し』た大犯罪者だ。懲役は五百年くらいだろうという話である。……まあ、組織の内部事情を白状することで、恩赦で、運が良ければ半分くらいにはなるかもしれないとのこと。

 とりあえず皆なるようになり、あの事件も落ち着くところに落ち着いたというところだろうか? ――と、そんな回想を巡らせていると、


「……おっと、そう言えば、忘れてましたわ」


 と、月ノ宮先輩は顎に手をやりながら、何かを思い出したような顔になった。

 僕が「何ですか?」と聞くと、


「この間のお礼です」


 と、顔をやや傾けながら僕に笑みを向けてくる月ノ宮先輩。


「あなたのおかげで予定より早く彼らを検挙できたというのに、事情聴取なり、風紀委員の職務なりで、あなたにお礼を申し上げる時間を取れていませんでしたね」

「ええ? ……そんな、いいですよ」


 助けてもらったのは僕ですし――――と言葉を続けようとしたのだが、その前に、月ノ宮先輩がすっと顔を近づけてきた。


「……ふぇ?」


 と、僕が情けない声を上げているうちに、さらに先輩の顔が近づいてきて――――左頬にキスされた。

 顔を離し、僕の顔をまじまじと見てきて、


「ふふ。本当に、ありがとうございました」


 と、少し照れたように笑う月ノ宮先輩。

 えっと……この前、保健室でされたときは右頬、今回は左頬。……これには何か順番でもあるのか? と思っていると、


「ふふふ。これで左右コンプリートですね。次また機会があれば、今度は真ん中にさせていただきます」

「真ん中? …………それって、鼻の頭、ってことですか?」

「さあ、どうでしょう?」


 月ノ宮先輩は悪戯っぽそうに笑った。

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