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第一話『Another Phase』――その二

 その二十分後、僕達はようやく学校にたどり着いた。

 辺りはこれでもかというほど闇色一色で、完全無欠の夜である。すでに閉まっている校門の鉄柱の間から中を覗いてみたが、ほとんど何も見えない。真っ暗な校庭の奥、周辺の住宅から漏れる明かりで、三階建て校舎がうっすらと照らされているだけである。

 僕は校門から一歩下がり、後方のつくみ先輩に向かって、


「……先輩、これじゃ何も見えませんよ」

「はっは。大丈夫だ。ちゃんと懐中電灯は用意してある」

「でも、そんな光をチカチカさせてたら、僕達がいることがバレちゃうじゃないです――」


 ここで、僕はようやく気付いた。


「――というか、そうですよ! そもそも、これ不法侵入じゃないですか! 校門も閉まってるし! 見つかったらシャレにならないですよ!」

「はっはっは。大丈夫、大丈夫」


 つくみ先輩は腕を組み、余裕たっぷりな笑顔で三度頷いた。


「『見つかる』という事象が発生する要因というのは、何も『見つけられる対象がそこに存在すること』だけではないのだ。それだけでは『見つかる』という事象は発生しない。もう一つの要因が必要なのだよ。それはつまり、『見つける存在がそこにいること』なのだ!」


 …………はあ。


「要するにだね、我々が学校に侵入したとしても、『我々を見つけるもの』がそこには存在しないのだ。だから、我々が見つけられ、叱咤を受けるという未来が実現する可能性はゼロなのだよ! だから、君の不安は杞憂以外の何ものでもないのだ!」

「……ようは、校舎内にはもう先生がいないから、大丈夫だってことですね」


 まあ確かに、先生がいなければ怒られないのは当然だろう。すでに七時半を過ぎているし、校舎の明かりはどこもついていない。先生は全員帰ってしまったのだろう。


「運のいいことに、我が天神岬高校には宿直制度は存在しないし、帰り際に裏庭の方の窓を一つ開けたままにしておいた。わざわざ窓ガラスをどうこうしなくても、進入が可能なように手配しているのだ――――ほら、時間がもったいない。さっさと入るぞ」

「……わかりましたよ」


 シッシと門をよじ登るよう促してくる先輩に、僕はやれやれと言わんばかりの声音で返事した。どちらにせよこれは不法侵入の一種であり、リスクが存在する行為ではあるのだが、まあ、国会議事堂やホワイトハウスへけしかけられるよりはマシだ。それに、ケーキをおごってもらった借りもある程度は返しておかなければならない。

 そんなわけで、僕はよっこらせと校門の鉄柱に手と足をかけ、登り始めた――――のだが、


「こらぁぁあああ!」


 突然、怒鳴り声が響いてきた。

 次いで、僕の視界が急にまぶしくなる。

 手で光を遮りつつその光源の方へ視線をやると、校庭の真ん中、懐中電灯をかざした人影がこちらに走ってきている。そのがっしりした体格と面長、スポーツ刈りのシルエットは何となく見覚えがある――――うちの担任の五橋教諭だ。


「お前らぁああ! そこで何してるっ!」


 影と足音と怒鳴り声がどんどん近づいてくる。

 ――や、やばい!

 僕は慌てて校門から飛び降り、教諭から死角になるよう、壁沿いに走り出した。前方を見ると、いつの間にか先輩は数十メートル先を走っている。僕を見捨てて一目散に先に逃げてたのか! この薄情者!

 僕もひたすら全力疾走。どうにか先輩に追いつき、右隣を併走しながら、


「せ、先輩! 見つかったじゃないですか!」

「ああ。まさかまだ教師が残っていたとは……。これは予想外だ」

「ど、どうするんですか! 捕まったら怒られますよ!」

「男の子が、何を今さら先生に怒られることを怖がっているんだ。みっともないぞ」

「じゃなくて、見つかったら親呼び出しは避けられないじゃないですか!」

「何だ? 親に怒られるのが怖いのか? まったく、君も女々しいったらありはしな――」

「――じゃなくって、小遣いが! 僕の小遣いが!」

「……何だ、結局金の問題か。やれやれ、君も俗物なものだ。先刻喫茶店に誘ったらホイホイついてきたものだから、少しばかり危惧はしてたんだ。あれも結局、無料で飲食できることを期待してのことだったのか。これで合点がいった」

「誘ったあんたが言わないでくだ――」

「――待ぁああてぇえええ!」


 再び、後方から怒号。

 首だけ回し振り返ると、五橋教諭が障害物走のようにひらりと校門を飛び越え、短距離走者のような走法でこちらに駆けてくる。さすが体育教師。やたらに速い。どんどん距離が狭まってきている。百メートルくらいあったはずのアドバンテージが、もはや半分くらいしかない。このままじゃ、追いつかれるのも時間の問題だ。


「せ、先輩、どうするんですか!」


 息も絶え絶えに、僕は先輩に解決策を催促した。


「あれ、うちの担任なんですよ! 捕まるどころか、顔を見られるだけで僕はヤバいんです! ど、どうにかならないんですか!」

「……やれやれ、しょうがない」


 先輩は走りつつも、口をへの字にして苦笑いをした。そして壁の角にたどり着くと、九十度方向転換。またも壁沿いに走り続ける。

 僕も慌ててそれに倣った。

 再び五橋教諭が完全に見えなくなったところで、


「よしっ、ストップだ。ここで行こう」


 突然、先輩が立ち止まった。

 僕はわけもわからず急ブレーキをかけ、


「な、なに止まってるんです! 早くしないと、お、追いつかれ――」

「いいから黙っていろ」


 不遜な声でそういうと、先輩はおもむろに首の裏に手を持っていった。そして襟首のところからスルリと、何か細長いものを取り出す。暗いせいでその細部まではよくわからないのだが、目を凝らしてよくよく見てみると、見たことはあるが決して見慣れてはいないフォルムをしている。黒光りしている鞘に黄金色の鍔、そして縄を巻きつけたような柄。〈そう〉見ると〈そう〉としか見えなくなってくるのだが、いや、まさか、そんなわけないと思いつつ、とりあえずの確認として、僕は、


「……それ、もしかして刀ですか?」

「はっは、そんなわけないだろう」

「あははははは。そりゃそうですよねえ。そんなわけないですよねえ。分かってましたけど、一応言ってみただけです。あははは。まさか、先輩がそんな凶器を所持してるなんて、そんなわけ――」

「――これは小太刀だ」


 先輩は至極誇らしげな顔で、そのブツを見せびらかせるように僕の顔に近づけてきた。


「ここまで反っている刀が打刀であるはずもなかろう。それに、明らかに短いじゃないか。太刀でさえ、あたしの背中に入りきるわけがない」


 ――余談だが、この時点でようやく僕は、この加賀野つくみという先輩が、冗談なんかでは済まないほどにヤバいということを認識したのだった。この瞬間に逃げ出していればもしかしたら間に合ったのかもしれないが、そんな発想すら浮かばないほど、この時の僕の脳はフリーズしていた。


「まったく、そんな見分けすらつかないとは。ここで君に日本における刀剣の発展の歴史を講釈してやりたいところだが、いかんせん今は時間がない。さっさと行くぞ」

「…………い、行くって、どこへ?」

「〈反位相の世界〉だ」

「……はんいそー?」


 僕はオウム返しで尋ねた。

 しかし先輩は僕の疑問を聞き流し、そのままその小太刀を頭上に振りかざす。そして僕がポカンと眺めている目の前、何の前置きも説明も無しに、先輩はその刃をまっすぐ振り下ろした。その鋭い剣筋とびゅんという風切り音にもびっくりしたのだが、それ以上に僕が驚いたのは、なぜか、なぜか――


 ――剣筋の軌跡が、青白く光り輝いていること。


 明らかに、空中たるその〈部分〉が光を放っている。頭を動かして色々な角度で見てみたが、間違いなく空気が輝いている。まるで火の玉や蛍の集合体のように、光が宙に留まっているのである。


「……え? こ、これ、なんです?」

「説明は後だ。早くそこをくぐれ」

「くぐるって、こ、ここをですか?」

「そうだ。早く。時間がない」

「いや、くぐるって言っても、一体何が――」

「早く――――行け!」

「いたぁ!」


 これ以上ないほど不親切に背中を蹴り飛ばされた僕は、勢いそのまま、


 その青白い光の中へと入っていったのだった。

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