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第三話「The conflict」--その五

「貴様ら、女性を二人、外に長時間待たせるとは、何事だ!」


 僕と辺乃先輩が店外に出ると、早速ぶすっとした表情のつくみ先輩にやんや言われた。


「あまりにも時間をかけすぎだ! こういう時は、普通、可能な限りの最速で用を足してくるのが礼儀だろうに! 常識だろうに! まったく、女性の扱いがなっとらん! まったくなっとらん! 男の風上にもおけん! 今回は運よく通行人が少なかったからよかったものの、これがいつもなら、ナンパの数十人が群がってきて、人だかりができてるものだ! その中にもし目ぼしい男がいれば、そいつにエスコートさせていたかもしれない! 貴様らが戻ってきたら誰も待っていなかったというオチもなきにしもあらずだぞ! その辺の危機感をちゃんと持たねばならんぞ!」

「…………え、先輩って、ナンパとか、されたことあるんですか?」

「し、しし、失敬な! あ、朝風君! まこと失敬だな、君は! 失敬で失敬で失敬だ! まったく、あたしを視界において、声をかけたいと思わない男などこの地球上に存在するわけがないだろう! 単に、あたしが来るなという視線を送っているから来ないだけであって、もしあたしがそこはかとなく穏やかな心持で待っていたなら、それはもうわんさかと――」

「――ようは、ないんですよね」


 僕は嘆息した。

 いや、まあ、先輩の見てくれが麗しいのは特に否定はしないけれど……。多分恐らく、その変人オーラまではうまく隠せてないんだろう。別に理屈はないけど、パッと見で厄介そうだというのは何となくわかる。


「と、ともかく、早く駅にいくぞ! ほら!」


 つくみ先輩はぷいっと、駅の方に歩き出した。

 ――その時、

 僕の横を一人、うちの制服を着た人が通り過ぎた。

 もしかして知り合いかも、とその人を目で追って行くと、その横顔は確かに知っている顔だった。知り合いの顔だった。毎日見ている顔だった。ボブカットで、アイマスクになりそうなくらい前髪を伸ばした女子、

 ――鳴海さんだった。

 その表情はいつも通りの伏目の渋面。まるで葬式帰りかと思うような歩き方だった。


「…………」


 鳴海さんだと気付いても、別に声をかけるほど親しいわけでもない僕だ。視線で追いかけはするが、黙ってその後姿を見送った。

 と、立ち止まって黙り込んだ僕を不審がり、僕の目線の先を見やり、そこに一人の女の子を見つけた上弦さんがぽつりと


「――あ、鳴海先輩」


 と、さも旧知の人を懐かしむように、呟いた。

 僕は吃驚した。思わず上弦さんの方を振り返った。

 上弦さんは奇異そうな目で鳴海さんの後姿を見つめ、


「あー、久しぶりに見た。鳴海先輩。……こんなとこで何やってたんだろ?」

「…………知ってるの?」


 僕はぽかんとしたまま、上弦さんに尋ねた。


「ええ、まあ」


 上弦さんはこくりと頷く。


「ご近所さんです」


 ……近所?


「家が三つ隣だったんです。親同士も付き合いがあって、小さい頃はたまに遊んでもらいました。小学校の時は、同じ班で登校してましたし。幼馴染みたいな感じです」

「……そ、そうなんだ。……実はあの人、僕のクラスメイトでね。とんだ偶然だね」


 まあ、同じ高校に通ってるなら、なくもない話だろうか。狭い社会ほど、友達の友達は友達になりやすいものだ。


「しかし、鳴海先輩、久しぶりに見ましたけど、ずいぶん落ち着きましたね」


 ――落ち着く?

 その真新しい表現に少し引っ掛かりを覚えていると、上弦さんはさらに、僕にとって驚愕でしかない、とてもじゃないが信じられない、冗談にしか聞こえないようなことを、さも当然のように、何ともなしにぽつりと言った。



「――ついこの前まで、あんなに〈天真爛漫な人〉だったのに」



「…………はぁ?」


 聞き間違いじゃないかと――――いや、聞き間違いだと思った。僕の知る限り、この数カ月同じ教室で過ごしている僕のすべての観察眼を賭けたとしても、とてもじゃないが同意しかねる表現だった。

 天真爛漫

 教室で何一つ話さない、言葉を発しない、空気を震わせない彼女をして、どこをどう肯定的に取れば、そんな表現ができるというんだろう? 僕だって辞書的な意味を暗記してるわけじゃないが、それでも笑顔一つ見せない、笑い声一つあげない人に対して、これほど当てはまらない四字熟語もない。

 人違いじゃないか――――いや、人違いだと思った。


「……何ですか、朝風先輩。その腑に落ちないような顔は?」


 僕が口を半開きにしているのをいぶかしむように、上弦さんが、僕をねめつける様な顔で言ってきた。


「あの人には、私、ほんとによくしてもらったんですから。……先輩がクラスでどう扱われてるのかは知りませんが」

「え、いや、でも、鳴海さんて、その、クラスだと物凄く静かで、何というか、口数も少なくて、どっちかというと引っ込み思案というか、その……」

「……ふ~ん」


 上弦さんは、鳴海さんが去って行った方角をみやり、

「……じゃあ、やっぱり、あの噂は本当だったのかも」

「噂?」

「はい。……いや、私も詳しくは聞いてないんです。中学の時引っ越したんで、近所付き合いもなくなってしまったんですが。……でも、うちの母親がどこかから聞いたみたいなんです」

「何て?」


 上弦さんは言い淀むような顔で、



「鳴海先輩のご両親――――『失踪』してるみたいなんです」

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