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第三話「The conflict」--その四

 会計を(僕一人が)済ませ、皆で駅に向かおうと店を出ようとしたのだが、その間際、僕は皆さんに待ってもらってちょっとばかしトイレに寄った。……まあ、皆が食事を食べ終わるまでの一時間弱、僕はずっとジンジャーエルを飲み、その氷までも食べきったのである。体が今すぐ水分を体外に出したいと欲しても無理のない、栓のない話だ。数分三人を待たせたとしても、僕にはまったく罪悪感は芽生えなかった。

 というか、実際に待たせたのは二人――――辺乃先輩もついてきた。そしてついてきたために、この先輩と密室で二人きりで横並びなんていう、何だか気まずい機会が僕に訪れてしまったのである。


「…………」

「…………」


 二人とも無言という、とてつもなくどうしようもない空気。……これは、僕が辺乃先輩からつくみ先輩を強奪してしまったかのような構図が出来上がっていることに対する追い目のせいで、僕だけが勝手に感じてるものなんだろうか? もしくは、単純にこの先輩の性格諸々に対する苦手意識に起因してるものなんだろうか?

 この空気を打破するには、たとえ興味が無くとも場が繋がりそうな話題を振るのが妥当な策なのだろうが、しかしどうにも話題が何も思い浮かばず、どうしたものかと思っていると、


「……貴様には、何か思い当たる節はないのか?」


 ふいに、辺乃先輩の方が口を開いた。

 しかし僕は、咄嗟にこの質問の意味が理解できず、


「え? ……思い当たる節? って、何の、ですか?」

「加賀野がお前を引き入れた理由だ」


 辺乃先輩はチャックを閉めながら、僕の問い返しに答えてくれた。


「あいつは、一体お前の何を必要として、引き入れたと感じている?」

「必要、ですか……」


 僕は三秒ほど考え込み、


「いえ、まったく」


 と答えた――――答える他なかった。びっくりするくらい何も思い浮かばなかった。


「別に、僕がつくみ先輩に役に立った覚えなんてありませんし」

「……ふん、そんなもんか」


 辺乃先輩はハンカチを口に咥えながら手を洗い始めた。

 ――ふーむ、どうやらこの先輩、つくみ先輩が僕を引き入れたことを相当根に持っているらしい。本人に聞いても埒があかないので、ついに僕自身にまで聞いてくるとは。口ではあれだけけなし倒しているのに、いざ別の人間と組んだらそこに不満を爆発させるなんて、これが俗に言うツンデレというやつなんだろうか? まったく、つくみ先輩と辺乃先輩、仲がいいのか悪いのかよくわからない関係だ。もしかしたら本人達にすらよくわかっていないのかもしれない。

 と、そんなことをつらつら考えていたせいで、話が途切れてしまい。トイレは再度無言になってしまった。水のじゃーじゃー言う音だけが響く。

 この時間に瞬く間に耐えきれなくなり(月ノ宮先輩の時もそうだったが、どうやら僕はあまり面識のない人と同じ空間で無言で過ごすというのがすこぶる苦手なようだ)、


「……辺乃先輩って、もしかしつくみ先輩のことが好きだったりするんですか?」


 と、思わず聞いてしまった。聞いた直後、ああ何てバカなこと聞いてるんだと自分で反省したが、しかし発した言葉は戻るわけもない。

 再び無言が生まれ、何か取り繕った方がいいのかと迷っていると、


「……ふん。『好き』の解釈にもよるな」


 手を洗い終えた辺乃先輩が、手をハンカチで拭きながら答えた。


「例えばそれが異性的な、という意味ならもちろんNOだ。あいつにそんな魅力を感じた覚えは一度もない。今後覚える期待もまったくない。それは恐らく都度中も同じだろう。……特に奴は、周囲に群がる女子も結構な数がいると聞く」


 そうなのか。……まあ、わからないでもない。財閥のお嬢様、月ノ宮先輩と並んでもまったく見劣りも遜色もない人だ。つまりは「そういうレベルの人」だということだ。


「そんな男が、その中で殊更加賀野を特別視する必要もないだろう。しかし――」


 ここで、辺乃先輩はくるりと僕の方を振り返ってきた。


「――奴の『才覚』となれば話は別だ」


 何やら、僕を問い詰めるような口調で語る辺乃先輩。何だか怒られてるような気分になってしまった。

 目と目が合い、僕は思わず直立不動になる。

 そんな僕から、辺乃先輩は目を逸らすことなく、


「学年が異なる貴様ではまだ把握しきれていないだろうが、奴の『記憶力』『計算力』『反射神経』『動体視力』『複写能力』その他諸々のいわゆる『才能』は、他者とは別格だ。特に三年前、あんなへらへらすることなく、その能力をどれだけ鋭利に発揮するかにだけ腐心していた頃のあいつは、な。これでも小学の頃は神童とさえ呼ばれていた私が、あいつには恐れをなしたものだ。どれだけ自分が中途半端かと、散々思い知らされた。あいつはとても中学の試験になんて出てきようのない本ばかり読んで知識を貯めていたからな。公的にはどうにか『天才中学生レベル程度』に収まっていたが、その実はそれ以上だったはずだ」

「……そんな、だったんですか」

「ああ。今のあいつからでは想像できんかもしれんがな。しかし敵対するならともかく、〈ワールド・マテリアル〉探しとなれば話は別だ。あれ以上心強い存在もいない。私が指揮を取り、奴が分析・探索を行えば、少なくとも一カ月程度で発見できる目算だ。だからどうしても欲しい人材だった」


 ここまで言い終えると、辺乃先輩はハンカチをポケットにしまい、ドアに手を掛けた。その時、ふふ、と半ば自嘲的に笑い、


「……というのは建前で、純粋に妬いているのだよ。あの天才に魅入られた君に、な」


 と独り言のように言って、先輩はトイレから出て行った。

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