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第三話「The conflict」-ーその三

 四人で入ったファミレス。そこでみんなが注文したのは、

 つくみ先輩――――天丼セットと白玉ぜんざい。

 上弦さん――パスタのランチセットにミルクティーにチーズケーキ。

 辺乃先輩――焼肉定食にコーラフロート。

 しめて四千二百八十円。…………こんな時に限って、皆さんたらふく食いなさる。というか、ありえない。絶対ありえない、この金額……。四千円だぞ、四千円。マンガ本が十冊買える。学校で生活指導の先生に相談すれば、難なくカツアゲ認定してもらえるレベルじゃないだろうか?

 人の金で食べる食事は格別なんだろう、実に幸せそうな顔で顎を動かす三人。僕はジンジャーエルをストローですすりながら、その様を憮然と見ていた。


「…………なんで、なんで僕が三人分も、よりによって昼食をおごらなきゃならないんだ……まったく……おまけに二人は上級生だし……そもそも罰ゲームなんて聞いてなかったし……もうっ……」

「まったく、いつまでもぶつぶつぐちぐちと。男らしくないぞ、朝風君」


 ナプキンで口を拭いながら、つくみ先輩が僕を諭すような口調で言ってきた。


「君も男として生まれてきた以上、どうせこの後の人生で総額何十万も女性に奢ることになるのだ。貢ぐことになるのだ。……いや、婚約指輪や結婚指輪も含めれば何百万にもなるだろう。何百万だぞ、何百万? そのうちのたかだか数千円など、わずかなものだ。一パーセント未満だ。比較にならんほどに安いもんだろうに。そんなものにぐちぐち不満をまき散らして、そんな心が狭いようでは、上司としてあたしも恥ずかしいことこの上ない」

「いや、今の僕のお小遣いからして、数千円ってのは相当に大き――」

「――というか、悠長に奢られてる場合ではないっ」


 唐突に、辺乃先輩が叫びながらテーブルをどんと叩いた。その振動で僕のジンジャーエルが倒れそうになり、僕は慌ててコップを押さえる。

 その様に驚いたつくみ先輩と上弦さんが、まるで病人でも見るような顔で辺乃先輩を見やった――――というか、奢られてる場合ではないんなら奢られるなよ、と僕が思ったのは言うまでもない。

 辺乃先輩は再度どしんとテーブルを叩き、


「今日私がわざわざここまで足を運んだのは、別にこんな優雅にランチを食べるわけではないのだ。もちろん上弦君を見守る意味もあったのだが、それ以外に一つ、聞いておきたいことがあったのだ」


 腕を組み、何だ、と問い返すつくみ先輩。

 辺乃先輩は僕の方に人差し指を向け、


「――貴様は、どうしてこいつを仲間に引き入れたんだ?」


 と、若干前のめりになりながら尋ねた。


「今までの二年間、私の勧誘も、都度中の勧誘もにべもなくつっぱね、一人で〈ワールド・マテリアル〉探しに勤しんでいた貴様が、どうして今頃になってこいつを仲間に引き入れたんだ? どうしてこいつだったんだ? というかそもそも、貴様とこいつは一体どういう知り合いだったんだ?」

「…………ほう、あたしと朝風君の馴れ初めを聞きたいのか?」


 つくみ先輩はふふんと笑い、何やら嬉しそうな顔で顎の下で手を組んだ。


「ふん、まあ、そこまで言うなら話してやらんこともないが。これは偶然――あるいは必然――ある種の運命と言っても過言ではないな。まあ、俯瞰的に見れば、しがない単純なる偶々でしかないのだが」

「偶々?」

「そう、そうだ。…………あれは二か月前の放課後、あたしは駅近くの喫茶店で一人、お茶をしていたのさ。窓際の席に座り、文庫本片手に、ミルクティーの香りと味を優雅に楽しんでいたのだ。……ああ、ちなみその時読んでいた本と言うのはだな、あの――」

「――いいから先を話せ」


 煩わしそうに手を振って、先を促す辺乃先輩。


「ふん、まあそうせっつくな、辺乃。ちゃんと細部まで話してやるから――――ともかく、あたしは喫茶店で一人、読書をしていたわけさ。そして中ほどまで読み終わり、一息つこうと本を閉じた時に、ふと、レジの近くでやたらとうろたえる男子生徒を発見した。何やら困った顔で、ズボンや上着のポケットをがさごそとまさぐっていたのさ。……ふん、まあそんな様を見れば誰だってすぐわかるだろう。ああ、この子は恐らく、財布を忘れたままでここで飲食してしまったに違いない、と。おまけに制服から学校はばれているのだ、苦情の電話が学校に行ってしまう可能性だって決して低くはない。色んな人に怒られる。そりゃ慌てるのも道理さ。……ふふ、まあ、ここの店長の判断に任せてもそれはそれでよかったのかもしれない。しかしノーベル平和賞に来年あたりノミネートされるのではないかと噂されるほどの慈悲と優しさを備えたあたしだ。どうしてもそれを無視できなかった――――あたしは本をカバンにしまうと、伝票片手にレジへと向かった。そしてその少年の横を通り過ぎたその時、『これで足りるかい?』と、財布から取り出した千円札二枚をひらりと渡したのさ。あたしはそのまま会計を済ませて店を出たのだが、その少年が追いかけるように店から出てきて、『あ、ありがとうございます! た、助かりました! 本当にありがとうございます! ……あ、あの、もしよかったら、おお名前だけでも――』と言うもんだから、あたしは微笑と共に『ふふ。特に名乗る程の者ではな――』」



「――いい加減にしてください」



 今度は、僕がつくみ先輩の言葉を遮った。つくみ先輩の顔をねめつけながら、


「……その話、一体何の小説からの引用ですか?」

「…………引用? バカな、何を言っているんだ、朝風君。これはれっきとしたノンフィクションであり、実在する人物、団体、組織名に大いに関係して――」

「『喫茶店』という以外、何一つ合ってないじゃないですか! …………いや、そもそも初見は駅のホームだったんだから、それすら違ってます! もう、何もかもが違いますよ!」

「…………そ、そうなのか?」


 辺乃先輩がうろたえたように僕に聞いていた。……どうやらこの人、先輩があまりにもすらすら話すものだから、今の話を信じてしまっていたらしい。そもそも、つくみ先輩の過去話にこんな雅な一コマなんか、ミクロンほども混入するわけがない。ちょっと考えればわかるだろうに。

 僕は嘆息し、


「そうです。違います。単に僕は、駅のホームで迷惑なキャッチセールスが如く、半強制的に勧誘されたんです。結果僕がつくみ先輩の部下になっているのも、ただの悲劇としか言いようがありません」

「悲劇とはなんだよ、あたしのげぼ――――こほん、部下になって何のどこが悲劇だというのだ?」

「……明らかにそこの伝票が悲劇的なことになってるじゃないですか」


 僕の反論に、つくみ先輩は当の伝票を見やり、むうと唸った。……今の流れからして、先輩が『しかたない、ここの奢りは無しにしてやる』と提案してくれる展開もあるんじゃないかと思ったが、先輩は黙り込んだままだった。撤回する気はさらさらなかったらしい。……まあ、僕だってあまり期待はしてなかったけど。想定通りと言えば想定通りだ。

 辺乃先輩はけほんと咳ばらいをし、


「……いやまあ、勧誘方法についてはほぼ私の予想通りだが、しかしまだ一つ疑問が残っている――――どうして貴様は『こいつ』をわざわざ仲間に引き入れたのだ?」


 と、僕を指さしながら再びつくみ先輩に問いかける。


「私の誘いを断り、都度中をつっぱね、どうしてわざわざこいつを選んだ? 私と都度中になくて、こいつにあるものとは一体何だ?」

「ふん、貴様にしてはやけにつっかかるな、辺乃」


 口をへの字にして腕を組むつくみ先輩。


「――しかし、貴様になくて、朝風君にあるもの、か……。ふむ、改めて聞かれると、難しい」

「じゃあじゃあ! 聞き方を変えるが、私や都度中が貴様にとって組むに値しない、いわばその他大衆と変わらない存在だったとして、この朝風後輩が貴様にとって特別だった部分とはどこだったのだ? どういう意味で、こいつは貴様にとって特別だったんだ!」


 前のめりになって指さし、さながら法廷で被告人を追及する弁護士のような体になる辺乃先輩。


「あたしにとってこの朝風君が特別だった理由、か。……ふむ、そういう質問なら、あたしにも、解答はわからないでもない、が、しかし、うん、それはまあ、なんというか、その……」


 つくみ先輩は珍しくも若干目を泳がせ、


「う~~ん、何と言ったらいいのか、どう説明したらいいものか、つまり、なんだな、その――――ふふ、あまり野暮なことを聞いてくれるな」


 何やら照れ笑いのような顔になった。

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