69 総代長の家
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「・・・葵ちゃんさ、高柳さんとうまくやれてる?」
歩を進めながら、祢宜さんがぽつり、とそんなことを聞いてきた。
え?と思って、祢宜さんの顔をまじまじと見返すと、祢宜さんがとても優しい顔でこちらを見る。
「七五三の時、ちょっとごたついたって聞いたのよ?だけどうまく納めたとも」
「・・・お祈りをして、神様に働いてもらったお陰ですかね・・・」
黒い靄があったこと、それに対処したことを私は祢宜さんに話した。
由岐人さんがらみの話はこの際いいよね?多分、知ってるんだろうから。
「総代長から聞いてるわ。恵理ちゃん、邪気を持ってたって」
「はい・・・でもお蔭様で、その邪気?ですか、それが消えた後は落ち着いて過ごされていたので。・・・謝ってもらえましたし」
「う~ん、なるほど」
「でも、その後、バイトで一緒になるかな、と思ったんですけど、高柳さん、来なかったですね?」
よろしくってお互いに言い合ったのに、あれからバイトで一緒になることはなかった。しばらく休む、という話だったのだ。
「色々あるのよね、恵理ちゃんも。頭もいいし、素直なんだけど、思いつめちゃうところがあるから。」
え・・・それって、こないだのこと反省してってこと?
もういいのに。
私が眉を寄せ、深刻な顔をしてしまったからなのか、祢宜さんは慌てて手パタパタと否定するように振った。
「違うのよ、葵ちゃんとの事じゃなくて。あの子、もともと抱えてることあるのよ。だから、そう、ね・・・うちの巫女長たちはちょっと手を焼いてるみたいだったけど、葵ちゃんなら、いい関係ができるかな、って期待してるのよ」
「?・・・そうなんですか?」
よくわからないまま、首をかしげる、と、その首の角度から、祢宜さんの肩越しに大きな看板が見えた。
『㈱小島勉土建』
おおっと、自分の名前を全部入れてる・・・総代長の勉さん・・・のなんだろうな、多分。
「あれ、勉さんとこの家、ですか?」
祢宜さんが私の問いににっこりと頷く中、私は呆気に取られてその看板の場所を見つめた。
・・・でかい。
ほんとのお屋敷ってやつだ。
大きな看板のつけられたブロック塀が目の前の高台の頂上をぐるりと囲むようにして存在を主張する。
・・・え、あの台地、全部勉さんとこのって事なの?
見た目、城みたい。
それこそ天守閣、はないけれども。
二階家の大きな日本家屋がその塀の奥に見える。大きな庭園のようなものも。
「あの屋敷が家で、その奥に勉さんの建築会社の建物もあるのよ。そして、あの屋敷そばに小さな二階家があるんだけど、そこに高柳さんが住んでるんだ」
「・・・・お、大きいですね」
「昔からの地主さんだからね」
最初の御札を配る場所は、総代長さんの家だったのだ。
屋根付きの門の家をくぐることになるなんて思いもしなかった。
祢宜さんと二人、勉さんの家の玄関前に着き、呼び鈴を鳴らすと、すぐに勉さんの奥さんが現れた。
勉さんの風貌からはおよそ想像がつかない、穏やかで、品のある素敵な奥さんだった。勉さんは体調が悪いという高柳さんを見舞ってる最中だという。
体調が悪い、と聞いて、私も祢宜さんも顔を見合わせる。
祢宜さんが、高柳さんのいる離れに行ってもいいか、と尋ねれば、奥さんは了承してくれ、勉さんにも電話を入れてくれたみたいだった。
祢宜さんが手慣れた様子で、三枚の神札の組み込みと、竈神の紙札を奥さんに渡すと、奥さんは用意していたトレイから御札へのお供えを渡してきた。
なるほど、そうやって渡すんだ・・・。祢宜さんのやり取りを見守り、奥さんに頭を下げると、私達は、離れへと向かった。
「おうおう季子ちゃん、江戸幕府!御札配りに来てくれたんだなあ。ありがとなあ」
離れの玄関口で声をかけようとするや、いきなり、その戸が開けられて、勉さんが出てきた。
うん、だんだん、幕府もどうでもよくなってきたな。
「御札は奥様に渡しておきましたよ。恵理ちゃんの具合はいかが・・・です?」
様子を伺う祢宜さんの声が途中で緊張を帯びたものになった、と同時に私も強い力を感じを受けて、祢宜さんに目で訴える。
祢宜さんが黙って頷いた。
「今、寝てんのよう。最近どうも調子が悪いようでなあ。食も少し細くなって、弱ってる。医者はどこも悪くないっていうし・・・まいったよう」
「恵理ちゃんに会っても?」
「構わないよう。でも、起きないと思うけどな」
・・・なんだろう、この感じ。黒い靄の感じとも違う、悪いもの、という気持ち悪さはないんだけど、ひどい圧迫感を感じる。
勉さんに案内されて、高柳さんが寝ているという部屋へと通された私たちは、その妙な感覚が、その部屋にあることを察した。
「・・・・恵理ちゃん?」
祢宜さんがそっと、高柳さんの額に手を当てた。
「・・・っ!」
「祢宜さん!?」
祢宜さんがぎょっとしたように額にあてていた手をさっと放した。
なんだか弾かれたみたいに見えたな・・・。何か感じたんだろうか。
「・・・勉さん。体調が悪いのはいつごろからですか?」
「5日くらい前かなあ。熱もないんだけど、寝たきりでねえ。たまに起きて自分の事はできるんだけどね」
「・・・・」
祢宜さんが少し難しい顔をしている。なんだろう。
私が祢宜さんの様子を伺っていると、祢宜さんははっと我に返ったように、私の顔を見た。
「・・・よくなるように、葵ちゃん、お祈りしましょうか」
「お祈り、ですか?」
「神様に、・・・サキナミノミコトに祈って。ここで。恵理ちゃんの体調がよくなるようにって」
祢宜さんは私の扇の巫女としての力を使えと、暗に言ってるのだと思った。
黒い靄に感じたような、悪い気配じゃない。
でも。何かがおかしい。
押さえつけられるような感覚が、確かに高柳さんの方から伝わってくるんだ。
「わかりました」
私は言われるままに祈り始めた。
どうか、高柳さんの体調がもとに戻りますように。
どうか、お願いします。
・・・・かなうならば・・・高柳さんが回復したら、共に協力して、仕事につとめ、皆に喜んでもらえる動きをしますから、と。
そうそう、お願いするときは、条件をつければ、神様がより働きやすくなるんだよね。目をつむり、集中すると、脳裏に声が聞こえてきた。
『葵・・・どうした?』
由岐人さんの声、だ。由岐人さんの中のサキナミ様の力が応えてくれたんだろうか。
「高柳さんの体調がよくなるように祈っているんです」
『?・・・それだけ、か?』
「え?」
『何か強い力に対抗しているように感じる・・・大丈夫か?』
由岐人さんの心配そうな声とともに、ふわりと、熱い力が手に集まってくるのを私は感じた。
神様の力か、由岐人さんが流してくれたサキナミ様の力か、それはわからない。ただ、そうすることがよいのだ、と分かっているかのように、私はその力が集まったと感じる手で高柳さんの額から体にかけて、そっと辿った。
「・・・一色、さん・・・?」
「おう、恵理、目が覚めたのかよう」
高柳さんの目がゆっくりと薄く開かれた。私の名を呼んでくれたけど、まだ眠そうだ。
「助けて・・・一色、さん・・・」
え?高柳さんの手がすうっと伸びて私の手を取った。
「高柳さん?」
私が高柳さんに声をかけようとした時だった。
「!!」
バチン!と何かがぶつかったような感じが自分の手の中に残った。
高柳さんの手と私の手が反発するように、離れた。
「何・・・いまの」
『なんだ、今の!』
祢宜さんが緊張した面持ちで、私の手を握る。
どこかで由岐人さんも今の感じを受け止めてくれたみたいだけど。
どう、感じただろう。
私には突き放されるような、感覚が残っていた。少し畏怖感のようなものを感じていた。祢宜さんが握ってくれた手をじっと見て、私はそのままぎゅっと手を握りしめた。手の平に感じた強い何かを確かめるように。
見れば、高柳さんは、再び眠りについている。
「祢宜さん」
「・・・ただの体調不良でもないみたいね。」
祢宜さんの顔が険しい。いったい、今のは何だったのだろう。
祢宜さんは、また高柳さんの様子を見させてほしい、と勉さんに伝えた。
サキナミ様を知っていて、邪気を語った総代長さんは何かを察したのか、了承してくれ、よろしく頼む、と祢宜さんに頭を下げていた。
祢宜さんは難しい顔のまま、私と共に小島邸を後にした。




