白袴の出仕録 3
4月の忙しさに浮ついて。落ち着かない日々を送っております。更新の間が開いても、読みに来てくださっている方がいることに心より感謝申し上げます。
今回は桐原回です。
今まで桐原は・・・としてましたが、今回は名前呼びでさせてもらいました。
前に書いたのは替えるかどうか、ちょっと検討します。
『常春兄さんが、東京に来ているみたい』
東 嘉代のメールの一文に、由岐人は嫌な予感しかしなかった。
東司 常春。桐原の3年年上の先輩にあたる。嘉代の従兄だ。
北陸の大社の後継者。杜之学院の大学を卒業した後、そのまま実家に帰り、現在は権禰宜として勤めていると聞いていた。
目下、絶賛、嫁募集、という事も。
それに絡み、由岐人は友人である嘉代ともども、厄介ごとに巻き込まれた過去がある。
嘉代は社家出身者ではない。しかし、常春の後継する予定の神社の大宮司、つまり、常春と嘉代の祖父に特に可愛がられた。
それもあって、嘉代は神社で働くことに興味を持ち、近くの幸波神社での縁が出来たのだ。
当時、嘉代自身は特にこだわりなく、楽しく勤めはじめた巫女のバイトだったが、親戚はそうは見てくれなかった。
『東司の後継者候補になろうとしている』
そんな事が囁かれたころ、常春はちょうど上京中で、杜之学院に身を置いていた。
『東京にいる後継者は近くにいる従妹の嘉代と婚約予定のようだ』
そんな話が勝手に東司家の周囲で言われるようになってしまった。
挙句、常春の様子を見に来た親族が、それを確認しに、幸波神社まで来る事態に及んだのだ。
当の嘉代には全くその気がない。
あることないこと言われ、窮屈な思いをした嘉代はつい、友人、由岐人を利用してしまった。偽装の恋人という役柄でである。
これが後に巫女のバイトで来ていた高柳をごまかす一つのネタにもなったわけだが、そこから、常春本人も参戦してきて、色々と面倒な話になってしまったのだ。
常春はかなりの美形だ。線が細く、生まれついての赤毛かかった毛が柔らかな感じを出していて、物腰も丁寧、まるで王子のような雰囲気から、女性に人気がある。
常に女性に囲まれているような状況にあって、それでいて、相当の女たらしでもある。
昔馴染みである嘉代に悪い思いはなかったものの、そういった常春の背景から来るプライドが、由岐人の存在に、火をつけるようになってしまったのだ。
やがて、常春は、後輩の由岐人に異常な対抗意識を示すようになった。
由岐人も当時は、葵と出会う前。片っ端から女の子に声をかけていた時期だ。それも相まって、いつしか、当初の要因であった、嘉代を差し置いて、何かにつけての常春VS由岐人の競争を生み出すようになってしまっていた。
由岐人は当時を思い返して深々とため息をついた。
嘉代には想い人がいる。それが、どうにも難しい相手で、叶わぬ存在だと、由岐人は聞いている。
そしてそれは由岐人でも常春でもない。
何かの拍子で、常春はその存在と、それがどういう人間なのか察したらしい。
由岐人はそこまでの詳細を知らないのだが。
しかしながら、それをきっかけに、常春は嘉代をすっぱりと諦めたようだった。
と、同時に由岐人は知らない、という事実に優越感を感じたのか、由岐人との競争からも離れていった。
だが、常春の色々な噂は北陸に帰った今でも流れ聞いている。
なにせ、大きな神社の後継者だ。早いうちの結婚を周囲から望まれる。
もてすぎるのも問題なのか、えり好みをしてるからなのか、候補者は数多くあれど、なかなか決まらないという話も聞く。
そこにきて、の上京だ。
杜之に関わる有能な女子神職でも見つけてくるつもりじゃないか、と由岐人は勘ぐった。
と、大切な葵の姿がその時、ちらりと脳裏をかすめた。
自分に対抗して、葵に声をかけるようなことがあるのではないか、と。
あくまで、の推測なのだけれども。
自分の狭量さになんとも複雑な気持ちになる。
本来の常春の用件はわかっているのだ。
嘉代から聞いているのだが、神職の資格を持つようになった従妹の嘉代の査定と様子伺いに来たのだ、と。
嘉代は杜之学院卒業の神職ではない。幸波神社の推薦を受けて、京都の神職養成の学校で、資格を受けてきている。
今のところ、嘉代は北陸に行くつもりも全くないのだが、東司の一族は、嘉代が常春の下、兼務社をいくつか持てるような立場になれるのか、範疇外で資格を身に着けたことも併せて、気にしているらしい。
常春も嘉代が来るつもりがないのを承知の上で、親族の言葉のまま、一応の動きを見せなければならない立場で動いているということも、聞いた。
それだけが本義ならば問題ないのだけど。
そう、由岐人は思い過ごしていたのだが、念には念をと、常春が来るであろう日程を嘉代から聞き置いて、幸波神社に来会する際の予防線も引こうと、そう思っていた。
その矢先。
嘉代から慌てたように電話がかかってきた。
メールだけのやりとりの嘉代が電話をしてくるのは珍しい。
「ごめん、桐原。常春兄さん、葵ちゃんに会いに行ったみたい」
杜之学院の高等部に行った、というなら、分かる。
それを葵ちゃんが、と嘉代があえて言ってくるところに危惧を感じた。
慌てて、葵に電話をすれば、もう会った後。
常春は勘がいい。
多分、どこからか、葵の噂を耳にしたのだろう。珍しい高等部への編入生の話だ。葵の話を聞いて、何か感じ取ったのかもしれない。
何もなかった、とのことだったが、本当に嫌な予感がした。
幸波神社に葵と配達に行った際、常春が葵をいたく気に入った様子なのをまざまざと見て、必死に葵を引き寄せた。
更に。
常春がこの年末年始を助勤しながら、幸波神社で過ごすと聞いて、由岐人は頭痛を覚えたのだった。
ああ、穏やかに、年を迎えたい。
そう祈念して、由岐人はもう何度となく吐き出しているため息を今一度、深々と吐いたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




