66 正月前の求人募集
じわじわ来るブクマの増加と。評価の増加と。
じわじわありがとうございます。
私の為に書き始めた文が、こうして読まれていることへのありがたさに感謝を。
いつもありがとうございます。
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身構えていたほどの事にはならずに済んだ、高柳さんとの一件から、後。
高柳さんはしばらく、バイトを休むと連絡があったらしい。
これは宮園さんから聞いた話なんだけど。
高柳さん、一人で生活してるらしい。中学生の時から。
正確には勉さんの家の離れに、一人で住んでいるんだけど。
食事やその他、必要なことは勉さんの奥さんが世話をしていて、高柳さんは一人部屋のようにして、その離れに住んでいるのだ。
本当の家は別にあるのだけれど、その家には誰もいない。
両親がずっと帰ってこない、という話だ。
宮園さんも詳細までは知らないようだった。
そこから察するに、なんか色々あったんだろうな、とは思うんだけど。
別れ際、私に向かってお礼をいいながら、謝ってきた高柳さんの顔に、心配することはないかな、と勝手にそんなことを考えた。
でも、あの黒い靄。人の心がよくない方へと動くと、湧き出すんだよね。
時にああいった力が、よくない物の怪などの異形を目覚めさせることもあるって、サキナミ様に聞いたっけなあ。
「葵、ごはん食べよう!」
結子の声にはっと我に返る。四時間目の終わった教室。
皆めいめいに昼休みに入ろうとしていた。
「お疲れみたいだねえ、バイト、忙しい?」
「う~ん、まあまあかな。」
「神社でバイトしてるんですよね」
桜子もやってきて、私の傍らに立つ。
「うん、あ、でも疲れてる、のはバイトのせいじゃなくてね、色々あったからなんだけど」
「え?もしかして噂の彼氏と?」
「いや。違う違う。ま、いいじゃん、ごはん食べよ」
彼氏・・・って、当たらずとも遠からず、なんだけどね。
あのあと由岐人さんが神社まで迎えに来るし、すごく謝られるし、心配されるしで、ちょっと大変は大変だった。
うん、でも大事にされてるってのはすごく分かるから。
私達はいつも使う中庭のベンチへと向かった。
途中、職員室の前を通ると、珍しく掲示板の前で人だかりができていた。
「?なんだろう」
「ああ、あれ、求人募集だよ」
「求人募集?学校で!?」
「神社のバイトだけのね」
「!」
驚いて、思わず目を見開いてしまう。
いや、さすが、って思うけど。・・・そうなんだなあ。
私の気持ちを知ってか知らずか、結子と桜子が説明してくれた。
11月。この時期、年末年始を見越して、神社からの求人があるんだという。神社の子弟や、それを理解して進学している学生を当て込んでの事らしい。
ところが、神社子弟は大体自社の手伝いに駆り出されるから、後者の学生への熱いメッセージだとか。
求人率はとてもよく、問い合わせれば、大体雇用してもらえるそうだ。
「う~ん、でもさ、ここに求人出してるってのはもう、ほんとに手がないんだよね。大体、近所の子が巫女やったり、氏子縁故で手伝いに入ったりするのに。だから、かなり忙しいところなんだと思うんだよなあ」
「結子と桜子はやらないの?」
歩きながら進んで、私達は中庭のベンチに座り込んだ。
「桜子は家が寿司屋なんだよ。だからそこの手伝いだよね」
「へえ」
惜しいっ!桜子の巫女さん姿はちょっと見たかったんだけどなあ。
でも寿司屋かあ。お茶出しとかしてるのかな。
そういや、結子は天理教、だったっけ?じゃあ神社のバイトとかは・・・しない、のかな。
「私は雅楽のバイトがあるから」
「え!?雅楽の?何それ?」
思いもかけない言葉に私は弁当を広げながら、結子の顔を見る。結子はへへへ、と得意そうに笑った。
「部活の元先輩がさ、雅楽会に所属していてね、そこで請け負った演奏の仕事とかを手伝ってるの」
「うそ!すごい!演奏の仕事とか、プロみたい!」
部活で雅楽やってるだけじゃなかったんだ。
すごいなあ、結子。
「演奏会、とかじゃないよ。神社とかホテルの結婚式の演奏とか、神道式の葬儀の演奏とか、結構色々あるんだよ」
へえ、なんか色々あるんだなあ。私は感心しながら、持ってきたおにぎりを頬張った。バイトって言ったんだから、演奏して、お金もらってる、んだよね?なんだか、かっこいい。
「あ、いいな、って思った?思ったなら、そろそろ、雅楽部に入らない?」
そして、ぬかりないな、結子。
雅楽部なあ、いいんだけど、まだそこまで余裕ないよなあ。
八百藤のことをおろそかにしたくないし、幸波神社も大事だし。
そうしていくと、あんまり部活にさいてる時間がないんだよね。
私は、曖昧に笑ってごまかした。
結子のいいところは、それで、察してくれて、後追いをしてこないところだ。また駄目かあ、と軽くつぶやいて、私のとなりで、パクパクとサンドイッチを食べ始めた。
と、その時。
メールの受信を知らせる音が鳴った。
「誰?彼じゃないの?」
めげない結子のツッコミを、桜子が苦笑しながら手で制してくれる。
うん、ああ・・・由岐人さんだ。
当たってるけど、黙ってメールを開く。
『今日の神社への配達多いと思う。一緒に行くから、絶対一人で行かないように』
・・・過保護なの?、由岐人さん。
内心、そんな風にも思ったけれど、今まで配達の事で、心配されたこと、なかったんだけどな、と不思議に思う。
奏史兄さんと運んだ事もあったけど、それは想定されてないみたいだし。
大体、なんで、八百藤の配達の事を、私より先に把握してるんだろう。
なにか、あったのかな。
首をかしげながら、了解、とだけ返信をして、私はスマホをしまった。
と、すぐに今度は電話の着信音が鳴る。
「え?何?」
「忙しいな、今度こそ彼?」
私は結子の声を受けながら、慌ててスマホを再び出した。
発信者は、幸波神社。
「もしもし?一色です」
「葵ちゃん!?ごめん、今昼休みだよね?大丈夫だよね?」
「嘉代さん?どうしたんです?」
電話の声は嘉代さん。なんだかひどく慌てた様子だった。
「ごめん、私の親戚がそっちに行くと思うんだけど。スルーして!」
「へ?」
何?何の話?
私は戸惑いながら、嘉代さんの声を聞こう・・・と思っていた。
思っていたのに、そのスマホを誰かに取り上げられた。
え?
目の前で結子と桜子が驚いたようにそのスマホを取り上げた先を見ている。
私は、返してもらうために、と振り返って、その誰かを見上げた。
「嘉代、駄目じゃないか、そんなこと言ったら、一色さんが警戒してしまうだろう?」
私のスマホを通して、その人は嘉代さんに語り掛けていた。
学生、じゃない。嘉代さんよりも年上、・・・奏史兄さん位の年齢だろうか。長身の、スーツ姿の男性が、続けて何やらスマホに語り掛けると、そのまま受話器をきったのか、私にそっと返してきた。
「いきなりとりあげて、ごめんね」
明るいふんわりとした、赤みがかった長い髪を後ろでゆるく束ねている。
品がいい、というか、どことなく王子様のような雰囲気の男性だ。
微笑みかけてくるその空気まで気品がある。
「い・・・イケメン」
ぼそり、と結子がつぶやく。
「一色葵さん、ですね。はじめまして。私、東 嘉代の従兄、東司 常春と申します。お会いできて光栄です」
「・・・ええ、と・・・こんにちわ?」
頭の中に複数の疑問符がわいてくるなか、私はとりあえずの挨拶をした。




