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65 総代長たるゆえん

ブクマが伸びると、背筋がのびる。

いつもありがとうございます。恐縮でございます。

またここに読みに寄られている方にも感謝を申し上げます。


まだまだ七五三回の中ですが、よろしくお願いします。

呼ばれている、と気づいたのは残業後の着替えの最中。

かまいたちが、外から私の頭の中に呼びかけるようにして声をかけてきた。


『終わったら、裏口でなく、儀式殿の入り口から出て、本殿に来い』


緊迫したものではなかったけれど、わざわざ、外から声をかけてくるにはなにかあるのだろうと、私は察して、瀧さんと宮園さんには先に帰ってもらった。本殿にお参りに行ってから帰る、と言って。

と、儀式殿外を出た途端に、さほど強くはないものの、嫌な気配を感じる。

これのことかな、と本殿に向かおうとすると、背後にぴりっとした空気が流れた。


「・・・高柳、さん」


振り返ると、先に帰ったはずの高柳さんがそこに立っていた。


「随分とおりこうさんなのね、バイトが終わって、本殿にお参りですか?扇の巫女さん?」

『すまん、葵、あのいやな気配がどうもお前を裏口で待ち伏せしてるようだったから、本殿に来させようかと思ったんだが、こっちに来てしまったか』


高柳さんが私を鋭い視線で見つめてくる中、かまいたちが私の右肩のところに浮遊するようにして現れた。もちろん、高柳さんにはかまいたちのことは見えていないだろう。


(大丈夫、ありがとう、かまいたち。この嫌な気配は、あの人のものなのかな?)


頭の中で問いかけると、かまいたちが隣で頷く。


『小さなものだが、嫉妬と恨みの気持ちがそこらの負の気流と合致してしまったみたいだな、まだ暴走はしないが、つみとっておいた方がよさそうだ』

(・・・私が?)

『神さんにお願いすればよかろう?ほかにだれがいる?』


ここに来たばっかりの頃、サキナミ様と共におみくじさんと呼ばれた女性の黒い靄を祓った事を思い出す。あの時のものほど強いものではないけど。そうか、こういう時にお祈り、するんだよね。


「あなた、桐原さんとお付き合いしてるそうね」

「!」


かまいたちと会話し、思いに沈んでいたせいか、急に由岐人さんとのことを言い出した高柳さんの言葉に、思わず、びくっとしてしまった。


「その様子だと、噂は本当なのね。嫌だわ」

「・・・・」


うう・・・、思わず態度で肯定しちゃったみたいだ。まずい・・・かな。


「桐原さんはね、私とお付き合いしていたのよ。すぐに別れたけど、そのあと東さんとも付き合ってる。同じバイト先で、彼女をころころ変えるような人なのよ、あなたには無理よ」


う~ん、ちょっと違うけど、無理と言われるのは余計なお世話だよ。


「やめたほうがいいわ。それから、ここのバイトもね」

「!」


いや、ほんとになんなのこの人。勉さんの孫っていうけど、ここまで偉そうにできるものなの!?


少し呆れて、高柳さんを見ると、黒々とした靄が背中の方からすこしずつあふれ出ているのがみえた。


彼女が今まっすぐにそれを言ってるわけではない・・・?

負の気持ちが、呼び寄せた悪い空気。それに悪い方に動かされてしまうもの。その渦に入れば、脱することが難しい・・・。

サキナミ様に教えてもらったことが、ふっと頭をよぎった。


「どうして、やめたほうがいいんでしょうか?」


立ち向かうようにして、姿勢を正し、私は高柳さんの視線をまっすぐに見据えた。


「・・・そ、そんなの、無理だからよ!桐原さんも、バイトも!」

「なぜ、無理だと?」

「それはっ!・・・」


あ、やっぱり。この人、分かってて言ってない。気持ちの黒くなる方へ、思うままに動いてるだけだ。


でも、まだ私の声が届いてる。

渦の中にいて、聞こえないわけじゃない。


(サキナミ様・・・神様・・・)


私は心の中で祈った。


(どうか、この人が穏やかにすごせますように。力を貸してください)


両手に熱が集まるように、手先からじん、と温まってくる。

私は手を合わせて、そのまま、高柳さんの方へと一歩、二歩と歩みを進めた。それに合わせて、かまいたちが小さな風を周りに起こしているが見えた。少しでも黒い靄を切り崩そうとしてくれているんだ。


「高柳さん。高柳さんは私の先輩ですよね?だから教えてくれませんか?

私に何が足りないか。無理というのを、聞かせてもらえませんか?」


高柳さんが、明らかにひるんだ様子で、後ずさりするのを、私は見逃さずに、その手を両手で取った。


「な・・・なんなの!?」


高柳さんは振り払おうとしたけど、私はその手を離さない。


「あ・・・」


高柳さんの目から涙が一筋流れた。

私はそのまま祈り続けると、その体から黒い靄は消え去っていった。


「・・・あれ?私・・・」

「大丈夫ですか?気分は?」


私に手を握られている高柳さんは、はっと我に返ったように顔を上げた。


「ちょ、ちょっと、これ!離してよ!」


何故か顔を赤くして、手を放し、慌てたように頬の涙を手でぬぐっている。


「どうしたのかしら、私。なんかモヤモヤして。あなたに訳もなく頭にきてたみたいなんだけど・・・ご、ごめんなさい」


あれ?なんか・・・この人、思ってたより・・・。

私は必死にその場を取り繕う高柳さんが、なんだか急に可愛らしく思えて、ちょっと肩をぬいて、その様子を見守ってしまった。


「おうい、江戸幕府!それに恵理!」


・・・・・。この声。そして、呼ばれたくないあだ名。

総代長の勉さんだ。私はノロノロとその声の方に顔を向けた。


にいっという顔で、いつものサングラスに土方姿。

ああ、なんだかこの場にそぐわないけど、今一番欲しかった、空気のような気もして、複雑な気分になる。


「勉さん・・・。その呼び方やめてっていったじゃないですか」

「おじいちゃん、・・・江戸幕府って、一色さんの事なの?」


うわあ、やだ。私を多分嫌ってる人に、そんなあだ名知られたくないじゃない。


「すまねえ、葵ちゃん。うちの孫が迷惑かけたみたいでよう。ホームズから電話あって、ちょっと気になって神社によったのよう」


ホームズって・・・紘香さんのことだったよね。

勉さんは大股で、頭をかきながら、にこにこして、近づいてくる。


「それでえ・・・・」


勉さんの柔和な顔がすっと、厳しくなった。


「邪気に呑まれたんだろう?恵理は」


サングラスの下に見える鋭い眼光。緊張が走る空気になる。

邪気・・・あの黒い靄の事か。・・・勉さん、わかって・・・るの?

私は頷くでも頷かないでもなく、その視線を追うのみに済ませた。

くいっと袖を引っ張られた先に、かまいたちがいて、その通りといわんばかりに頷いている。


「邪気って何?おじいちゃん?」

「おんめえよう、家でしんどいことがあるなら、じいちゃんに話せっていったじゃねえか。悶々として、ため込むから、悪い気持ちがいっぱいになって、当たり散らす。いけねえよ、ほんといけねえ」


勉さんは、優しく、ぽんぽん、と高柳さんの肩を包み込むようにしながら、叩いた。


「そういう悪い気持ちに囚われてるといるとなあ、悪い空気に呑まれるのよ。そうして、だんだん自分がわからないまま、もっと悪い気持ちになっていく。それが邪気なんだよう。分かるか。恵理」

「・・・う、うん、ごめんね、おじいちゃん。なんか私、変だった。終わった事なのに、桐原さんの事持ち出したり、初対面の一色さんに八つ当たりして。・・・ごめんなさい、一色さん」


勉さんの話から判断するに、高柳さんも何か抱えているものがあったんだろう。それが私の事や、さっきのお茶出し事件がきっかけで暴走してしまったのかもしれない。


「今、気持ちはどうですか?」


改めて、高柳さんに尋ねると、彼女は苦々しい顔で、でも口元は緩めて、答えてくれた。


「・・・最悪よ、後悔ばっかり。・・・でも、なんだろう。あなたに手を握られた途端、なんだか、外にあたらずに、自分を見直さなきゃって思えて、そしたらすごく楽になったの。」

「・・・葵ちゃんは扇の巫女だからなあ。邪気を払ってもらったんだろうよう」

「どうでしょうか」


私は祈っただけだ。神様とサキナミ様が心に応えて働いてくれたんだ。

私はほっと息をついた。


「・・・おじいちゃんがあだ名付ける人だもんね。扇の巫女ってより、そっちに信ぴょう性があるわ」

「・・・え?」


ううん?何か今、不思議なことを言いませんでした?


「あれ?知らないの?総代長があだ名をつける人間は、大した人間だって認めたってことになるって、聞かない?」


いいえ。私がかぶりを振ると、高柳さんはくすくすと笑った。

やだ、この人、ほんとに笑ったりすると可愛いんだ。


「おじいちゃん、こんなんでしょ。勘違いされるけど、優しい。でも。ほんとにほんとはコワい人なの。すごい人なの。」


・・・うん、それは端々で感じてたし、さっきの邪気の話をしてきたときの勉さんはちょっと一般人ではなかったです。


「そのせいか、人をよく見てるのよね、人相で、人の性分なんかを見抜く力があって。それで、気に入った人にはあだ名つけまくるのよ。だから、おじいちゃんがあだ名をつけた人は、認められてるってことになるの」


・・・いや、でも、江戸幕府ですけど。

そのネーミングセンスよ・・・と、うなだれていると、高柳さんはそんな私の顔を覗き込んできてから、頭を下げてきた。


「ごめんなさい、私前にここでバイトしてた時も、みんなに迷惑かけたの。受験のストレスで。それをもう忘れてた。

今は家の事でいろいろあって、ちょっとしんどくて。あなたにあたってしまったわ。そう、瀧さんにも悪いことしちゃった。・・・ありがとう、祈ってくれて。・・・私、ちゃんと自分を見直すから。今後とも、よろしく」

「は・・・はい!こちらこそよろしくお願いします!」


私は、勉さんがニコニコしている中、高柳さんと握手を交わした。

一応、これで・・・解決したの、かな?


かまいたちがそんな私の前で大げさに肩を竦めながら、本殿の方へと戻っていった。










読んでいただきありがとうございました。

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