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64 伊勢からの御札

ブックマークが1つ、2つと増えていきまして。まことにありがとうございます。

背筋を正します。

読んでくださる方、ブクマしてくださる方に感謝をこめて。


今回はちょっと説明回。神社仕事の一つの紹介のようなものです。

高柳さんについて、後藤さん達と話をした後。

働いている場面もちがうために、それ以降高柳さんと顔を合わすこともなく、終業の時間を迎えようとしていた。

紘香さんが配慮してくれて、私は瀧さんと少し残業をしていくことになった。宮園さんも一緒だ。

なんとなく、秋祭り前後で、この三人の出勤日が重なってたこともあって、セットにされることが多いんだよね。

残業が、配慮、というのは・・・

更衣室や帰宅時間に高柳さんに会わないようにするためだ。


由岐人さんには直接話すと目立つかも、と紘香さんから、私の残業の話はいったみたいだった。多分、先に帰って、八百藤の片付けにいってくれる、かな・・・。


さて。

残業というのは御札の整理、と聞かされてたのだけど。


「・・・これ、何?」


儀式殿裏の倉庫に長細い段ボールが積まれていた。

脇に『神宮大麻』と書いてある。


「あ、ごめんね、残業ありがとう~」


嘉代さんが私たちの後ろから声をかけてきた。

私達はまだ、白衣袴の恰好のままだけど、嘉代さんは、紺色の作務衣に着替えている。いかにも作業に入るって感じだ。


「これはね、お正月の御札です。」


嘉代さんがにっこりと笑いながら、一つの箱を開けて見せた。ぎっしりときれいな白い御札がそこにキッチリ入っていた。

『天照大御神』って書いてある。


「神社って、本務社っていう立場と兼務社って立場の神社があるんだ。本務社っていうのは、・・・う~んと、宮司さん達が一緒に住んでいて、毎日社務所が開いているような神社の事ね?その本務社っていうのが、うちも含めて、この区域には15か所くらいあるんだけど、そこで氏子さん達に授与する分のお正月の神棚の御札なの。」

「お正月の御札?ああ、もう11月ですもんね。そうか今から準備しないと間に合わないですよね」


宮園さんがしげしげとその段ボールを見つめる。


「ほんとは10月に届いてたのよ。伊勢神宮から、ね」

「ああ、それで天照・・・・あ、伊勢神宮って書いてありますね」


天照大御神というのは日本神話の最高位の太陽の女神と聞いたことがある。そして、それは、伊勢神宮を本拠地として祀られている、と。


「でもすごい量じゃないですか?15か所の神社分っていったって、氏子さん、そんなにいるんです?これ、1箱1000体ってかいてありますよ?」


箱を見たら、8箱・・・と、その半分の大きさの箱もあるから、結構な数になることがわかる。


「氏子区域の氏子って自覚のない人もいるからね。なんとなく神社に来て御札求める方もいるから、こちらが認識してる氏子さんより数ははるかに多いんだよ。それに・・・」


嘉代さんはここでなんともいえない、表情で苦笑した。


「さっき、話した兼務社って言う神社なんだけど、本務社の逆で、普段は誰もいない神社があるでしょ?そういう神社って結構あるの。たいてい、本務社1つにつき、兼務社を5~10か所担当してるんだけど・・・そういう場所の氏子さんの分も含むとなんやかんやで結構な数になるんだよ」

「正月と七五三だけ開いてる小さい神社、ありますよね。そういうの、一応担当してる神社があるんですね」

「うちは8か所あるよ。七五三も来週の土日時間決めて私や後藤さんが行くんだよ」

「へえ」

「まだ幸波はいい方なんだよ。田舎の方に行くと、宮司のなり手がどんどん減ってね、本務社1つにつき30~40か所なんて普通だよ。いろんな提出書類の事務もその数分こなさなきゃいけないし、正月なんか、元旦は1日しかないから、人海戦術で、早朝から夕方まで一人当たり10か所以上の元旦祭をこなして回るんだ。」


嘉代さんがどよん、とした顔で額に手をあてる。なんだか他人事じゃないような言い方だな。嘉代さんは親戚が神社だって言ってたけど、そういうのが実際あるところなのかもしれない。


「・・・で、だ。うちはこの区域の15か所の本務社の事務局をつとめている。お伊勢さんからまとめてこの区域分送っていただいたのを、こっちできちんと数を見て分けて、それぞれの本務社に配布していく役目があるんだ」


そう言って、嘉代さんは私たちに紙切れを1枚ずつ渡した。


「それぞれの本務社に必要な数分がそこに書いてある。数を数えて、仕分けして、分かるように名前をつけておいてほしい。もちろん、後で確認もするから、大丈夫。4人でやればさっさと終わるよ。よろしく頼むね。」


それから、めいめい、白い手袋とマスク、和紙のしきつめた段ボールを渡される。

新しい正月に向けての御札は丁寧にあつかって、とマスク、手袋をはめての作業となった。

書いてある数の御札をその段ボールの箱に入れてほしいという。

わあ、なんだか巫女さんみたいな仕事だ。

・・・うん、一応バイトの巫女だけどね。


そういえば破魔矢とか、ここでは作ったりするのかな。

なんとなくテレビで見たイメージで私は少し楽しくなって、作業した。


御札は神棚に入る小さくてぺったりした、見た事のある御札だけではなかった。中には中、大、大大と大きさが他にもあって。

中はちょっと立派な神棚に入れるようなのかな、という従来の御札を少し丈夫にしたようなものだったけど、大、大大と印のついた大きな御札は、結構大きくて、驚いた。


「これ、家の神棚におけるのかな」


ふと、宮園さんが私の心の言葉と同じ事を発すると、瀧さんが微笑した。


「うちのおじいちゃんち、この大の方、置いていたよ」

「え?」

「ああ、瀧さんちは昔からの御屋敷だもんね。そういうの大事にするよね」


嘉代さんが何気ない風に返す。

・・・うん?瀧さんって、もしかして、お嬢さま?

御屋敷って言ったけど、普通そういう言い方しないよね?


「古くて、大きいだけですよ。土地持ってたから、その分家も大きくなって。今は農機具の車とか、農作業用の倉庫もあったりするから、職場兼、家、みたいなものです」


瀧さんが肩を竦めて苦笑した。


「農家なんだ?」


私が尋ねると、にっこりと笑う。


「まあね・・・家は広いけど・・・御屋敷っていうか・・・掃除は大変だよ」


・・・うん、まあ広けりゃ、そうか。ちょっと気の毒だな。

ともあれ。


そんな会話をしながら、1時間弱で、大体の作業は済んだ。

なんだか、貴重な経験させてもらったかも。


聞けば、幸波神社でいただいた分の御札の一部は、12月の頭の方で、氏子会に名を連ねている方々の家に1件ずつ回って授与していくんだそうだ。それも昔からの習わしらしい。

もちろん、氏神、である幸波神社の御札も一緒に授与するらしいけど。

もし予定があえば、手伝ってね、と嘉代さんに言われ、私は物珍しさに頷いた。


作業も終え、私達は更衣室へと向かった。

残業とはいっても、そんなに大変なものでもなかった。

七五三で忙しく右往左往していた時間とうってかわって、少数精鋭での作業は、ちょっとした気分転換みたいだった。


だから、この時、私はすっかり失念していた。

残業の一因となった、高柳さんの事を。



お読みいただき、ありがとうございました。

またよろしかったらおいでください。


みなさんに幸がありますように。


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