社務日誌 15
いつもお読みいただいてくださる皆様に感謝申し上げます。
ブクマしてくださっている皆さま、いつもありがとうございます。
今回は、祢宜さん回です。
内容的には小休止。
「祢宜さん?」
巫女長家田に声をかけられ、季子ははっと我に返った。
「あ、ごめんね、紘香ちゃん。えっと、七五三の勤務表だったわね」
「はい、大丈夫でしたか?」
10月も中旬を過ぎた。ちらほらと、七五三参りの参拝客が出てくるようになった。
家田はアルバイト巫女の面々と連絡をとり、一応の勤務表を作り上げた。
並行して、新人の雇用も考え、自らアルバイトを名乗り出てきた子たちとの面談の日程も組む。
「すいません、前もって聞いていた予定で、祢宜さんの都合のよさそうなこの日かこの日で、面接をしたいんですが」
採用の決定権は祢宜の季子にある。面談は祢宜を中心に、家田が助力する形で行っている。
「ありがとう、じゃあ、この日でいいわ。連絡も頼むわね」
「かしこまりました」
今週の週末を指定して、家田に後を任せると、季子はそのまま、参集殿へと向かった。
家田と仕事の話をしていたのに、意識がそがれてしまったのは、参集殿から何か力が動く感じがしたからだ。
ずっと、不思議な気配がしていた。
息子、正歩と晴明の式神を名乗る抱節が何かしていたような感じがある。
加えて、扇の巫女である葵と、サキナミノミコトの力を宿した桐原が共に来ていることも察していた。
(抱節・・・がいないわね)
さきほどまでいたはずの抱節の気配がない。どこかに移動したようだ。
なにかあったのか、と不安を抱えるも、手に負えない事ならばこちらに声をかけてくるだろう。季子は気を取り直して、参集殿の2階から1階へと向かう階段から玄関を覗き込んだ。
「正歩」
息子の背中に声をかけると、息子、正歩が振り返る。と、同時に葵と桐原が季子の方を覗き込むようにして、会釈をしてきた。
「祢宜さん、すいません、お邪魔してます」
葵の笑顔に、季子はほっとすると同時に、どこか残念な気持ちを抱いてしまった。
「・・・なんか、あったけど、終わっちゃったのね」
「そうですね、正歩君が終わらせてくれました」
桐原が事も無げに応える。その様子で、詳細をこの場で聞かずとも、無事に何かが解決したことを季子は理解した。
「ちょっと抱節さんにお使いに行ってもらってるけど、すぐに戻るから、母さんは心配しないで」
正歩の言葉に、季子は、あ、まただ、と感じてしまう。
そう、残念な、寂しいような気持ちだ。
いや、解決したのだからいいじゃない。無事だったのだから、問題なかったんだから、いいじゃない、と頭の中で言い聞かせる。
それでも、正歩のここ最近急に成長した表情を見せるその顔に、嬉しさ反面、の気持ちが伴うのは仕方ないのだろう。
ちょと前まで、自分の目線の下に彼の表情はあった。
それが今では若干上向きでないとその表情を一番表す瞳を見ることができない。
背を越されたのだ。
まだわずかではあるけれど。
東桔梗の結界を守るために、二人で多摩に向かったのはついこないだのことだ。
あの時はまだ心もとない、晴明の末裔、だった。
抱節と共に、笛の稽古に勤しみ、その中で目覚める部分があったのか、このところの正歩の力の成長は著しい。
受験中ということもあって、集中力がいかんなく発揮されたところの一つに、そこも重なったようだ。
(なんだか、ほんと、大きくなったんだわ、この子)
正歩と共に葵たちを見送り、宮司宅へと戻る。
正歩は、少し勉強をしてくるから、と自室へと向かった。
季子は夕飯の支度をしに、台所へと向かう。
と、正孝が、台所そばのテーブルで、コーヒーを入れているのに出くわした。
「お、季子お疲れ。もう上がってきたのか」
「お疲れ様です。さっき、紘香ちゃんと七五三の巫女さんの勤務表の話してきたの。新人の面接もあるから、予定を組んできたのよ」
「ふうん・・・コーヒー飲む?」
「ありがとう、いただくわ」
夫のサービスを受け取って、季子は夕飯の支度の前に一息いれることにした。
「季子?なんか、あった?」
「・・・ふふ、なんかあったように見える?」
優しい夫の声に、ほっとして、思わず笑みがこぼれる。
「正歩、よ。なんか大きくなったなあってちょっとしみじみしちゃった」
「・・・寂しくなっちゃった?」
「少し」
「・・・へえ、俺がいるのに?」
素の顔で、どうして?という表情で、首をかしげる正孝に、思わず、季子は額を抑える。
相変わらず、計算なしの天然プレーで自分への気持ちをあからさまにする正孝に、季子はたちまち頬を赤くした。
(これでわざとじゃないっていうんだから、この人はっ!)
「あ、照れてるの?季子。もう、しょうがないなあ。大丈夫だよ、俺が季子のそばにいるから、寂しい思いはさせないよ」
(だ~か~ら~!)
口で何か言おうとすると、余計に動揺しそうになる。季子は大きく深呼吸して、不意打ちの夫のやらかしから、必死に立ち直って見せた。
「・・・ありがとう、あなた」
「どういたしまして、奥さん」
この話の流れで、奥さん、という響きも、実は嬉しくもあり、恥ずかしい。
これ以上の会話は、ボロが出るからやめよう、と、季子は礼の言えた自分を、ひそかに賞賛し、そのまま台所に入った。
「季子はほんとに可愛いな。俺は幸せものだ」
ぽつりと、つぶやくように言った夫の言葉を、照れ隠しから、聞き流したつもりでいた季子だったが、その耳元は見事に朱に染まっていた。
読んでくださり、ありがとございました。




