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61 少将のインク壺

いつもありがとうございます。ブクマしてくださっている方と、こちらにおいでくださる方に心より感謝をこめて。つたない文ですが、よろしくお願いします。

高橋少将は大東亜戦争で出兵したそうだ。

戦争中に敵軍に捕縛され、敵地にて抑留された。

戦後しばらくして、無事に帰国できたものの、そこからも戦争に翻弄される出来事が待っていた。


少将には恋人がいた。当時には珍しく、幼馴染で、長く温めた恋が実り、戦地から戻ってきたら結婚する約束を交わしていた。

ところが、少将は敵地に抑留された際、何かの手違いで、日本には死亡の知らせが届いてしまっていたのだ。

恋人は悲しみ、それでも生きていく中で、出会い、支えてくれた人と夫婦になった。

子も成し、家庭を作っている中で、少将は、帰国をした。

誰も悪くはない。誰も責められない。

二人は悩み苦しんだという。もちろん、それを見守った彼女の夫も。


少将は身を引いた。故郷を離れた土地で、生きていくと決め、やがて、彼も家族を持つこととなる。子供にも恵まれ、穏やかな日々を過ごした、という。幸せだった、と。

しかし、別れなければならなかった恋人への想いを消すことはできなかった。

妻に申し訳ないという思いをいつもどこかで抱いていた。

それを妻に悟られ、悲しい思いをさせたこともあった、と。


切ない。

ああ、なんでそんな事になっちゃったんだろう。

戦争が起こした悲しい別れだ。

とつとつ、と語る少将さんが悲しくて、いつのまにか、涙ぐんでいたみたいで。

由岐人さんがハンカチを差し出してきて、そこで、頬を濡らすそれに気が付いた。


『あの子が、悟が、インク壺を使っているだろう』

「ええ」

「インク壺?」


少将さんの問いに私が応えると、何それ、という感じで由岐人さんと正歩君が不思議そうな顔をする。まあ何故にインク壺、って感じだよね。この時代に。


『あれは、別れた恋人にプレゼントされたものなんだ。妻がそれとわかっていて、私の死後も大事にしようとしてくれてね。それで、私は嬉しくて、インク壺に憑依したんだよ。そうして、我が家を見守ることにしたんだ』


インク壺はそのまま大切に高橋家で使われて、今の代、高橋悟君に引き継がれていったのだろう。


「うん?インク壺にいた人がどうして、巻物に?」


正歩君、巻物じゃないよ、一応、恋文、ラブレターなんだよ。


『インクから辿って、その紙に憑いた。ひ孫が恋する相手に気持ちが届けばよいと、何かできることがないかと思ってな』

「なるほど」

『ひ孫には好きな子と結ばれてほしいと思ったのだ』


親心、というのかな、こういうの。曾祖父心?

優しいんだなあ。だけど、やっぱり自分の恋が成就しなかったのを、重ねたりしてしまっているんだろうな。

でも・・・。

私は多分困った顔をしていたと思う。一応ちゃんと言っておかないといけない。


「・・・でも少将さん。・・・あの、高橋君の思う、桜子、っていうんですけど、まったく高橋君に好意をもってないんですけど」

「・・・葵の話を聞く限りだと、完全に引いてるよな」

『まったく、見込みなし、かね?』

「・・・まったく、ですね」


確認してくる少将さんに申し訳ないな、と思いながら、私は事実をつげた。


『そうか・・・残念だ』


少将さんがひどく残念そうにうなだれる。

うう、私の事じゃないんだけど、なんか申し訳ない。


「少将さん、インク壺に戻られて、今後も守護霊として高橋君を見守られてはどうですか?」


気まずい中、こう言い出したのは、正歩君だ。


「おそらくは、ですけど、多分、そのひ孫さん、少将さんの力が必要かと思いますよ」

『そうか?』


必要とされて、なのか、少し嬉しそうに少将さんが顔を上げた。

なんか可愛いな、このおじいさん。こういう純粋で素直そうなところ、高橋君に似てるかもしれない・・・。あ、そうだ。


「少将さん、あの、ひ孫さん、ちょっと少し浮いてて。変わり者扱いされてるんですよ。自分を持っているのはいいと思うんですけど、も少し、周りに合わせられたらいいなって思うんです。例えば、その、インク壺を学校に持ってこないで、家で大事に使うとか、そういうとこなんですけど」


思わず、学校の事情を告げながら、それを少将さんがうまく導けたらいいのにな、って思う。

高橋君は悪い人ではない。ただちょっと独特なんだ。

でももっと人とつながることができたら、楽しいんじゃないかなとも思う。

今のままで、彼は満足してるかもしれないけど、でも。


『ふうむ、そうか・・・』

「夢にでも出て導くこととかできませんか?そうして、人とつながる努力をしてくれれば、高橋家ももっとよくなるんじゃないんですか?」


あ、なんか私偉そう。

ちょっと言い過ぎたかも、と思ってたら、由岐人さんに肘で小突かれた。


「なかなか、言うね、葵」

「あ、偉そうでしたよね、すいません」


私が頭を下げて、謝ると、少将さんは気にするな、というように、笑ってくれた。

わかって、くれたかな・・・。


「じゃあ、抱節さんに巻物を送らせますよ、そのひ孫さんの元に。そうしたら、インクにお戻りください。そこの文もそれで消えるでしょう。その後の事は、少将さんにお任せ、かな」


正歩君が巻物を広げる。ここにお戻りください、と少将さんを導こうとしている。


『わかった、色々ありがとう。感謝する。』


少将さんの体が煙のようにぐにゃり、とゆがんだ。


『時に、その、巫女殿、かな?』


え?私の事、かな?


『巫女殿はうちのひ孫を想ってくれないかな?』


え・・・。いや、それはない。


『なかなかよい娘だ、私は気に入ったのだが・・・・』


言いながら、少将さんはにやり、と笑った。その表情が現れた時、不意に、由岐人さんが私の肩を抱いて自分に寄せたのだ。


『先約があったようだな、これは失礼』


愉快そうに笑い、少将さんはシュン、と巻物に呑まれるように、消えてしまった。


「じゃあ、抱節さん。申し訳ないけど、頼めるかな」


正歩君が巻物を丸め、抱節さんに渡す。

抱節さんはそれを抱えると、風のように消えていった。

あ、行ってしまった。

無事にたどり着いて、高橋君を導いてくれたらいいんだけど。


「終わりましたね、これで、大丈夫じゃないですか?お友達の事も」


綺麗な微笑で、場をしめてもらい、私と由岐人さんは正歩君にお礼を言った。

今度何かおごってあげなきゃ。

合格祈願でもしてもらおうかな、由岐人さんに。

ともあれ。

桜子の悩みも消えそうな気がして、その場で、私は安堵した。



後日、桜子には巻物は高橋君の知り合いを通して返した、と報告した。

嘘はついてないよね、うん。

抱節さんが戻ってきたことは正歩君から聞いてるし、少将さんを介して返したようなものだから。

多分、少将さんが夢か何かで桜子の事も伝えていると思うんだけど。

それでも、桜子はきちんと高橋君にお断りはしていた。

桜子にジュースをおごってもらって、私はほっと一息ついた。


一方で、高橋君はインク壺を持たずに、シャーペンで授業を受けるようになった。

きっとこれも、少将さんが何らかの形をとって導いてくれた結果なのだろうと思う。

そして、驚いたことに、高橋君は、佐久間君のいる応援団に入団したのだ。

多分、これも、少将さんが絡んでるんじゃないかな、と思うんだけど。

何にせよ、高橋君の新しい動きが見えるようになり、彼の周りの空気の流れがなんだかよくなったように感じた。

彼の家ではあのインク壺の少将さんがずっと見守ってくれているのだろう。

巻物の恋文の件は、こうして解決した。

そろそろ七五三の話やりたいんです。この話はなかなか年が暮れてくれない。すいません。

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