57 あなたのそばで
いつもおいでいただき、ありがとうございます。
通りすがりの方や、なんやここって来た方もありがとうございます。
読む方がいるから、書けます。へたくそな文ですが、どうぞよろしくお願いします。
秋の大祭は無事に終了した。
直会が参集殿で開かれ、今なお、宴もたけなわだ。
勉さんをはじめとする氏子さん達のにぎやかな声が響いている。
客間で接待を受けていた献幣使役のよその宮司さんも、少し赤ら顔で、その宴に顔を出したりしていたが、やがて、住谷さんの運転する車で送られていった。
嘉代さんや紘香さんは、祢宜さんと共に直会に参加しながら、氏子さん達の接待、給仕をしている。
うちの宮司さんは、お酒のせいか、すこし、ぽやんとした顔で、にこにこと宴を見守っていた。
私は、巫女の宮園さんたちと簡単に挨拶をして、少しだけジュースをもらうと、参加者に渡されている、助六寿司の弁当をいただいて、そのまま失礼することにした。
入れ替わりに、学校を終えて帰ってきたらしい正歩君が入ってくる。
「通用口で桐原さん、待ってますよ」
相変わらず綺麗な笑顔を見せてくれた正歩君は、そのまま氏子さん達に「若~」とか「正歩く~ん」とか言われながらもみくちゃにされていた。
「由岐人さん、顔出さなくていいんですか?」
通用口にいた由岐人さんに声をかけると、由岐人さんは眉を少しあげて、笑った。
「葵たちが着替えてるときにさっさと行って、後藤さん達とおつかれさま~ってしてきたよ。ほら、ちゃんとお弁当ももらってきたし。」
「あれ?桐原さん、葵ちゃんと帰るの?」
宮園さんがきらきらとした目で私の顔を覗き見る。・・・何、何か期待してるの?
「八百藤に行くんだよ。俺は優しいから、出産して大変な亜実さんのお手伝いにいくんだ」
うん・・・、八百藤、今日は休みだけどね。
でも、亜実さんの名前を出しておけば、先輩巫女を尊重する宮園さんたちは何も言ってこないだろう。さすが、由岐人さん。
案の定、そこで上手に二手にわかれて、宮園さん達と別れることができた。
今日は自転車で来なかったから、八百藤までは歩いて帰る。
由岐人さんは、八百藤の近くの公園まで行こう、と言ってくれた。
歩く道すがら、由岐人さんは、今日の神輿道中の様子を面白おかしく話してくれた。
勉さんの声音をまねしながら、語る由岐人さんに、私は声をたてて笑った。
「・・・ほんと、勉さんって面白い人だよなあ」
「そうですよね。今日見ました?眼鏡」
「そうそう、金縁のな!」
勉さんの新しい色眼鏡の話にくすくすと笑いあう。
ふと、由岐人さんの顔を見ようとすると、由岐人さんの優しいまなざしが私の方に向けられていて、どくん、と私の中の何かが動き始めた気がした。
どこか、くすぐったい感じがして、思わず、私が視線をそらす。
と同時に、くい、と左腕をとられて、私は彼の方へと引き寄せられた。
「あ、すいません!」
後ろから来た自転車を避けるような形で、私は由岐人さんに抱きしめられていた。
「ご、ちょ、ごめんなさい」
いきなり抱きしめられている状態に、恥ずかしさと動揺で、思わず謝罪の言葉を口走る。
由岐人さんから離れようと、私は両手で由岐人さんの体を押した。
「・・・葵、いいから、こっちにおいで」
由岐人さんは私を抱きしめたまま、二人ごと、道の端に寄った。
道の真ん中にいては危ないと、そういう意味なのだろうと思ったのだけど。
抱きしめる力が更に強くなり、私はそこに拘束された。
私の中で動き出した何かが、どくんどくん、と体中に走り、廻りだす。
どこからともなく、熱くなっていくような感覚に、私はぎゅっと目を閉じた。
な、なんなのこの状況。
前に茨城から帰ってきたとき、駅前で歓迎のような抱擁をされたことはある。
あの時は驚いた。意識しはじめた、といっても過言ではない。
その後、一緒に行動したとき、少し緊張したもの。
そうだ、あさの記憶がもどったときにも、抱きつかれたことがあったっけ。
戸惑いはあった。ちょっとほんのりと思いが募るような、そんな感じを覚えて。
まだ、自分の中にそんな気持ちがあることを認めたくなかったんだと思う。
今までのはそんな感じ。
だけど。
まるで、私が大事な物のように、固く強く抱きしめてくる、この今の状況はいったいなんだろう。私はひどく狼狽した。今のこの状況に沸き上がってきた自分の感情に。
様子を伺おうと、顔を上げようにも、拘束が固くて、動けない。
身じろぎせずに、呼吸をしている自分をひたすら長く感じるだけだ。
そうして、身を寄せた先の、どくどく、という由岐人さんの心臓の音を聞いていく。
やがて、こうしていたいと、このままいたいと、私の中で求めている感情の源に、私は気づいた。認めることになった。
そうだ。
由岐人さんはそういう存在になっていたんだ。
それに気が付くと、自然と両腕が由岐人さんの背中へと回されていた。
びくり、とその背中が反応する。
拘束が少し、優しくなり、由岐人さんが私を見下ろしてきた。
「・・・嫌じゃない?・・・こうしているの、嫌じゃない?」
不安そうな目。私の事を考えてくれている、優しい目。私は口元を緩ませた。
「嫌じゃないですよ」
「・・・ごめん、急に抱きしめたりして」
そっと私の体を離して、由岐人さんは深々と息をはいた。
ぬくもりが離れたのがひどく寂しくて、私は自然と手を伸ばし、由岐人さんの右手を握りしめていた。
一瞬、ぴん、と彼の右手が伸びたかと思うと、それを握りかえされる。強く、優しい手だ。
私がそっと歩みを進めると、再び並んで私たちは歩き始めた。
「葵。・・・サキナミ様のことだけど」
「はい」
由岐人さんの目が切なげに細められて、そのまま私に向けられる。
「・・・その、きちんと別れられなくて、残念だったな。」
「そう、ですね」
ずきん、と奥にしまっていた悲しみが再び目覚めだす。
それでも落ち着いて、その悲しみをかみしめようとすることがきるのは、他ならぬ由岐人さんが、今はそばにいるからだ。
その気持ちを伝えたくて、私はただ、黙って、由岐人さんの手を握っていた。
「サキナミ様は、今は由岐人さんに同化、してるんですよね」
「・・・うん。前みたいにちょっと出てきて、乗っ取ってるような感じはできないんだけどね」
同化がどういうものなのか、当人でないからわからないけれど、由岐人さんの中には今、サキナミ様から受け継いだ力が存在する。この土地を守る使命ができたといっても過言ではない。
もともと、サキナミ様に命を救われたところから、神社への恩返しを考えていた人だから、その点に関しては問題ないんだろうけれど。
「一層、幸波神社に勤めるよ。大学を無事に卒業したら、奉職するんだ」
「そうなんですね」
「葵・・・扇の巫女に選定されていた君にも手伝ってもらうよ、色々と」
「え?そうなんですか?」
扇無くなっちゃったんだけどな。
今あるのは将門夫婦からもらった扇の方で、ちょっと違うんだけど。
「当たり前だろ、俺の事情きちんと知ってるのは宮司夫婦以外になると、君ぐらいだろう?」
「ほんとだ、そうですね!もちろん、手伝いますよ」
「ありがとう」
由岐人さんがにっこりと、笑う。笑いながら、ぽんぽん、と私の頭をなでた。
照れくさくて、思わず、うつむくと、その顎をとられて、くいっと上を向かされた。
な、な、な・・・!
驚きの体制に、私はあわあわと口をパクパクさせながら、顔が真っ赤になるのを感じていた。
「葵、こないだの浄化の日、キスしたのは俺じゃないよ」
どこか寂し気な表情で、由岐人さんがぽつり、という。
いや、この状況で、キスとか言わないで!意識しちゃうから!・・・って今、由岐人さん、私が考えていた答えを口にしてる。
そうか、やっぱり・・・。
「キス、したの、サキナミ様?」
顎を上げられたその手を払いのけられずに、私はなんとか、そう聞いた。
「うん・・・。サキナミ様は君のこと・・・」
「そうでしたか・・・」
気が付いていた。悲しい言葉にならない、伝わり方で。
そして、それを由岐人さんも知っていたんだ。
「葵・・・俺も君が好きだよ、ずっと。あさ、だからじゃない。もちろん、前世を知って、運命も感じたけど、でもこの気持ちは変えられない。ずっと、ずっと葵が好きなんだよ」
「由岐人、さん・・・」
「葵は?」
「私?」
ストレートな告白に私は全身が真っ赤になるような思いで、そこに立ち尽くした。
由岐人さんが、持ち上げた私の顔に一層顔を近づけて、真剣な表情で私を見つめる。
ち・・・近くて、お、落ち着かないよ!
でも。
「・・・好きです、由岐人さんのこと。きっとずっと好きでした。前世の事は別物として認めたくない時もあったけど・・・私は・・・」
「葵」
唇がそっと塞がれた。あたたかくて、優しい、キス。
あの、浄化の時のキスは、突然の、悲しいキスだったけど。
今のこのキスは、離れがたいような、満たしてくれるようなキスだった。
「置き土産」
「え?」
口づけを交わした後に、ぽつり、と由岐人さんがつぶやいた。
「サキナミ様、多分、自分の気持ちも伝えながら、あえて、あの時キスしたんだと思うよ。俺たちのために」
・・・背中を押してくれたってことなんだろうか。
なんだか、切ないけれど。
でも、サキナミ様、ありがとう。
私は唇にそっと指をあてて、目をつむった。
そんな私の頭を抱え込むように、由岐人さんは私を引き寄せ、今度はそっと額にキスをしてきた。
少し早い、秋の虫の音が、近くの草むらから静かに聞こえていた。
多分、ワタシ、恋愛モノ、ムイテナーイデース!




