56 大祭最中
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わあっという歓声が、本殿の方から聞こえる。
多分、巫女舞が始まったんだろうな。巫女さんだ、とか舞が、とかいう声が聞こえて、カメラを片手に本殿の方に走っていく人もいる。
見たい、けど、今は社務所番だし。我慢しよう。
紘香さんが、葵ちゃんにもいつか教えるからねって言われたし。
・・・うん?でも教わると奉納舞で出なきゃいけない?
いやいや、それはやりたくないな。
ちょっと私が人前で舞をするのは・・・もう、いいかな。
ほら、また目に浮かんできちゃう。夏の舞が。
・・・・。
よく、やったよなあ、ほんと。7月の私、偉い。
「よお、お留守番かあ、江戸幕府」
私をけしからんあだ名で呼ぶ、氏子総代、勉さんが社務所にやってきた。
相変わらず、見た目がすごい。うん?色眼鏡、金縁になった??
「勉さん、江戸幕府はやめてくださいよ。名前忘れたわけじゃないですよね」
「怖い顔で睨むなよう。あ、お、いちゃん」
絶対わざと言ってるよなあ。悪気がないからいいんだけど。
「勉さんこそ、こんなところで油売ってていいんですか?祭礼の最中ですよ?」
「神輿がでるだろう?これ、つけておいて、準備しとかなきゃいけないしよう。打ち合わせもあるからなあ」
勉さんの手にはたわわに実った稲穂が手にされている。もともと、秋の大祭は、この土地の豊作のお礼をするお祭りだったそうで、その感謝の象徴のように、お初の稲穂を神輿に飾るんだそうだ。
「太鼓連と囃子連も出るんですね」
「おうよ、だから忙しいのよう」
見れば、神楽殿そばの広場で神輿を中心に太鼓連と囃子連が並んで忙しそうに動いている。
夏の時は、喧嘩したりして大変だったけど、今回は大丈夫みたい。
「今年は夏の祭もあったから、二回の出動になったけどよ、やっぱ、みんなでなんかやるって気持ちいいよ。葵ちゃんも神輿かつぎにくるかい?囃子か太鼓の山車に乗せてやってもいいぞお」
「・・・いや、私、仕事しますよ」
「諭吉が一緒に周ってくれるっていってたんだよ。葵ちゃんも一緒に行こうよお」
う~ん・・・だからそっちの提案では動けないんだけど。
諭吉っていうのは由岐人さんのこと。相変わらずの勝手あだ名が炸裂してるけど、適当ではないんだよね、多分。ちゃんと覚えて使ってるし。
「総代長、姉ちゃん困らせちゃだめだよ、ほれ、もうすぐ祭礼終わったら、神輿のお祓いすんだから、もう戻ってきて!」
私が勉さんの誘いをうまく断れずにいると、多分、囃子連だろうと思われる人が呼びに来てくれた。
「おう、じゃあ行くよう!またなあ」
なんだよ、結局私は行かなくてもいいんじゃない。勉さんの身代わりの速さに呆れて苦笑していると、本殿の太鼓が鳴った。祭礼、終了だ。
少し経つと、華やかな装束軍団が境内を横切っていった。
献幣使、と言われていたどこかの格上の宮司さん、を先導するように由岐人さんが歩いていく。
こちらを見るかな、となんだかそんな余計なことを考えてしまったけど、由岐人さんは堅実に職務を全うしていた。
そして、宮司さん、住谷さん、嘉代さんの一行と、紘香さんの率いる巫女さん達。
紘香さんたちの笑顔が、舞の奉納がうまくいったことを表しているようだ。
私も思わず、口元がゆるんだ。
装束軍団が参集殿に入ってしばらくすると、再び由岐人さんが一人で出てきた。
祭典用の狩衣を外して、そのままこちらに向かってくる。
「葵、ごめん。俺の普段の狩衣、その辺りにあるから、持ってきて」
・・・なんてことない言葉なのに。
私は気持ちが弾んでいるのを感じた。
これから、由岐人さんは外の神輿渡御に同行する。
少し着慣れた、柔らかい狩衣の方が、動きやすいんだろう。
それを持ってきてくれ、とただそれだけなのに。私は、由岐人さんに声をかけてもらいたかったことを思い知る。
私は、社務所のはしにある、衣装棚から由岐人さんの名前をみつけて、狩衣を取り出した。
必要だろう、と折り畳みの簡易烏帽子も一緒に出す。
濃い緑色の、さわやかな色彩の狩衣だ。由岐人さんに良く似合う。
私がそれを持って社務所から出ると、由岐人さんが嬉しそうに笑った。
「烏帽子も持ってきてくれたの?わかってるじゃん。祭礼用のは外で落ちたりするのが怖いから簡易の方がいいんだ。ありがとう」
「よかった、役にたてました?」
「うん、すごく」
これだけだ。仕事だから、今はこれだけのやりとりなのに。
こんなに嬉しい。
「葵」
狩衣をまといながら、由岐人さんが続ける。
「今日の直会、少し出たら、一緒に帰ろう。話もしたいんだ、いい?」
「・・・はい」
視線が行きかう。
私も、由岐人さんも浄化後、話そうと思って話せずにいた。
一歩、踏み出す機会を、作らなきゃいけないと思っていた。
「よかった。じゃ、そうしよう。どうせ、君は飲めないんだから、直会もすぐに退出するんだろう?」
「はい、・・・あの、由岐人さん」
「何?」
「お気をつけて」
神輿渡御に向かう由岐人さんに、私はいってらっしゃいをするように手を掲げた。
「うん、行ってくる。じゃ、またあとでね」
由岐人さんが向かう先で、囃子連と太鼓連のみなさんがあらっぽく出迎えるのが見えて、私は一人、ほうっと息をついた。
「あ~お~いちゃ~ん?」
その背中に嘉代さんの声。
なんだか揶揄うような調子も含まれた、その声音に、私はそっと後ろを振り返った。
「嘉代さん、お疲れ様です」
「お疲れ~葵ちゃんって・・・違う!何、何、今の!ちょっと、桐原と葵ちゃんてなんだか夫婦みたいじゃない?!」
楽しそうに訳知り顔で私の顔をぽんぽん、と叩いてくる。
「・・・ふ、夫婦って・・・」
いや、それはちょっと、なんだか違うんだけど。
「いや~そっかあ。うんうん、よかったねえ!」
勝手に自己完結して、嘉代さんは中に入っていく。
絶対なにか勘違いしてるよね!
・・・いや、その。
そういう勘違いは・・・。
ちょっとだけ嬉しいけど・・・・って違う!
まだ何も話もしてないんだから。
私は勝手に顔を赤くして、囃子の音が始まるのをぼんやりと聞いていた。
内容の進行がのろのろですいませぬ。まだ秋~




