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白袴の出仕録 1

いつもありがとうございます。またもやブクマが増え、おどろいたうえに、評価まで増え。いいね、もいれていただいて、感激もひとしおです。


今回は白袴の出仕録。白袴は見習いの袴です。勿論、上位の神職が儀式の内容に合わせて白をはくこともありますが、ここでの白袴は、桐原のことになります。出仕録、はそのまま勤務録の意味もありますが、見習い神職を出仕といいます。内容もちょっとマニアックな点が入っておりますがお許しください。

「桐原君、これでいいかなあ」


大祭直前、のんびりとした感じで、宮司から祝詞袋を渡された桐原は、一瞬何の事かと、返事に窮した。


「祝詞、中身を確認してもらえる?サキナミ様の事があるから、祭文の内容が少し変わったの」

「ああ、そうですね」


祢宜の言葉に、桐原は納得して、渡された錦の袋から、祝詞を取り出した。

要は祝詞の作文の添削だ。


サキナミノミコトはここ、幸波神社の御祭神だ。神社の元となった存在なのだ。

そのサキナミノミコトが消失している今、サキナミノミコトが結界の浄化前に自らを託し、中をとりもっていた、神、の存在を明確にしなければ嘘になる。

無論、サキナミノミコトの名はそのまま、この神社では語り継がれていくだろう。

しかし、祭儀を行う場合、実際は消失しているサキナミノミコト、をどこにつなげて、響かせるのか、神職としては正しく祝詞を作成しなければならないところだ。

宮司と禰宜がわざわざ、見習いの立場の桐原にそれを尋ねるのは、桐原の中にサキナミノミコトが同化したという経緯があるからだ。

新しく作り直した祝詞の添削を桐原に任せることで、一応の、筋を通したというわけだ。


「・・・よいんじゃないんですか?そもそも、俺も、サキナミ様の上にいた神様の名前、知らないんで」


ざっと目を通すと、桐原は苦笑いしながら、祝詞を宮司に返した。


「そうなんだよねえ。御祭神、サキナミノミコトの上に神様がいて、そことの仲取り持ちをしていたのが、サキナミ様だったからねえ」


宮司の作った祝詞には、神が二柱フタハシラ、書かれていた。まず、この土地を守りし大御神オオミカミ、そしてサキナミノミコトの御前オンマエに、と始まっている。今まではサキナミノミコトのみが記されていたのだ。


産土大神ウブスナノオオカミ、という線は考えなかったのですか?」


産土大神というのは、この土地神という意味だ。いわば、サキナミノミコトの職業的な名前ともいえるだろう。加えて、その上位にいる神も総称してあらわせることになる。

自分で提議しながら、桐原は、ああそうか、と宮司夫妻の顔を見ながら納得する。


「そうですよね、サキナミノミコトの名前はちゃんと記したいですよね」

「幸波神社、だしね。氏子たちもそこはちゃんと聞いてるよ」

「そうね」


桐原は静かに嘆息した。自分の中に納まった、サキナミノミコト。前世からの長いつきあいだ。この先、ここに奉職して、共にここで生きていくのだろう。そして、いずれは・・・。


「若木の欅が芽吹いたそうですね」

「うん、かまいたちが喜んで毎日がっちり世話してるわ」


いずれ、新たな欅にその力を返していければ、また、この土地を守っていてもらえるだろう。


「ちょっと、桐原君、あなたサキナミ様が中にいるからって、絶対ここに奉職できるって安心しないでよ?ちゃんと大学卒業しなかったら、雇用しませんからね」

「え?桐原君、卒業できないの?」


桐原の表情から、なにか読んだのか、祢宜の容赦ない言葉と、宮司の罪のない問いかけがされる。


「できます、卒業しますよ!」

「ふう~ん・・・卒論、大丈夫、なのね?」


そう問われると、なんだか逆に自信がなくなってくる。落ち着かなくて、思わず頭をがりがり、と掻いて、桐原は言い返した。


「ほんと、大丈夫!ちゃんとしますから!」

「ちゃんと?」

「はい」


祢宜が形のよい眉をぴくり、と動かして、じいっと桐原の顔を覗き込んできた。


「な、なんです?」

「・・・大丈夫、ね?・・・・葵ちゃんの事もちゃんと見てあげてよ?」

「!」


思わぬ言葉に、桐原は息を呑む。そんな桐原の肩をぽんぽん、と叩きながら宮司は言った。


「それは、余計なお世話、だよ、季子。な、桐原君」

「だって」

「じゃ。桐原君、祭典の方、頼むね。今日は社務所番は後藤さんたちに頼んであるから」


袴の腰下の空いた、三角の部分に手を入れて、パタパタとゆっくり袴を膨らませながら、宮司は去っていく。ちょっと見た目に可愛らしい。それでいて、空気の和む仕草だ。

祢宜は肩を竦めて、じゃあ、後で、と桐原に言うと、宮司に続いて、そこから去った。

祢宜が微笑みながら、宮司の顔を覗き込んで、何か言っている姿が見えた。

ウンウン、とうなずいて、さりげなく宮司が祢宜の肩にそっと手を置く。

仲睦まじい宮司夫妻の姿に、桐原は笑みを浮かべて見送った。


「葵、もう来たかな」


祭礼用の装束に着替えるため、桐原は参集殿に向かう。今日は葵の出勤時間は少しゆっくりめだと聞いている。他の助勤神主と社務番係だから、祭礼が終わるまでは会うのは難しいだろう。

浄化の後、何度か八百藤でも会って、会話はしているが、支障のない、軽い雑談ばかりだ。

あえて、浄化の時の話を二人とも避けるようにして、過ごしてしまうところがある。

本当は、きちんと話さなければならない。

サキナミ様の事、自分の気持ちの事。

葵の気持ちも知りたい。


「あ、桐原さん」


声をかけられて、桐原は、振り返った。巫女の宮園と瀧が立っている。今日は舞を奉納するのだと、前に聞いていた。


「お、今日は二人とも舞うんだよな。いつになくかわいいじゃない」


久しぶりに女の子対応の桐原節を使ったが、言っていて自らが白々しく感じた。

舞うと言って、浮かぶのは夏の大祭の葵の姿だ。

あさ、の事を思い出した時のあの美しい舞姫だ。


「葵ちゃん、来てますよ」


知ってか知らずか、宮園がいたずらっぽい笑みで、にこりと笑う。


「・・・大人はちゃんと仕事をするもんだ」


それを否定はせず、桐原は笑いながら、まじめに返した。


まもなく幸波神社、秋の大祭が始まる。



祭文、祝詞は、古典さえ、ちゃんと学び、作文の仕方をすれば、普通に作れます。

中には先代や先輩の作った祭文を名前だけ書き替えて、作成したりする人もいるようですね。


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