55 秋の大祭
いつもお寄りいただいている方に感謝いたします。
またブクマが増えました。毎度驚きです。
いいね、も入れてくださった方にも感謝申し上げます。
喜びを下さったみなさまに、素敵な喜びがおとずれますように。
今回もよろしくお願いします。
10月10日。秋の大祭。
昔は祝日で必ず休みだったらしいけど、今は違う。
例によって宮司さんには学校に神社の手伝いで、と連絡を入れてもらって、学校は休みになった。
今日は八百藤も休みだ。お供えの野菜も昨日、運び込んでいるし、今日神社に向けてすることは特にない。
大祭に合わせて、休みをとったのだ。
奏史兄さんは、先日生まれた、赤ちゃんの無事出産のお礼参りをこの日に合わせてしたい、と言っていた。
私は朝食の支度と神社に行く準備をしながら、小さな泣き声が上がるのを聞いて、思わず口元をゆるませた。
どうかな、と思いながら、お湯をわかす。亜実さんに教えてもらった、キューブ型の粉ミルクを哺乳瓶に入れ、そっと、様子を伺っていると、奏史兄さんが、赤ちゃんを抱えて入ってきた。
この子の名前は「幸太」くん。奏史兄さんと亜実さんの赤ちゃんだ。
生まれて1週間以上はたったけど、まだまだ小さい。亜実さんも幸太くんも四日前に病院から退院したばかりだ。
入院は5日間。結構短くて驚いた。亜実さんは元気にしているけど、少し疲れているような感じで、日々、過ごしている。出産は相当に、体力を使うものらしい。
加えて、赤ちゃんのお世話は大変だ。
赤ちゃんは、夜通し泣くし、その都度おむつ替えから、授乳と、お母さんの亜実さんの負担は大きい。
朝は亜実さんをせめてゆっくり休ませたい、と奏史兄さんと相談して、朝方泣いたら、そのまま私と奏史兄さんでお世話してしまうことになった。
授乳は毎度母乳がでるほど、まだ整っていない。夜通し母乳でなだめているのだから、朝ぐらいミルクでなんとかなる、と始めたら、結構なんとかなってしまった。
亜実さんのお母さんが、朝食後にいつも来てくれて、日中は洗濯や掃除をしてくれる。
亜実さんのお母さんが言うには、1か月はできるだけ母体も無理をさせずに、赤ちゃんの世話だけで過ごすのが理想的なのだそうだ。
「葵ちゃんがいてくれてよかったわあ」
二言目には亜実さんのお母さんがこういうから、私はなんだか気恥ずかしい。朝のお世話を済ませてくれるだけでもかなり助かるらしい。
奏史兄さんが幸太君のおむつ替えをしている間に、私はミルクに熱湯をそそぐ。そして、保冷材を入れたタライの水に哺乳瓶を入れて、冷ます。人肌くらいの温度まで下げて、というけど、実はまだ、あんまりよくわかってない。何滴か手に垂らして、首をかしげながら、奏史兄さんにそれを渡すと、兄さんがにかっと笑った。
「お、いい感じじゃん。わかってきたかな、人肌」
「わかんないよ、ほんとにそれで、大丈夫?」
「オッケー、オッケー」
奏史兄さんはひょいっと幸太君を抱えなおすと、ミルクを幸太君に飲ませ始めた。
・・・うっ。かわいい・・・。
コクコク、と一心に飲む様子の可愛いことったらない。
いつまでも見ていたいけど、そういうわけにはいかないから、簡単に朝食の準備を済ませてしまう。
味噌汁と、ごはん。そして、亜実さんのお母さんが作っておいてくれた漬物と煮ものを並べる。もちろん、亜実さんの分は後でゆっくり食べてもらえるようによけてある。
「おう、葵、気にしないで、食べちゃいな。神社、行くんだろう?」
「うん」
「片付けは俺がやっておく。昼過ぎたら、俺も神社に顔だけ出すから」
「わかった」
奏史兄さんに言われて、ミルクを飲んでいる幸太君を見ながら、ごはんを食べる。
ああ、ほんとに可愛いなあ。
行く前にまだ、寝てなかったら一回抱いてから出かけよう。
奏史兄さんもすごく嬉しそうにミルクをあげている。
「今日は桐原君もくるんだろう?」
「うん」
由岐人さんは相変わらず、八百藤の夕方の片付けに来てくれていた。
来てくれて、いるんだけど。
ちゃんと、色々話をしたいって思いながら、なかなか時間が取れないでいる。
あの日。
浄化の後、私は力尽きて眠ってしまって。
由岐人さんに運ばれて、気が付いたらもう駅だった。
「お疲れ様」
って由岐人さんに言われたけど。
あの時の私は、もう何も話せない状態だった。
頭の中がぐちゃぐちゃで、悲しいのとか、終わった事とか、その後の事とか、もうとにかくいっぱいいっぱいで、、由岐人さんの顔がまともに見られなかった。
その後、神社でのバイトもなく、亜実さんの出産があったりして、八百藤は休みにしていたから、会わなかったんだよね。
亜実さんの退院する二日前から、八百藤も営業を始めたから、それに合わせて、由岐人さんも来てくれるようになったんだけど。
色々あった後の、微妙なあいだ、に会わず、話さずいた分、がなんとなしに気まずくて。
それこそ、大事なことは、何も話せてはいない。
もちろん、普通にはしてるから、雑談もするんだけど、どこか、ぎこちない。
・・・その、ね。浄化の後の事とか、サキナミ様の事とかも話したいのに、言い出せなくて、今に至るんだよね。
参ったな。今日はちゃんと話さないと。
「・・・葵、大祭終わって、少し落ち着いたらさ、幸太の出産祝いしようと思うんだ。桐原君も呼ばないか?」
「・・・え?」
思いがけない言葉に、私が顔を上げると、奏史兄さんが、幸太君の背中をやさしくトントンとさすりながら、げっぷを促していた。幸太君、ミルク、飲み終わったんだ。
「みんな、がんばったじゃん?俺たちは幸太の出産。・・・その、お前たちもさっちゃんたちと色々あったんだろ?」
さっちゃんか・・・。結局、サキナミ様の事、さっちゃん、って呼ぶの、奏史兄さんだけだったなあ。
「さっちゃんの好きだった料理も用意してさ、みんなで、がんばった会、みたいにしてやろうよ」
奏史兄さんの提案はすごく嬉しかった。私は大きく頷いて、同意した。
うん、この話をしてみよう。
そして、こないだの事とかちゃんと話そう。
私は味噌汁を飲み終わると、気持ちも切り替え、神社へと出向いて行った。
*****
今日の大祭は、私は裏方だ。とはいっても巫女の装束は身に着けている。
社務所番を頼まれたので、土屋さんと、後藤さんと一緒に待機しながら、お守りの頒布台を任されていた。
正規の職員さんと桐原さんは皆、本殿に行って、祭礼をつとめている。
献幣使、と呼ばれる人が同じ市内の神社から選ばれて、やってきている。
格上の神社の宮司さんが勤めるらしく、うちの山内宮司さんを含め、祢宜さんたちもどこか緊張しているような様子だった。
それ以上に緊張している、というか、気合が入っていたのは巫女長の紘香さんだ。
祭礼中に巫女舞を奉納するのだけど、紘香さんが、教えた二人の巫女さんが初デビューするのだ。
自分が舞う時よりもドキドキしてるって言いながら、二人の装束の準備をしていた。
檜扇、という全面ヒノキの板で出来た大きな扇を持って舞う、豊栄舞という舞だ。
扇の両脇には五色の紐が長くつけられている。
巫女さん達の装束も、ひな祭りのお姫様みたいな華やかなもので、着飾った二人を見た私は思わず歓声を上げた。
紘香さんは社務所の番を心配していたけど、まるで母親のように二人の巫女にあれやこれやと気を遣って、せわしない様子だった。見かねた後藤さんが、ここは大丈夫だから、と背中を押したので、紘香さんは本殿そばで控えているはずだ。
「今回は葵ちゃんは舞わないのかい?」
後藤さんが、窓の外の参拝者を気にしながら、そんなことを尋ねてきた。
「夏の舞は見事だったな。あの桐原君もどうしてどうして、なかなかうまく舞った。僕は見とれていたんだよ」
「ありがとうございます」
あの夜の舞を思い出すと、なんだか体の中からじん、と熱いものがあふれてくるような気がする。由岐人さんと舞った、二人舞。あさ、であることを自覚したきっかけの舞。
舞人の仮面越しに、私を見つめていた由岐人さんの視線が脳裏に鮮明に浮かび上がる。
あの時、サキナミ様は由岐人さんの中にいたんだよなあ。
あの時は憑かれている、って感じだったけど。
今も、由岐人さんの中にいるんだ。そう、今は同化してしまって、あの時のように話をしたりってことはできないけど。
・・・最後にお礼ぐらい、言いたかったのにな。
あの時、私は気づいていた。
あの日、混乱して、わからないつもりでいたけれど。
最後に私を引き寄せて、唇を重ねたのは・・・サキナミ様だ。
由岐人さんの私への想いは知っているけれど、別にそれを介してのことじゃない。
・・・あれは、サキナミ様のあさ、と、私への挨拶だった。サキナミ様なりの挨拶だった、と私は感じていた。
あんなに想われていたんだ。知らなかった。
だから、余計に悲しかった。
ずっと守ってくれて、ずっと見つめてくれていた、サキナミ様。
幸実さんの姿を形どり続けたのも、きっと、あさ、の私のため。
ちゃんと、ありがとうって言えたらよかったのに。
私は少しだけ瞼が熱くなるのを感じて、それを隠すようにお茶を入れに席をたった。
またのお越しをお待ちしております。
ありがとうございました。




