社務日誌 13
皆さん心かけていただき、ありがたいことにまたブクマが増えております。
ちゃんと最後まで走り切れるように、とにかく表現や構成の未熟さはなかなか治りませんけど、努力はしていきたいと思います。
心より感謝をこめて。どうぞよろしくお願いします。
朝の礼拝と予定確認が終わった幸波神社。
祢宜の季子は、宮司に目配せすると、そのまま本殿へと向かった。
浄化のあの日から数日後の事である。
時は10月に入ろうとしていた。
「祢宜さん、本殿の掃除なら、自分が行きますけど」
作業大好きの神職、東嘉代が、すでに作務衣姿の状態になりながら、祢宜を追いかけてきた。
秋の大祭を前に、普段はできない部分の掃除も少しずつ始めている段階だ。
祢宜の動きを見て、東なりに、気をきかせてきたのだろう。
無論、社務所での事務をしたくないのが一番の理由なのだろうが。
「準備いいわねえ、嘉代ちゃん」
苦笑いしながら、季子は振り返る。
「だけどねえ、今日は巫女舞を教える日だから、紘香ちゃんも社務所にいられないのよ。だから、嘉代ちゃんはいてくれない?今日は私一人で本殿、掃除したいの。」
「・・・え」
「今、露骨に、やな顔したわね」
今日は土曜日だ。日はそれほど良いわけではなく、外の出張祭典もない。
だが、吉日を気にしない中での祈祷が、飛び込みで入るのは予想がついた。
書記の土屋が来ているが、今日は住谷も息子の保護者会とかで、休みをとっている。
宮司は町会に用があるようだったし、桐谷や後藤も今日は所用があるとかで、助勤には入ってなかった。
「・・・わかりました、たまにはちゃんと社務番しますよ」
「午後から正歩が帰ってくるから、もし手がなかったら声かけて」
「・・・もう受験生振り回せない時期じゃないですか?」
「少しは息抜きになるでしょ」
東は、仕方ない、と踵を返して、社務所へと帰っていった。
東の作業好きには正直助かっている面はあるが、こういう時も必要だ。
季子は肩を竦めて、そのまま、本殿へと向かう。
本殿に行くと、もう主が姿を見せる事のなくなった、その社殿のそばで、かまいたちが土いじりをしているのが見えた。
「かまいたち?」
「・・・ああ、季子殿」
季子が声をかけると、かまいたちが振り返る。
「今日は日の力がよいからな、私の風の力をそそぎながら、水やりをしていたんだ。」
「サキナミ様の若木、ですね」
かまいたちのいる目の前には季子の膝に届くほどの小さな木が植えられていた。
季節を間違えたように、青い葉をつけて、戸惑うように、揺れている。
かまいたちの要請で、季節柄、葉の芽もつけずに植えられたはずの若木だった。
それが浄化の後、不思議と芽吹いたのだ。
かまいたちは喜んで、毎日せっせと世話をしている。
その後ろで、あのサキナミノミコトの源である欅の木が半分倒れるように傾いていた。
そっと、それに触れて、季子がかまいたちに微笑みかける。
「少し、落ち着きました?」
「・・・まあな。すまぬ、先日私の力が暴走して、あろうことか、サキナミの木をあんなようにしてしまって」
浄化の終わった後。分かってはいたのだが、サキナミノミコトの消失に、かまいたちは悲しんだ。そのせいだったのか、力が抑えられず、ちょっとした竜巻を起こしてしまったのだ。
老木は耐え切れず、半分折られるようにして、今に至る。
「昨日、宮司がお祓いをしましてね、後で氏子会で、この木を伐採してくれることになってるんです。それをまた氏子さん達に配ってそれぞれで色々に使わせてもらえたらって。うちでもお守りの芯に使わせてもらおうかな、とか話してるんですよ」
「そうか・・・」
「私も一部もらって、灰にして、その若木の用土にまぜてもらったらって思ってます」
「うん、そうだな、それはいいな」
かまいたちの口元が緩んだ。季子はそれに添うように微笑む。
「・・・桐原は、どうしている?」
「元気にしていますよ、今日は助勤に入ってもらえなかったけど。そのうち、サキナミ様の力もうまく使いこなせるようになるといいんですけどね」
「葵は?」
「・・・・頭の中ではわかってるんでしょうけどね。桐原君の中に、サキナミ様がっていっても、もう話もできないし、寂しいんだと思いますよ。ちょっと、元気ないかな」
「・・・その、・・・・」
かまいたちが、何か言いかけて、うつむいた。
その様子に、季子が大きく目を開き、やがて、笑い出す。
「なんですか、かまいたち。精霊のあなたが、言いよどむなんて。人間くさくて・・・なんだか・・・」
「サキナミ、みたいか?」
ふいっと、かまいたちの顔が季子の方を振り返った。笑っていた季子の表情が瞬間、固まる。
「・・・季子殿、あなたは大丈夫なのか?」
できれば、そこは聞いてほしくなかったのだけど。
聞いても欲しかった事で。
季子は苦笑した。
24年以上の付き合いだった親友、だった。いつも語らえる、よき友だった。
その存在がいなくなって、大丈夫、とは言い難い。
わかっていたことだ。
そして、その友が消失した今、友に代わって、若木を育て、守る責務がある。
桐原という力を受け継いだ若木と、目の前のサキナミが残した欅の若木と。
この土地を守るために、この社の神職として、サキナミノミコトの友として、の先がある。
だから、感傷に浸っている場合ではない。そう、言い聞かせてきた。
でも大丈夫、で抑えておけるものでもなかった。
どこかで吐き出してしまいたい思いがあった。
かまいたちが心かけてくれたことに、季子は甘えることにした。
かまいたちは自分以上に長い時をかけてのサキナミノミコトとの付き合いがある。
「今日はここの掃除にきたんですよ」
「うん」
かまいたちは、季子の言葉が若干震えているのを感じた。
「今日は色々思い出しながら、せいいっぱい綺麗にしようかなって。かまいたちも付き合ってくれます?」
「もちろん。社殿周りの落ち葉やごみはこちらが引き受けよう。」
その時、かまいたちは、季子の目が若干潤んでいるのを知った。
それを見た時、同じ友を想う人間の心に温かな気持ちを感じた。
(人間臭いのも悪くはない)
かまいたちは、今一度、青い葉をつけた若木をそっと見やった。
消失から、後引いてしまいました。さて、次回あたりから、秋祭り。
こっちはもう立春。ああ、ノロノロ運転です。すいません。




