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幸波伝奇 8

いつもありがとうございます。驚きです。またブックマークが増えました。

こんなマイペースなつたない文におつきあいいただき、恐縮至極です。

心より感謝を込めて。

どうぞよろしくお願いします。

そっと、口元に手をやりながら、桐原は赤面した。


(サキナミ様のやつ・・・!)


内心で悪態をつくのが精一杯だ。

自分の意識がありながら、最後の最後でサキナミノミコトに体を取られたように動かされ、あろうことか、想い人と口づけを交わしてしまったのだから。


桐原としては、非常に複雑な気持ちだ。

これが何事もなく生じた行為であれば、おそらく、恥ずかしくとも、嬉しい気持ちもあって気分は浮上していただろう。

しかし。

自分の一部になったとはいえ、葵との別れ際に、葵への想いをのせ、その上で、自分への置き土産のような形で、葵に触れていったのだ。

あの、サキナミノミコトは。


前のように語り合えなくなった寂しさはあるが、葵のような悲しい気持ちは、まず、消えた。

頭の中で、小さかったサキナミノミコトがにんまりとしているのが思い返されて、桐原は深く深くため息をついた。


目の前で息を小さく立てながら、葵が眠っている。

精神的な疲れと、祈りの後の疲労で、大切な想い人はあの後、そのまま眠ってしまった。

抱えながら、首塚に一礼して、寺の境内を後にする。

葵の体の重さを、腕全体で感じて、たまらなく幸せな心地になった。

目覚めた時、また、彼女は悲しむだろうか。

それとも思わぬ行為を思い出して、問いただされるだろうか。

桐原はまた一つため息をつくよりほか、なかった。



******



『由岐人と共に、お前と一緒にいる。』


サキナミノミコトが葵に告げた時、体全身が震えるような感覚があった。

桐原にはこれから来ることがわかった。

(最後に、由岐人と、呼んできたな・・・)

全てを受け入れる覚悟で、桐原は身構えた。


『由岐人、後は頼む。』


やめろ、とも言えなかった。こうなることはいずれ、わかっていたから。

ずっとその時を迎えるつもりで、ここしばらくはサキナミノミコトと向き合ってきたつもりだ。

葵の手を取り、浄化のための手段をはかる。

扇を結界の中心に刺すように、とサキナミノミコトから継がれた知識が葵に告げる。

扇とサキナミノミコトは力のつながりがある。

ここで、サキナミノミコトの巫女である葵が祈り、サキナミノミコトの力を受け継いだ桐原が取る行動がそのまま、扇を通して、結界中央を悪い気で満たしている、黒い靄に作用することになる。


サキナミノミコトと一つになる時、あらゆる穢れを祓う大祓詞が脳裏に浮かび、この言霊の力を元手に、葵と浄化をしろと、暗にサキナミノミコトに言われているのは分かった。

大祓詞はまともに唱えれば15~20分はかかるものだが、神職ならば、みな諳んじて唱え、書き上げられるのが当たり前の祓い詞だ。神道学を学ぶ者の、基礎にもあり、学生は苦労して暗唱していくものだ。


「高天原に神留まります・・・」


桐原が唱え始めて、しばらくすると、隣で祈りを始めていた葵と、ふと、目が合った。

リズミカルな祓詞だから、多少の動作が入っても言葉は飛ばない。

桐原は黙って、頷いて見せた。

それに応えるように、葵も一心に祈り始める。


美しい、と思った。


ひたむきな、葵の祈る姿。

なんて美しいんだろう。


あさを想っていた幸実、としての気持ちがほのぼのと自分の中に目覚める。

と、同時に、わずかに残った、サキナミノミコトの意識を感じた。

『由岐人、来る!』

もうほぼ同化している中で、サキナミノミコトが残りの意識を振り絞るように、桐原の体を動かした。


「葵!!」


黒い靄が葵に襲い掛かるように伸びていた。サキナミノミコトの力に乗せられながらも、必死になって、葵の体を支える。


「祈れ、祈るんだ!」


自分が言ったのか、サキナミノミコトに言わされたのかも分からない。言いながら、自らの体に宿されたサキナミノミコトの精霊の力を使おうと、両手に意識を集中させ、その手で葵の両手首を握りしめる。

葵の祈りの力にのせて、精霊の浄化の力を流していくのだ。


両手首から、葵の体がわずかに震えているのを感じた。

必死な祈りに、自分も寄り添って、助けたい。

どのくらい時がたったのか。

気が付けば、その葵の手に何か別の力が添えられているのを悟った。

(・・・桔梗姫、か)

その顔を見て、すぐに悟ったのは、そこにあさの面差しを見たからだ。

一度だけ、桔梗姫は、桐原の方を見て、微笑した。


その後は無事に浄化がされて、葵は前世の両親を天に送っていった・・・、のだが。

無事に終えた浄化の最中の、サキナミノミコトの喪失。

これをどう、葵に伝えるべきか、桐原は将門と桔梗姫の光を見守りながら、考えあぐねた。


葵は悲しむだろうか、いや、別れも言えなかったのだから、辛いだろう。

そう思いながら、葵に問い詰められ、桐原は自分の立場の苦しさを恨んだ。

そのなかで、まだわずかに、サキナミノミコトの意志が残っていることを知る。

一言、何か、葵に言ってはくれまいか、そう思ったあたりから、ふっと自分の意識が途切れている。


我に返ったのは多分その数分後だ。

何が起こったのか、わからなかった。

目の前に葵の驚いたような瞳があり、自分の口で、彼女の口を塞いでいたのだから。


「!!」


触れるような口づけは、わずかな時間だった。桐原にはそのわずかが、長く感じるようだった。


『由岐人、葵を守れよ』


そう最後にサキナミノミコトは桐原の脳裏に語り掛けると、自分の中に消えていった。

すん、と何かが収まった感じがして、桐原は全てが終わったことを知った。

サキナミノミコトは桐原由岐人、の中に完全に同化した。


さて、次回からはまた幸波神社のお話に戻ってまいります。

まだ秋の大祭も終わってないし。

もうこっちは節分前なのに。ゆっくりです、すいません。

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