54 消失
いつもお寄りいただきありがとうございます。
気が付いたら、日付変更してしまっていました。
こちらに来てくださる手間をかけてくださった皆様に感謝を込めて。
よろしくお願いします
白く光る将門と桔梗姫。
浄化できたらしい、安堵感と、目の前の非現実的な美しさに、私はぼんやりと立ち尽くした。
『あさ、よくがんばりましたね』
桔梗姫が柔らかく微笑む。なんてきれいな笑顔だろう。前世の母と知りながら、私はその顔に見とれていた。
『そなたがわしの娘か』
将門がゆっくりとこちらに歩みを寄せてきた。
音は鳴らないが、重たそうな甲冑が揺れて動く。寄り添うように桔梗姫がそれに続く。
『晴明殿の粋な心配りかのう。このような結界を時を経てもなお、生かし、それに我が娘が関わるとは・・・・いや、今は、娘の魂を受け継ぐ者、であるな』
そう、そうなんだよね。
今、この時代に、将門にいきなり娘か、って言われてもちょっとね。
私は当惑気味に桔梗姫の顔を見た。
それに応えるように、桔梗姫はますます笑みを深め、そっと私の頭に手を載せた。
それを見守るようにして、将門が私を見下ろす。
『そなた、名を申せ』
「葵・・・です」
私が応えると、二人はとても嬉しそうに顔を見合わせた。前世の両親は仲がよかったんだろうなあ。余計な話をしなくてもわかりあってる、この感じ、ちょっとうらやましい。
『葵、我らは天に帰り、この土地をはじめ、晴明の桔梗紋の結界の守護をさせてもらおう。しかし、葵の名のもと、我らの力が必要な時は、呼ぶがよい』
『前世ではそなたを守ることができなんだ。今世はこの母も父もお主の力となろうぞ』
「え・・・?」
なんかさりげなくすごいこと言われたような気がするけど。
我らの力って・・・二人の事呼べって!?
・・・いや、もうそんな神様みたいな人たちをそう簡単に呼べないでしょ。
どういうことですか?と聞こうと思ったけど、二人はさっさと昇天しようとしていた。
二人の姿が眩しさで、より真っ白になっていく。
まるで空へと続く光の柱ができたように、一筋の光が目の前に伸びた。
『感謝する、葵。』
『健やかに過ごしなされ』
「え?・・・え?」
いや、待ってよ、もうちょっとその大事な事について聞かせてほしいんだけど。
私がもたもたしている間に、しゅん、と目の前の光が消えるや、二人の姿も一緒に消え失せていた。
ああ、・・・いっちゃったよ。もう。
「葵、それ、なんだ?」
由岐人さんに言われて、その視線を追い、自分の両手に乗せられた物を見る。
「・・・扇?・・・さっきボロボロになっていたのに・・・」
両手に乗せられていたのは先ほどの浄化でなくなったはずの扇だった。
よく見ると、軸の部分に家紋のような印の入った根付がついていた。
中央に黒い丸。その周りに八つの小さい黒い丸が描かれた紋だ。
「・・・九曜紋、だな」
「九曜紋?」
「昔から厄除けに使われた印だよ。家紋にも使われてる。・・・将門の紋は確かそれだったんじゃないかな」
由岐人さんの言葉に、先ほど、将門が呼ぶがよい、と言った言葉を思い出す。
「この扇を使って、呼び出せって事なのかしら・・・でも、これ・・・」
サキナミ様の扇だったんだけど、と言おうとして、その軸の手触りの違いに眉を寄せた。
「・・・違う。これ、サキナミ様の扇じゃない。将門がくれた扇、なんだよね」
「・・・そう、だな」
何故か、由岐人さんがひどく辛そうな目で、私を見てくる。
一瞬、どうしたんですか?と聞こうとして、思い当たることに気づき、体が震えた。
「・・・由岐人・・・さん?サキナミ様の扇、なくなっちゃったけど・・・」
言いながら、額の方から熱が引いていく気配がしていた。
ああ、口が、うまく回らない。震えが止まらない。
いやだ、私、思い違いしてればいいんだけど。
「・・・サキ・・・ナミ、様は?」
「・・・サキナミ様は。もう俺の中に・・・同化した。・・・同化しつつある」
「・・・え?」
嘘でしょ?何にも聞いてないのに、いきなり、そんな。
問い詰めるように、由岐人さんの手を取って、由岐人さんの顔を覗き込む。
「もう、もういないの?サキナミ様!?・・・話せないの!?」
そうか。さっきの。さっきの違和感。
『由岐人共に、お前と一緒にいる』と言われた時の、あの感じ。
あれは別れの挨拶だったのかもしれない。
私は今どんな顔で由岐人さんの顔を見上げているのだろう。
苦しそうに、私を悲しい目で見る由岐人さんに、何を言ったって、戻らないものは、もう仕方ないというのに。
「葵」
由岐人さんが固い口調で、私を呼んだ。
苦しそうだった由岐人さんの表情が一変する。優しいまなざしだけど、どこか遠くを見るような表情。
「・・・サキ、ナミ、様?」
「葵」
浄化に力を注いでくれたからなのか、サキナミ様の由岐人さんへの同化が早まったんだ。
もうこれきりなんだ。
あなたのお陰で、道が開けて、色んな人と出会えたというのに。
涙が滝のようにこぼれ始める。
なんで泣いてるのか、悲しいのか、もうぐちゃぐちゃだった。
ありがとうがいいたい。まだ色々話したい。もっと一緒にいたい。
でも、だめなんだ。
すっと、突如、由岐人さんの手が伸びて、私の頬をなぞる。
涙でその手が濡れてしまうのを私は悲しい思いの中で感じていた。
サキナミ様、の由岐人さんはそのまま、その手を私の頭へと伸ばし、私を引き寄せた。
「!!」
一瞬、だった。
私は瞠目したまま、体が動かなかった。
突然の口づけ、だった。
『ありがとう』
頭の中にサキナミ様の言葉が流れる。
・・・え?
口づけをされたまま、ぼんやりと、私は、目の前の由岐人さんの閉じられたまつ毛を見つめていた。サキナミ、様?・・・由岐人、さん?
頭の中で、軽い混乱を起こしながら、私は何かの術にかかったように、睡魔に襲われた。
「葵!?」
意識を眠りの中に落としながら、呼びかけられるその声は、由岐人さん、その人のもので。
私はその腕の中に体が落ちていくのを感じた。
さよなら、サキナミ様。・・・・ありがとう。
目を覚ましたのはその小一時間後。タクシーで駅に運ばれた後だった。




