幸波伝奇 7
いつもありがとうございます。お寄りいただいた方とブクマしてくださってる方に感謝をこめて。
よろしくお願いします。
宮司宅の方から、龍笛の音がする。
桐原は、大学で雅楽を少し学んでいる。学んでいる楽器は篳篥だが、音を聞けば、それがかなり良い質の太い、いい笛の音色だという事は分かった。
まだ曲にもなってないが、まっすぐな音が出ている。
(正歩、筋がいいな)
おそらくは抱節の笛で音を出す練習をしているのだろう。桐原は参集殿の二階を仰ぎ見た。
抱節の力を宿した笛の音は退魔の役目もするという。
今後の為に、少しでも、という正歩の気持ちを感じて、桐原の口元が緩んだ。
東桔梗の話を皆でした翌日の夕暮れ。
桐原は本殿に向かっていた。この後、八百藤で片付けの手伝いも予定している。
出産を控えている亜実に、少しでも安心してもらわなければならない。
昨日、目の前で倒れた葵の事も気になる。
しかし、その前に、話すべき相手がいる。
「桐原」
「サキナミ様」
桐原はサキナミノミコトの姿をみるや、顔をしかめた。
サキナミノミコト、は仮の姿である小さなサキナミ様の姿を解いて、今は元の姿に戻っている。
その姿の方が色々と術を施したりするのには都合がいいとのことだが、小さい時のように力を蓄えることができない。
現に、夏祭りで力を放出して、間のない今は、元々力の備えがあまりないはずだった。
夏の時のように実体化した彼の存在は今はない。
どこかはかなげで、透き通ったような風があり、桐原は彼に残された時間の少なさを痛感せざるを得なかった。
「桐原、悪いが、もうお前の体に入ろうかと思う」
「・・・・完全に一体化はまだしない、だろう?」
桐原はそこを懸念していた。完全に一体化した場合、元となる桐原の体にサキナミノミコトが融合するような形になる。おそらく、そこで、サキナミノミコトの意志はなくなるような気がしていた。
「ああ、まだ自分で、ある程度の力を繰れるからな。ただ、もうここの欅とは離れる。将門殿の浄化のため、私もお主と共に行こうと思うからな。この土地を守るつとめは、一旦、神に託そうかと思っている」
「そうか。それで・・・大丈夫なのか?」
「私を取り入れたお前が、神様との仲取り持ちとして、今後はこの土地を見守ってくれたらいい。引継ぎができるかどうか、わからないが、一応、若木も別に備え付けることにした」
本来、土地を守る木の精霊は、その元の木を源にして、力を宿し、その存在を存続させる。
木が老齢となれば、若木を選び、そこを宿り木として存在し続けるのだ。
残念ながら、サキナミノミコトの力を受け継ぐだけの欅の木が見つからなかったのは、周知の事だ。
それゆえ、サキナミノミコトと魂を同居させた相模 幸実の生まれ変わりである桐原の体が、その力を受け継ぐ器として選ばれている。
それにしても。
今、この段階で、若木が見つかったのか、と、桐原は眉を寄せる。
そもそも、自分が器に選ばれなかったら、6年前に自分の命もなかったのだから。
「守りの木になる欅が見つかったのか?」
サキナミノミコトの存続が違う形でかなうことがあるのだろうか、と自分の体の事はさておき、思わず桐原は問いていた。
「なるかどうかはわからぬよ、かまいたちにうるさく言われて、一応、植樹はした。お主がこの先、育ててくれたらよいが・・・・ま、わからぬよ。お主の体の事は心配ない。もう完治して、健康体だ。若木が育ったところで、それは関係ないからな。力もそのまま、受け継いでくれ。」
かまいたちは寂しいのだろう。
桐原はかまいたちが友であるサキナミノミコトを心配していることを察した。
わからぬ、とサキナミノミコトが、繰り返し言うのも、縁ある桐原を若木として、力を受け渡す器に選ばざるをえなかったのに、友を納得させるための行為として、植樹をした、というところからなのだろう。
「昨日、葵は・・・桔梗姫の事を思い出したようだ」
「あさの母親だな」
「・・・サキナミ様、やはり知っていたんだな」
「責めるなよ、前世の記憶は自分で引き出した方が、負担が軽かろう?」
サキナミノミコトは苦笑いを浮かべながら、桐原をなだめるように語る。
桐原は眉をしかめながら、肩を竦めた。
「まあ、そういところなのだろうけど。葵は自分の父親の浄化をするってことになるんじゃないのか」
それが葵に精神的な負担をかけるのではないか、と桐原はその先を心配している。
「だから、できる。お前たちの前世の時、朔夜殿が共にあさ、を連れていたのは、あさ、ならば、慰霊の祈りが届くであろうと、将門殿に届くだろうという考えがあっての事だった。・・・しかし、時は経ちすぎだ。同じ効果がある、とは言い切れないが、な」
「しかし、やるしかないんだろう?」
「うむ・・・おぬしがいるならば、大丈夫かと思っているんだがな。私の力が備えられれば、戦力としても問題ないだろう」
「・・・あんたに刷り込まれた知識の膨大さに、最近、頭が追い付かなくてな、ちょっと不眠ぎみなんだが」
ここしばらく、桐原はサキナミノミコトからその知識や力の使い方を直接体から吸収させられていた。
うまく整理がつかず、当初は昏倒して、寝過ごすというような事もあったほどだった。
器であることを拒否しようなどという気持ちはさらさらないが、桐原は、自分が一応の普通の人間であるということを、理解しろと、いわんばかりにサキナミノミコトを睨みつけた。
「ふふっ。そういう所が気に入ってるんだよ、桐原。それにお主ならば、葵を支えられる」
後半の言葉にサキナミノミコトの切ない部分が込められているようで、桐原は黙り込む。
ふいっとサキナミノミコトから目をそらすと、面白くなさそうに、彼はつぶやいた。
「あんたのそういうところ・・・ほんとに人間くさいよな」
サキナミノミコトはその言葉に微笑んだ。まるで、誉め言葉と受け取ったかのようだった。
ややあって、サキナミノミコトは固い口調で、桐原に語り掛けた。
「三日後。暦の上では、葵の気が強くなりやすく、また闇の力が衰える日になる。浄化はその日に行う。よいな」
桐原は緊張した面持ちで、その言葉を受け取った。




