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社務日誌 1

本編を支えるサイドストーリーです。幸波神社の社務日誌。葵から離れた視点で書いております

家田 紘香ひろかは幸波神社の巫女長だ。

短大卒業後、高校の頃からアルバイトで通っていた幸波神社に今年、正式採用された。

神職の職員は正職員と、助勤というアルバイトの職員がそれぞれ数名ずついるが、

正職員、の巫女はただ一人。あとはみな、アルバイトの学生の巫女になる。

アルバイトとして登録している巫女は20数名。これを束ねるのが巫女長だ。


幸波神社は民社といって、宮司である山内家が代々守ってきたこの地域の神社である。観光地や有名な神社や大社と比べたら、規模はとても小さい。それでもその土地柄と、地域に愛される神社であるがために、土日はもとより、平日も参拝す人が絶えることがない。

加えて、兼務社といって、後継者がいなくなって、そこの宮司や管理者が不在という、近くの20近い社を預かっている。と、なると、その20近い社の近隣も間接的な氏子区域となり、地鎮祭やその他の儀式での仕事が絶えないのだ。宮司である山内 正孝とその妻 季子は抱えている神職と巫女を上手に采配しながら、それをこなしている。


紘香はバイト時期からリーダーとして、後輩の教育から、部署の采配を半分以上任されていた。まじめで、自分に厳しく、不公平をしない。色んな学生が来る中、時としては宮司夫妻が頭を抱えてしまうようなバイトの子もいた。それでも不足のでることなく、うまく巫女集団を動かせる貴重な人材だ。


その紘香が社務所の片隅で、頭を抱えていた。

目の前にはスケジュール表と固定電話、自分のスマートフォンも置いてある。

18時。谷あいのこの神社は夜が来るのが早い。

境内の街灯がぽうっと光るその先の社務所は煌煌として暗がりの神社の中にひときわ目立つ。

退勤時間は17時だから、とっくに過ぎている。


「紘香ちゃん、まだ上がれない?」


ひょい、とエプロン姿で社務所に顔を出したのは宮司の妻、山内 季子だ。


「奥様、すいません。今度の夏祭りの出勤体制なんですけど」


紘香は困ったような顔で、季子の顔を仰いだ。紘香は、アルバイト登録している巫女の学生たちに連絡をとっている最中だった。


「あー、ありがと、やってくれてたのね、巫女さん3人はほしいんだけど。あなたは含まない3人よ」

「それが・・・大祭なんで、ちゃんとした子にきてもらいたいと思ってたんですけどね」

「だめそう?」

「高校生も大学生もテスト期間中なんですよね・・・どんぴしゃ。去年は確かテスト終わった後の日が祭りだったかと思うんですけど」

「そっかあ。うーん。じゃあ、その代わりにうちの正歩を入れて、あとなんとかなんないかな」

「正歩君出るんですか?あと神職の助勤さんで一人か二人代わりにってわけにはいかないですかね」

「そうねえ、宮司に聞いてみるわ、そ、れ、よ、り紘香ちゃん」

「はい?」


フチなしのメガネをしている季子の瞳がきらり、と光る。


「夕飯食べてって!」

「え、いいんですか?」

「嘉代ちゃんもまだ残ってたから、声かけようかと思って。たまにはさあ、そういうのもいいじゃない?」


宮司もいるから、女子会にはならないけどお、とこっそり続ける季子だが、それは紘香が気を使わないように出た言葉だろう。


「嘉代さんもですか?」


そういえば、と紘香は境内を見る。嘉代は今日は嬉しそうに境内の剪定をしていた。片付けもあるだろうから、帰りは同じくらいか、遅くなるかと思っていたのだが、まだ上がってきた形跡がない。


「嘉代さん、まだ上がってないのかな」


東 嘉代は巫女ではない。バイトの巫女だった時期もあるが、神職の資格を持ち、ここの正規の職員として働いて2年目になる。


「さっき八百屋さん来てたみたいだから、その対応してるみたい。新人さんが来てたみたいだからね」

「八百藤さん?新しい人やとったんですかね」

「さあね、どうかしら」


うふっと笑って、季子は何げなく社務所の裏山をのぞくようにコピー機越しの窓の景色を見た。

その先に、幸波神社の本殿とされる木造の社がある。

常人では見えない景色を、季子はそこに見ていた。

暗がりの木造の社にふんわりとまとうような青白い光。


「あら、いらしたかしら」


ささやくように言った季子の言葉は紘香の耳には届かなかった。


「紘香ちゃん、もしかしたら、新人だけど、一人来られるかもしれないわ、夏の大祭に」

「新人には重くないですか?」

「うーん、そうねえ、まあ話がきたら、つもりでいて」

「承知しました」


戸締りするからあなたは着替えちゃって、と季子は紘香に声をかける。紘香は頭を下げると社務所を退出した。2,3歩歩みだして、ふと、ぞわっと鳥肌が立つような気配がして、紘香は後ろを振り返った。

季子がエプロンを外し、本殿に向かって頭を下げている。そこに不思議な緊張感と澄み切った空気がぴん、と張りつめていた。

(「あ・・・・」)

この不思議な感覚に包まれる光景を見たのは初めてではない。紘香は思わず手を合わせていた。


(「神様、か。」)

でもそれも神社で奉仕する人間でありながら、断定できない自分に少し不足をもってしまう。

神か、不思議な何かか、今、季子はその何かに特別な礼をもって拝をしているのだろう。


「本物の巫女さんだなあ」


紘香は尊敬と憧憬こめてひとりごちた。

自分も巫女だが、ああではない。信仰者として奉仕するのに欠けている部分が大いにある。

そして、自分はああはなれない。

だから、せめて。

神様が喜んでくれるように。参拝者が喜んでくれるように。

宮司夫妻が喜んでくれるように。

だから、紘香は巫女長としてここで働いている。


着替えを済ませ、社務所に戻ると、季子はエプロンをつけ、窓の外を何か確認するように見ていた。


「すいません、お待たせしました。」

「ねえ、紘香ちゃん」

「はい」

「嘉代ちゃん、どこに向かってるんだろうねえ」

「はい?」


季子が指を指したその先に、境内の街灯に照らされた二つの物体が目をひく。


「あ・・・」


紘香は思わず絶句した。あの場所は、嘉代が剪定していた柘植があった場所だ。

緑の鶴と亀が見事に並んでいる。


「めでたくて、いいんだけどね」

「そ、そうですね」


繰り返すが、東 嘉代は女子神職である。ちょっと境内整備に熱が入りすぎて、ほぼほぼ白衣姿でいることがあまりないのだが。


「ひっろか~!一緒にかえろ~って・・・奥様!」


東 嘉代が現れた。もう着替えて、帰り支度も済んだ様子だ。


「待ってたのよ、嘉代ちゃん。夕飯たまには食べてかない?」

「え、いいんですか?」

「八百藤さんとこの新人さんの話も聞きたいしね」


途中、柘植の鶴と亀の話も挟みながら、幸波神社の女子職員が仲良く向かうのは、

参集殿の上の階、山内家の食堂だ。

美味しそうな匂いが漂ってきて、紘香と嘉代は思わず目配せする。


「さ、明日は大安だし、しっかり働くためにもいっぱい食べてね」

「はあーい」


職員思いの上司の奥様手ずからのご馳走に、紘香は心から感謝した。







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