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50 桔梗姫

いつもお読みいただいてる方、ありがとうございます。

ブクマしてくださっている方にも重ね重ね感謝申し上げます。

私のはつたない文なので、ほんとうに恐縮ですが、最近、読む方の物語の引きは結構よくて(っていう表現あってるのかな)。好みの作品に出会う感じがだんだんつかめてきました。ネットサイトによっても毛色が違うんで面白いですね。みなさんにもよい作品の引きがありますように。

前世の私が成長してからのことだ。師匠、朔夜に聞かされていた話があった。


あなたの母上は私の恩人だった・・・と。


桔梗姫。薬の知識に長け、精霊たちとも会話を成す、巫女。

もともと朔夜に旅の道中で役立つような、祈雨の舞や退魔の祓いを教えてくれたのは桔梗姫だった。

縁あって、桔梗姫は東国に行くことになったが、別れ際に、朔夜の力を見込んで、陰陽寮の晴明様に紹介してくれた、という。以前から晴明と親交があったようだった。


その後、桔梗姫は平 将門に見初められ、その妻となった。

しかし、将門は朝廷に対して、反逆をしたとの咎で、戦いに巻き込まれ、討伐されてしまう。

桔梗姫との間にはまだ生まれたばかりの娘、あさ、がいた。

晴明の判断により、桔梗姫の救出に向かっていた朔夜は、なんとか姫と出会うことが出来たが、すでに敵の包囲網に囲まれた中であった。

火がかけられ、逃げ道を失った中で、桔梗姫は精霊の力を借りて、朔夜とあさ、に守護の守りをかけ、その場から逃れさせてくれた。

桔梗姫はその焔の中で命を散らした。

朔夜は、あさを孤児としてひきとったという態で、将門の娘であることを隠しながら、晴明の情報係として、旅芸人を続けた。


そうだ。

旅の途中、ある場所で、薬となる桔梗の花が咲かなくなったという所を訪れた事があった。

咳や喉の炎症を沈める桔梗は、当時重宝された。

そこで聞かされたんだ。

・・・思い出した。

この場所の桔梗の花は、あなたのお母様の死を悼んで、咲かずにいるのだ、と、師匠は話していた。

この場所の桔梗を、土地の人たちの為にあなたのお母様は使われていたのですよ、と。


ぼんやり、と私は目を開いた。

また記憶の波に呑まれて、意識を失っていたみたいだ。


「葵ちゃん、大丈夫?」


となりで亜実さんが横になりながら、こちらを伺っているのに気が付いて、私は飛び起きた。


「亜実さん!ごめんなさい!迷惑、かけて・・・!」


亜実さんは退院したんだ。無理できないから、まだ横になっていなきゃいけないのに、私なんかの隣で布団敷いて寝てるなんて。心配、してくれたんだろうな。申し訳ない。


「大丈夫よ、留守中も色々してくれたみたいで、ありがとうね。また、出産になったら、入院しちゃうけど、お願いね」


ふんわりと優しく笑う亜実さんに、なんだか胸の奥がツンとする。亜実さんは布団の中から手を出して、私の頭をなでてくれた。


「・・・桐原君に大体の事は聞いたわ、なんだか大変な事があるみたいね」


あ、そういえば、私、帰る途中からの意識がないや。由岐人さんと正歩君に迷惑かけたなあ・・・。


「ごめんなさい、・・・私、運ばれてきたんですか?」

「ふふっ。桐原君がそれはそれは、大事そうにあなたを抱えてここまで連れてきたわよ」


亜実さんの言葉に、かあっと顔が赤くなるのがわかった。

いやいやいや、ちょっと、八百藤まで、由岐人さんに運ばれるなんて。

しかも、正歩君や亜実さんにそれを見られていたわけでしょ?

は・・・恥ずかしいっていうか、もうこの落ち着かない気持ちをどこに置いたらいいのやら。


「ご、ごめんなさい、なんかすごい、私、恥ずかしくて・・・」

「いいんじゃない?桐原君にあとで、お礼をいいなさいよ、謝らない事ね」


亜実さんは、何か含みのあるような笑いをした。あ、これ、なんか勘違いされてるかも。


「私がいない間に、少し進展したんじゃないの?葵ちゃんと桐原君」

「!!・・・そ、そんな進展とか、そんなんないです!全然!」

「へえ?そう?・・・ふう~ん」


ほら、ね。絶対勘違いしてる!

私が何か言い返そうとして、頭の中で四苦八苦しているのを知ってか知らずか、亜実さんは面白そうに声を立てて笑い出した。


「ふふっ。よかった。いつもの葵ちゃんね」

「へ?」

「ごめん、からかいました。だって、葵ちゃん、すごく辛そうな顔で寝ているし、途中で泣きそうな顔したりするから、嫌な事あったのかって心配しちゃったの」


亜実さんが、半分体を起こして、私の事をそっと押して、布団に寝るように促した。


「大丈夫よ、みんないるんだから。私も祈るわ。神様は悪いようにはなさらない。心配しないで、今は休みなさい」


ああ、なんだか、こういう感じ、朔夜さまに似てるなあ。あさの記憶がたくさん巻き戻ったせいか、私は亜実さんの手の温かさにほっとしながら、そんなことを考えてしまった。


「そういう亜実さんこそ、赤ちゃんのために、ちゃんと寝てくださいよ」

「大丈夫よ、こうやって葵ちゃんにいてもらいながら、寝るんだから。監視付きでしょ?ちゃんと寝ますよ」


そんなこと言って、私の隣で休むことを、いいように取らせてくれるんだ。亜実さんは、本当に優しい。

お腹に赤ちゃんがいて、お腹が張って、しんどい時もあるのに、退院したばかりなのに、私を気遣ってくれて。


「亜実さん、赤ちゃん、楽しみですね」


私は大きくなった、亜実さんのお腹のあたりを見ながら、そう、声をかけた。

途端に亜実さんの顔が優しい母親の表情になる。


「ありがとう。そうね、楽しみね」


あさの母、桔梗姫も。こんな風に慈しんでいたのだろうか。

生まれてまもない子と別れて、悲しかったのだろうか。辛かったのだろうか。


・・・また、思い出した。


あの桔梗の咲かない場所で、師匠に促されて祈った時、一つだけ、桔梗の花が咲いたんだ。

ふわり、と花の香が香る中で、私は、何かに包まれる気配を感じたの。


それが、桔梗姫の霊魂だったのか、桔梗の花の精が慰めてくれたものだったのか、その時はわからなかったけれど。

何らかの形で、桔梗姫がずっと私を見守っていたのだろう、と私は、今更思い返していた。

思い返しながら、私は、側にいる亜実さんの気配に安堵して、そのまま眠りについていった。

前世で私を育ててくれた師匠、朔夜様と母、桔梗姫をその気配に重ねて。




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