幸波伝奇 6
いつもお寄りいただける方、ブクマしてくださってる方、ありがとうございます。
幸波伝奇、桐原回です。
副題の付け方に悩みが・・・。でもいいか。
今年もあと1週間きりましたね。
桐原 由岐人の日課は9月に入ってから、少しく変化した。
幸波神社の取引先、八百藤の女将が入院したようだ、と東からのメールで、桐原はそれを知った。
大学の講義が終わるや、ともかくも、と八百藤に向かう。
高等部に編入したての葵の事が気がかりだった。
残念ながら、葵は助けを求めるようなタイプではないし、頼る、ということが皆無の少女だ。
東からの神社出勤日の相談メールのついでの内容で、たまたま八百藤の事情を知ったものの、それがなければ、桐原の耳に入ることはなかっただろう。
(それに、まだまだ頼ってくれるほどの関係までは進展してないしな)
想い人の残念な態度にため息をつきながら、八百藤を訪ねれば、案の定、疲れた様子の八百藤の主人と、その周りで一生懸命動き回る葵の姿があった。
しばらく、店じまいの片付けだけでも手伝おうと、桐原は名乗り出た。
女将、亜実は妊娠中で、切迫早産で入院したとの話だった。いったん、退院してくる予定ではいるが、いざ、出産となれば、またその間不在になるし、出産後もしばらくは身動きも取れないだろう。半年ぐらい通ってもいい、とそういうつもりで、桐原は主人の奏史に持ち掛けた。
奏史はこれまた、従妹の葵にそっくりで、かなり遠慮がちな人だった。
桐原の申し出を最初は断ってきた。
葵も援護射撃で、自分がいるから大丈夫だ、と言い出す始末。
桐原は自分の姉が昨年、出産して、その後が大変だった話を持ち出した。
経験者の言葉は強い。
加えて、亜実さんの負担を軽減できるという言葉に、愛妻家の奏史が揺れた。
奏史がためらった所で、桐原は、売れ残りの野菜を報酬としてもらう、と交渉し、なんとか了承を得たのだった。
通うようになれば、奏史も葵も嬉しそうに自分を迎えてくれる。
役に立てて嬉しいという思いと、訪れるたびに、自分の姿を確認すると、花の咲いたような笑顔を向けてくれる葵に、胸が温かくなった。
片付けの手間は結構あるが、片付けを始める、かなり手前の時間に店に着くと、逆に気を遣わせるところもあったから、片付け時間の頃合いにちょうど顔を出すようにしている。
大学の終わる時間との合間に少し余裕ができることが、分かってからは、先に幸波神社に寄ってから、八百藤に行くことにした。
幸波神社には自分と深く縁があるサキナミノミコトがいる。
もっと前から、そう、夏の祭りで、自分の前世や、葵とのことが分かってから、すぐにこうすればよかった、と桐原は後悔した。
以前、祢宜にも言われていたが、サキナミノミコトが存在できる時間はもう短いようだ。
一見して、立派に見える、サキナミノミコトの元なる欅の木は、かなり弱っている。
サキナミノミコトと同化できる身の上だからこそ、欅の気配もよく感じられるようになっていた桐原は、それを痛感した。
サキナミノミコトは、桐原がこうして通うのを待っていたようで、日々、少しずつ、自分の知識を渡してくれていった。
いずれ、桐原の中に同化していく身の上だから、と夏祭りの時のように、完全な同化ではないが、意識が通い合うように一体化して、近況報告や、必要な情報を交換していく。
当初から桐原は気づいていたが、やはり、サキナミノミコトは葵に想いがあるようだった。
あえて、そこは語らなかった。
彼女の前世のあさ、に対してのサキナミノミコトの思いもまた、桐原の前世の幸実と同様だったから。
葵を渡せないと思うのと同時に、どこか切ないものを感じて、友情のような気持ちと共に、そこは置いておいた。
「葵は、無理をしてないか」
サキナミノミコトは、小さな体で、毎度確認するように、心配そうに尋ねてくる。
葵も毎日日参しているはずだ。それでも気に掛ける。
桐原に聞かずにはいられないのだ。結構心配性だ。
「サキナミ様、あんた、本当に人間臭いね」
「・・・誰のせいだと思っているのだろうな、幸実よ」
その昔、桐原の前世、相模 幸実の行為に心が働き、その魂を自分の中に取り入れたサキナミノミコト。
姿かたちもそれに模して、残された葵の前世である、あさの気持ちを癒した。
そこから、あさへの気持ちも芽生え、人とのかかわりに対して境も薄れた。
人間臭い、かまいたちにもよくからかわれる言葉だ。
現世において、季子と友情を築いた事などもそれに拍車をかけているが、最初のきっかけは幸実の存在だったのだ。
「私はお前という人間を前世も現世もかなり気に入っている。」
「・・・それはどうも」
桐原は大きく目を瞬かせた。どうもこそばゆい。
「桐原」
サキナミノミコトの口調が若干固いものになって、桐原は居住まいをただした。
「なんですか」
「・・・もしかしたら、だが少し厄介ごとが出てくるやもしれぬ。たとえば、私がここから、いなくなる、というような」
「・・・え?」
「どうなるかわからないが・・・・事に寄ってはお主と完全な同化をしなければならぬ」
「!」
桐原はサキナミノミコトの顔をじっと見た。小さい顔の中で、サキナミノミコトは目を閉じたまま、静かに語り続ける。
「私は力をお主に譲り渡すような形で、お前の中に存在していくのだと思う。私自身がどうなるか、正直わからぬ。お前にも負担をかけるかもしれないが・・・頼む」
どこの世界に御祭神に頼まれる人間がいるのだろう。こういうところが、サキナミ様らしいな、と桐原は苦笑した。
「サキナミ様は、幸実の魂を掬い取ってくれて、あさの心を助けてくれた。俺が今世に生まれ変わったのは、その恩義を返すためだろう。6年前に、因縁あるからこそ、俺の体を見つけ出したのかもしれないけれど、俺の命を助けてくれたことも、忘れていない。お陰で、葵とも出会えた。サキナミ様の力を受けるのは俺の運命だと思ってるんだ。負担なんて、思わない。何があっても、ちゃんと受けるから」
「ああ」
サキナミノミコトが何かの、準備段階に入っていることを、桐原は察した。
その後、通い続けた八百藤での葵との話の中から、東桔梗の事を思い出した桐原は、事がかなり大事になりそうな気配に不安を感じた。
そして、その件にからんで、サキナミノミコトの存在も危うくなるのではないかと、危惧しながらも、自身は決意を固めていた。
サキナミ様と共に結界の解決に尽力を尽くす、と。葵を守るためにも。




